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5日目:避難へ

魔物が押し寄せる。その情報に驚愕しつつも、ついに図書館を放棄して避難生活に突入することとなる。

 結局、本もいくつか探し出したものの本当にこれが役に立つのか自分でも半信半疑である。その他の準備や睡眠時間のこともあり、夜に探すのを早々に打ち切ったのが正しかったのか心にひっかかっている。


 日の出からしばらくして戸締りをして図書館を出発する。スマホなどの現代を感じられるものは全ておいていくことになる。後ろ髪をひかれる思いもあるが、やはり魔物が押し寄せてくるという恐怖からはどうしようもない。


「さて、行きましょうか」

「え、あ、はい……」


 ほとんどの人が図書館を見上げつつなかなか歩き出せずにいた中で、瀧本さんだけが振り返りもせずに歩き出した。いくら図書館を見つめても何も起きるわけでもなく、日没までに安全な場所に移動することが何よりの優先だが、あまりにもドライな反応に戸惑ってしまう。皆、同じような反応をしつつも自分の元居た世界との唯一の繋がりを断ち切るかのように歩き出した。


「はぁはぁ……」


 太陽があれば魔物はほとんどでないと言われたが、それでも警戒しながら歩いていた。軽口とまでは言わないでも会話もある中で元気に尾根道を降りて行った。ただ、それが続いたのも最初の30分だけであった。ちゃんと計ったわけではないが、たぶん20kg近い重量を担いでいる。180cm70kgの自分は高校時代は部活で鍛えもしたたし、これくらい持てる、と歩き出しのうちは思っていた。今や周囲を見る余裕もなくなり、会話をする余裕も完全になくなりつつあった。


「いけないことはないけど、結構きついっすね」

「最初歩いた時はもっと持てると思いましたが、増やさなくて良かったです」

「傾斜はそこまでないのに……思ったよりも……」

「一般人が経験する登山なんてたいてい整備された登山道がありますからね」

「というかスニーカー程度だと足首が固定されてなくって斜面だとグラつきますね。今になって思うと登山靴って意味あったんだなぁって」


 1時間ほど歩いて休憩となったが、みな口々に辛さをこぼした。ただ、その辛いと言いつつもその表情を見るとまだ多少の余裕はありそうである。むしろ、一番疲弊しているのは自分ではないかということに気づき始めた。持てると思った重量を見誤ったのか、ここ最近の運動不足が祟ったのか。なんにせよ、かなり恥ずかしいことに思えてくる。見栄から来るものだろうが何だろうが、このまま隠して歩き続けようと心に決めた。


 休憩で少しは楽になったが、それも10分もするとまた辛くなり始めた。藪を突っ切ったりすること以上に、緩いはずの傾斜が辛い。というのも、進行方向に沿っての傾斜だけでなく左右の傾斜もあり、足がまっすぐ降ろしづらく踏ん張り辛い。見栄だけでなく、紙1束で食費1か月分ということを考えるとそれでも荷物を減らす気にならなかった。


「えっと……ちょっと休憩……いれましょうか」

「どうしたの?足でも痛めました?」


 前の休憩から30分経っていない段階で山田さんが休憩を提案してきた。辻野さんが心配しながら聞いたが、山田さんはそれに首を振る。どうしたのかはわからないが、とりあえず全員腰を下ろして休憩することにした。


「智恵子ちゃん大丈夫?」


 心配した瀧本さんが声をかける。


「いえ……私は大丈夫なんですけど……その……鈴木さんとかがちょっと辛そうだなって……昨日荷物も足していたようですし」


 なるほど、どうやら他の人から見ても自分は辛そうに見えたらしい。情けないことに図星を突かれてしまった。全員の視線が自分を向く。


「いや……なんとか、たぶん、大丈夫だと思うけど……」


 そうやって答えるのが精一杯だった。


「すいません。余計な……」

「ほんとに?絶対に大丈夫って言い切れます?」


 山田さんの言葉を遮った滝本さんに問い詰められる。そのするどい視線に思わず目を逸らしてしまった。


「あと6時間か8時間か、場合によってはもっと歩くかも知れないんですよ?」

「た、たぶん……」

「ていうか、今日だけじゃなくって明日以降もあるんですよ?」

「う……」

「一人完全にバテちゃうと、全体の速度も遅くなりますよね?日没までにたどり着けなかったらどうすんですか?鈴木さん一人の問題じゃなくパーティー全体の問題なんですよ?」


