3日目前編:探索ピクニック
前回のあらすじ
周りに人が暮らしてる気配がない。食糧も限りがある。なんとか人里を探さなければ
昨日の心のもやもやが嘘のように爽快な朝を迎えられた。前日が睡眠不足気味だったこともあるが、やはりちゃんとした寝床と頭を洗えて体を拭けたことおかげだろう。かなりぐっすりと寝ることができた。タオルなど確保できたのは運動系サークルの残した荷物であり、そういえば食料や応急処置の道具など使えるものが多めに入っていたのも彼らの荷物であった。彼らに足を向けては寝られない気分である。もっとも、物理的に彼らがどちらにいるのかわからないが……
清々しい朝とは裏腹に、遠出をするにも日没前に余裕をもって帰着するためにも、朝飯をかっこんで慌ただしく準備をした。夕食の際に、ガールスカウト出身の瀧本さんが指導員から聞いた話として夏山、それも低標高の山でも遭難は起きると言う話を聞いていた。図書館から登山ガイドを探し出して議論し、日帰りとは思えないくらい十分に計画したはずである。偶然なのかどうかわからないが、どうやら日本と時差はほとんどないらしく、時計が正午を指す時に太陽も南中していたようである。絶対の取り決めとして決めたことは正午より前に引き返して図書館に戻ってくる、である。
比較的歩きやすく迷いづらそうな川の向かい側の尾根沿いを下流側へ皆で歩き始めた。下から見上げた時は歩きやすそうであった尾根も日当たりの良さそうな所に藪や低木が茂っていた。迂回できそうにない場合は突っ切らざるを得なかった。
歩きづらいといえば歩きづらいが、確かにそんなの気にしていたら、先には進めない。そして、女性二人組も不満一つ言わずに歩いている。ならば、男の子としては絶対に口に出してはいけないという悲しいかな日本人に染み付いた時代遅れの感情も湧き上がってきた。
尾根自体はなだらかに下ってはいるが、左右はかなりの急斜面で下っている。下流の方に向かっているにも関わらず、その険しさは一向に変わらない。それどころか、ところどころ見下ろすと足がすくむような傾斜のところもところどころある。
「小学校の頃のスキーで、調子に乗って行った上級コースで半泣きになったの思い出すなぁ」
高部君が思い出したように呟いた。たぶん、この何気ない一言が歩き出してから初めて聞いた他愛のない話である。全員この探索に関わる話しかしていない。帰りに迷わないように目印を見つけ、スマホで写真をとり、簡単な地図を作るのに忙しいのは間違いがない。ただ、多少藪があったり、急な斜面を目にしたりはしているとは言え、息を切らしながら斜面を登っていく本格的な登山とは違い、会話をする余裕はある。それにも関わらず、自分も含めてあまり楽しく会話しようという気分ではなさそうである。
「早めに休憩いれましょう」
歩き始めてから1時間弱ほど、今までおちゃらけていた小谷君までもが真面目な口調に変わっている。ともかくとして、腰を下ろししばしの休息を挟んだ。ここでした会話も、危なくなったら引き返そう。ちょっとでも疲れてきた人がいたら休憩を、など「打ち合わせ」さながらの会話ばかりである。
その後も、こまめに休憩を取りながら歩くこと3時間、ようやく景色が変わってきた。となりの尾根との間隔が広がり、斜面もなだらかになり平地につながりそうな気がする。ほどなくして、かなり大きめの川が視界に入ってきた。期待から全員早足になり、その川へ向かっていった。
川、である。図書館近くの小川なのか川と呼ぶのか迷うような幅ではなく、間違いなく川である。日本人の感覚からしてもそこまで大きい川ではないが、歩いて渡るのにかなり苦労しそうな幅である。これだけの水量があれば十分に……
「この川の近くなら人がいるかもしれませんねぇ」
後藤さんが講師然とした語り口でつぶやいた。いやがおうにも期待が高まる。川原へ足を進め川沿いに視線を送る。目を凝らして何かを探してみるが下流にも上流にも何もない。落胆のため息をつきそうになるが、一方で未知の人と出会うことへ心の準備が出来ておらず半ば安心している自分がいるのも事実である。食料に限りがある以上、いずれは会わなくてはならないのだが……
「うーん、特に何も見えないっすね」
「そうですねぇ……」
川原に腰を下ろして休憩を始めるが、ないものはいくら探してもないのは分かっているが、何人かは諦めきれずに周囲に視線を送っている。