 まったくもって正論である。美人にまくし立てられて逆に惨めさが増してしまう。


「すいません。ひと束で1ヶ月か半月分の食費と思ったら……」


 これは偽らざる本音ではあるが、見栄というもう一個の本音はどうしても隠しておきたかった。


「確かに、換金できるものは貴重だしねぇ」


 辻野さんが気持ちを汲み取ってくれたが、見栄を隠している自分の情けなさは相変わらずである。結局、言われるがままに余裕のある人に荷物を少し持ってもらい、さらには紙を1束捨てて荷物を数kgほど軽くするしかなかった。自分も含め何人かは捨てられた紙の包みを恨めしそうに眺めながら腰を上げ、さらに尾根を下っていった。


 途中何回か休憩を挟むこと、さらに3時間尾根を下りようやく例の川が見えてきた。この頃には、荷物を捨てた後悔は完全に消え、気づいてくれた山田さんと捨てるように言ってくれた滝本さんへの感謝しか残っていなかった。今の重量でもすでに足に力が入りづらいところまで疲労が来ていた。あのままの重量で下ってきていたら、一体どうなっていたのだろうか。


 ほどなくして川へ到着した。少し広めの川原を見つけ昼休憩にする。


「聞いた話ですと、今まで歩いた距離と同じかそれより少しかかるくらいだそうなので……」


 地図を書き写した山田さんがそう言ったが、荷物をもってへばる可能性を考えると、それよりもう少し長めに見積もらなくてはいけないかもしれない。魔物の活動は日没前から始まるらしい。緯度が高いのか午後7時でも十分に明るいが、そのあたりがタイムリミットだろう。正午を少し超えた時間にすでになっている。


「なんとかお湯を沸かす時間はありそうですかね」


 辻野さんはそういうと火起こしの準備を始めた。川原の様子からすると、増水期からするとだいぶ水量が落ちているようで、枯れ木がそのへんに転がっているのは有難い。その間に歩いてきた水が綺麗な支流に何人かでちょっと戻り、水を汲んできた。


 戻ってきた時には、すでに辻野さんが火を起こし、その周りを石で囲み、さらには図書館のどっから持ってきたのかわからないが金属製の網を準備し、上に空き缶を並べる準備をしていた。たぶん、あれはトイレの用具入れの中にあった網だった気がするが、それを指摘するのは無粋というものだろう。今喜ぶべきなのは追加の飲料が手に入ることと、何よりもカップ麺が食えることである。


「いやー、うまいっすね」

「やっぱり温かい食事って大事ですね」


 カップ麺が一番に合いそうな小谷君と、一番似合わなそうな瀧本さんともにカップ麺に舌鼓を打っている。残念なのは2人で1つを分け合って食べなくてはいけないことだが、それでもカップ麺を図書館に持ってきていた誰かに感謝である。


「満足、満足と言いたいところだけど、罪悪感も残る食事でしたね」


 食べ終わったあとで高部君が言うように、罪悪感がわくほどのジャンキーな食事だった。カップ麺半分で足りないところをクッキーなどのお菓子で代用した。意識の高いスポーツ系サークルの人の持ち物らしきサプリメントで誤魔化しているが、この食生活を長く続けるわけにはいかないだろう。


「あの……後藤先生。気になっていることがあるんですが……」


 食事を終え、飲料水確保のため、さらに水を沸かしている最中に山田さんが突然後藤さんに話を振った。


「あ、うん。というか先生ってのはやめてほしいかな。今ここは大学でもないし、何より単なるしがない非常勤講師ですし」

「あ、はい……えっと後藤さん……昨日の取引の時少し渋い顔をされていた気がするのですが……あれはやっぱり足元見られているってことですか……?」


 確かに、そんな表情をしていた気がする。ただ、あの女騎士がそんなことをするとは信じられない。あくまで直感でそう思うだけで、絵から飛び出たような金髪の騎士に幻想を抱いてしまっただけなのだろうか。


「あー……うーん……」


 少し言いよどんだあと後藤さんは続けた。


「紙の値段設定が安定する程度には生産されてて、さらには災害が起きてすぐに常備軍のように訓練された騎士団が動き出して、ということを考えると、中世のだいぶ後期か近世のように思えるんですよね。一方で、もらった剣を見るに製鉄技術がそんなに進んでいるように見えないんですよね」


 全員が講義を聞くように後藤さんの顔を見る。


「私は歴史学者でもないし、刀剣マニアでもないので、あまりに不確定な考えですけどね」

「うーん……すると、今後取引するにしても色々と考えなきゃいけないんですかね……」


 滝本さんが唸るように続けた。


「私から見てもあの騎士があくどいことをしているようにも思えないし、全部持ち出せない以上あそこで売ってしまうのは正解だったはずですよ。何より現金は避難生活には必須で多少足元見られてもいいんじゃないですかね。だから、今まで何も言わなかったのですが」


 モヤモヤとした疑問がいくつも頭の中に残ってしまった。あの女騎士が悪人なのか、この世界はどうなっているのか、避難生活はどんなものになるのか、今考えても仕方のないことばかりかもしれないが、どうしても考えてしまう。


 沸かした水もペットボトルに入れられる程度には冷めたところで、昼休憩は終わり再出発となった。渇水期なのか川原が比較的広めに露出しており今までの行程に比べれば格段に歩きやすい。背の高い草むらや藪を多少はつっきらなくてはいけないのが、淡々と進んでいける。


 あっという間に時間はすぎ、地図と聞いた話から判断すると余裕をもって到着できそうである。その順調さとは裏腹に自分の足取りが重たくなっているように感じる。疲れが足に溜まっていることだけではない。未知の人間に会う恐怖と面倒さが昼の会話でさらに増しているせいでもある。


「橋が一か所あってそれから延びる道を左岸側に、でしたっけ」

「そうですね。その橋からは遠くないらしいです」


 高部君と山田さんが喋っているのを半分上の空で聞きながら歩く。昼過ぎから3時間ほど歩き続けたはずだ。橋はまだ見えないが、川沿いにいけば橋なんて見落とすことはないだろう。周囲が会話をする中で自分だけ喋っていない。口を開く気にならないのは先の不安なのか、自分だけへばりそうになった恥ずかしさなのか、木下君の死なのか、自分でもその原因はわからない。ただ、漫然とした暗い気持ちだけが広がっていた。


 そんなことを考えながら下を向いて歩いていると周りがざわめき始めた。何かと思い顔を上げると、どうやら橋が見えたらしい。確かに橋らしきものが見える。ようやくこの辛い行程も終わるかという嬉しさから皆明るい表情になってはいるが、その足取りは重たい。


「いやー、ようやくっすねえ……もう足が棒みたいですよ」

「1日中歩き続けるなんていつぶりかな。本当に疲れましたね」


 一番元気そうな小谷君と瀧本さんも相当疲れているようである。なんにせよついに終わりが見えてきた。


 ほどなくして橋に到着し、そこから伸びる道を進んでいく。太陽も大分傾いているが、まだ夕暮れには時間がありそうである。安全と言われた時間帯になんとか到着できそうである。川沿いから少し離れたところはすでに耕作地や放牧地のようになっていた。無人ではあるものの、久しぶりに人の生活の気配を感じることができた。


 10分も歩かないうちに煙が立ち上っているのが見える。期待と不安が渦巻く中でようやく到着した村は、柵も囲いも明確にあるわけでなく、耕作地の中の集落があるだけの、言ってしまえば粗末な村であった。道沿いの村の入り口と思わしきところに槍や弓を持った数人が立っており、思わず身構えながら近づいていく。


「おーい」


 こちらに気づいた相手が遠くから声をかけてきた。声の調子からすると敵対的ではないようだ。近づいていくと、その集団は優しそうな農夫と言ったいでたちである。


「えっと……」

「疲れたじゃろお。アグスティナ様から聞いとるで、天幕しかないが広場で休むとええ」


 一番の年長者らしき人が話しかけてきた。


「マテオ。案内してやってくれ」


 どうやら話が通っていたようである。今までの不安はなんだったのかというぐらい話はトントン拍子に進む。案内されるままに村の脇にある牧草地らしきところにいくつものテントが張られており、炊事用の煙も立ち上っていた。その中の1つに案内され荷物を下ろす。