「あの……どうしましょう」
山田さんの言う通り、どうするかが問題である。全員で決めた約束事は正午になる前に引き返す、の正午まであと1時間ちょっとというところである。
「一般的には下流にいけば人里がある可能性は高まるはずで、この川を少し下ってみたい気もしますね」
「そうっすね。俺はまだまだ歩けますが、みんなはどうですかね」
ザ・体育会系の小谷君だけでなく、学者然とした後藤さんもまだ元気そうであるならば、一も二もなく先に進むしかないだろう。他の人たちもうなずきながら同意する。
「進みまくって、川原でキャンプでもしちゃいますか?」
高部君が冗談めかして提案した。なるほど、確かに距離を伸ばすには日帰りでは限界があるのかもしれない。しかし……
「あ、あのっ……その日に戻るっていうのは……一回決めたことは……変えない方が……」
そうである。それを決めたはずである。本格的な登山とは違うものの、遭難事故はたいていの当初の計画にないことを始めることから始まる気がする。
「そうだね。そう決めたはずのことだし、それは守った方がいいかな」
「いや、ごめんなさい。思い付きでちょっといっただけで……」
「いやいや、大丈夫。冗談なのは分かってるから」
瀧本さんにたしなめられるように言われると謝ってしまうのもわからないでもないし、ここにいる皆が冗談であったことは分かっている。分かってはいるが……
「冗談なのは分かってますし、今日は絶対引き上げた方がいいですね。でも、ただ、食糧の残りも考えると距離を伸ばす手段を考えないと……」
自分の発言に周囲も確かに、と言いながら考え込み始めた。頭をひねりながら議論をしても、なかなか方法が思いつかない。筏でも組むとか、今まで来た道にある藪を焼き払ってなど、突飛な方法も出たが、結局やれることは食糧を多めに持ってきて、なんらかの形で雨風を防げるシェルターを作ってキャンプをしながら距離を伸ばすくらいしか方法はなさそうである。
「そうと決まれば善は急げっすね。テント代わりになりそうなのを探しに戻って、また明日きましょう」
小谷君が立ち上がり、皆を急かした。彼の巨体と明るさに押されるように皆腰を上げて、来た道を戻り始めた。
途中で昼食を挟んだこともあるが、下ってくるは一本道に見えた尾根もどこかで分岐しているような気がして何度も不安になり、足を止めたことで帰路は行きよりも時間がかかってしまった。ただ、幸いなのはかなり日が長く、夜よりも昼の時間がかなり長い。地球の常識がどこまで通じるかはわからないが季節は夏というところなのだろう。気温的にも日本の夏に比べれば過ごしやすく、体力的な面ではそこまで厳しくない。もちろん、多少つかれたものの、自分たちの図書館が見えた時には晴れやかな気持ちでいっぱいだった。
そんな晴れやかな気持ちを吹き飛ばしたのは、出発点の小川に下ろうかという時である。遠くに煙が一本遠くに立っているのが見える。それに気づいた全員が足を止めてそれを見つめる。かなり遠くであるが、一本だけポツンと立ち上る煙は、火災の煙とは違い明らかに自然現象ではないように思える。全員がしばし足を止めて見つめていると、さらにもう一本煙が上がり始めた。少しずつ太くはっきりなっていく煙を見ていると、明らかに色がついている。間違いなく自然現象ではない。
「狼煙ってやつだよな?」
木下君が呻くようにつぶやいた。何人かがその言葉にうなずく。狼煙が上がるということは人がいると考えるのが自然であり、それ自体は喜ばしいことである。未知の遭遇への不安ということもあるが、何よりもこういった狼煙という通信手段を使うということは、火急の知らせが必要な時であろうことは想像に難くない。いい予感はしない。
「戦争でもやってるってことですかね」
あまり想像したくない言葉を高部君が発した。想像したくないとはいえ、真っ先に思い浮かぶのはそれである。
「とは限らないけど、十二分に可能性はあるでしょうねぇ……」
講師の後藤さんがそういうとますます不安が高まる。しばし茫然としていたが、狼煙を見つめていてもどうにもならないことに気づき、再びのろのろと図書館への帰路へつく……
完全初投稿なので、意見が1つでもいただけたらうれしいです。
基本週1くらいで投稿していきます。ただ、書き溜めたらすごい間延びしてたので、最初のうちは週2くらいで投稿するかも。