「雨はこの季節はよう降らんから、この天幕で我慢しとくれ」


 案内されたところは単純に天幕を2枚三角形に張っただけで、一辺は開放されている作りでテントとまでは呼べない。ただ、用意してくれただけでもありがたい。これを3張り使っていいらしい。


「粗末じゃが、間もなく炊き出しも出来上がる。とにかくゆっくり休んでくれな」


 そう言って手を振るとマテオと呼ばれた男は元いた村の入り口に小走りに戻っていった。


 少しでも疲労が溜まらないようにと、小谷君の指導の下でストレッチをしてから腰を落ち着ける。全員死んだように横になっており、口に出る言葉は疲れを訴えるものばかりである。ただ、それでもたどり着けたことと温かく迎え入れられた解放感から、その口調は明るいように感じた。


 ほどなくして炊き出しができたとの声が遠くから響いてきた。重い腰を上げ、声がした方に足を向ける。


 三々五々と人が集まってきたが、この広場にいる人は全員避難民なのだろう。見慣れぬ格好をしている我々に視線が向けられるが、皆一様に疲れた表情をしており、その視線もすぐに中空に向けられる。


「列を作りながらでいい。ちょっと聞いてくれ」


 炊き出しの配布場所に現れたのは例の女騎士アグスティナであった。夕日を背に台の上に立ち、避難民たちに呼びかける。


「魔物の発生が当初予想された以上のもののようだ。現在この地域にいる兵士たちでは排除どころか防衛も難しいと判断せざるを得ない。断腸の思いではあるが、この地域を完全放棄することが決定された」


 その言葉に周囲がざわつき始める。細かいことはよくわからないが、この地域を放棄してさらにどこかに避難しなくてはいけないということであろう。集まった人たちの暗い空気がさらに暗くなっているようだが、予想されていたことなのか、仕方ないか、という声が周りから漏れ聞こえてくる。


「本日最後の避難民も到着したようなので明日、日の出からしばらくしたら出立する」


 我々ともう1つの集団を交互に一瞥しながらそう発言した。どうやらその集団と我々が最後の避難民ということなのだろう。厳しい表情をしつつも、一瞥した際に微笑みかけてくれたように感じる。


「行程は少なくとも3晩は挟むことになるだろう。食事を摂り次第、準備をしてゆっくりと休んでほしい」

「少しよろしいですか?」


 杖をついた初老の男が一歩前に進んで発言をした。


「パリッセの翁か。どうした?」

「いや、この地域のものたちはほとんど馬車などを持ちませぬ。国からの派遣などは……」


 女騎士の口ぶりからすると、どうやら名前を知られた老人らしい。避難に使う馬車を気にしているようだ。


「中継地点まで来てくれるように要請はしているが、時間的にも難しいかもしれぬ。今この領地にある馬車でなんとかするしかない。大半の者は徒歩で我慢してもらうことになる」


 覚悟していたことで仕方がない。少しでも休んで長距離歩けるようにしなくては。


「他に何かなければ夕食をとってくれ。粗末だが量だけは十分に用意したつもりだ」


 ざわつきは収まらなかったが、その後質問する人も出てこず、炊き出しが開始された。


 炊き出しの係に食器がないと伝えると、木の椀と匙を出してくれた。オートミールにゆでたえんどう豆らしきものが添えられている。天幕に戻り、もそもそと食事をした。オートミールは運動をしていた高校時代、筋トレに相性がいいと聞き一回買ったことがあるものの、あまり美味しいとは言えず以来口にしたことがない。軽く塩味がついているが、やはり美味しいとは言えない。ただ、空腹と疲労、そして温かさという調味料から当時敬遠したほどの味ではない。ゆっくりを嚙み締めつつ、食事を終える。食後には小谷君に勧められるままプロテインを水で流し込み、休むことにした。まるでボディービルダーの食事のようで、日本ではあの後飲み会にいくはずで、それがどれだけの幸せであったかを噛み締めながら横になった……

「マテオおじさん。ちょ、待てよ」……?

中世やルネサンス期と言えば、地中海。固有名詞や単位などラテン系にしたものの、やっぱ今更イングランドをモチーフにした方が良かった気がしてきた。固有名詞を考えるのがいちいちめんどくさい。


完全初投稿なので、意見が1つでもいただけたらうれしいです。

基本週1くらいで投稿していきます。


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