2日目:動き出せない
異世界に飛ばされたが、周りに人の気配もない。
どうやらど田舎の丘陵地帯に飛ばされたようだ。
朝日が入ってきて目が覚めた。正確には硬めの床で寝づらく何回も起きてしまったが、朝日が入ってきたことでこれ以上眠れなってしまったという感じだろうか。昨日意外にも一番早く寝付いたのは女の子2人組だった気がする。寝ようということになってから5分後には2人とも静かな寝息をたてていた。次に寝たのは後藤さんだったか高部君だったかの気がするが記憶が定かではない。ということは、寝付きに関しては自分も比較的早かったのだろう。
まだ寝ている他の人を起こさないように外に出てみると、すでに瀧本さんが屋上にいた。挨拶を交わした後、何を話していいのかわからず少し沈黙してしまう。美人さんと無言で目が合っている状態になんとなく耐え切れず、一生懸命思考を巡らして無理やり会話を始めようと思考を巡らしてみた。
「昨日は一番に寝たみたいですね。結構神経図太かったりします?」
言ってる先から自分でもしまった、と凍りついた。知り合ってまだ半日も経っていない相手に「神経図太い」などという会話を朝一からするとは失礼極まりない。
「あ、いや、その、悪い意味で言ったつもりは……」
「ははは。いや全然いいですよ。というか私、多少特殊な状況になっても動じないタイプなのでたぶんあたってますよ。特にどこでも寝られるの特技なんですよ」
慌てて訂正しようとしたが、瀧本さんは全く気にする様子もなく、むしろどこか得意顔である。
「おはようございます」
次に起きてきたのは山田さんだった。
「良く眠れましたか?」
ごくごく自然な会話切り出してきた。滝本さんが全く気にしてない様子なので良かったが、慌てて会話を始めるにしてもなぜこっちを選択しなかったのかと自分自身でも大いに疑問である。
「今それを話してたんだけど、私はばっちり眠ったよ。早智子ちゃんは?」
「椅子をくっつけて寝たんですが、隙間が気になって何回かおきちゃいました。鈴木さん達みたいに床に寝るのが正解だったんですかね」
「いやー、どっちもどっちぽいかなぁ。自分も何回か起きちゃいましたね」
「そうですかー」
「うん。なんかいい方法がないかな」
今後いつまでここにいるのか分からないが、住環境は整えたいところである。
「あれ?ところで先輩、寝起きだから当たり前ですけど、すっぴんですよね?」
「え、うん。寝る前に落としたよ」
「どっちでも美人ですね!」
「……あー、うん。ありがと。でも、社会人になったらメイクするのが普通みたいなのがあるから大学でもメイクするけど、あんま好きじゃないんだよね」
確かに昨日に比べると派手さがなくなった感じがするが、どっちでも美人である。美人と言われるのに慣れてるのだろうか、あまり嬉しそうにしていない。その反応のせいか、皆が起きてくるまで3人ともぎこちない会話を続けていた。
「ところでトイレどうする?」
三々五々と皆が起きてきた後で、木下くんが伸びをしながら呟いた。確かに問題である。当然電気水道ともに止まっている。ただ、確かトイレはタンク式であったはずで、そのことを口にしてみる。
「タンク式だから、水道止まってても1回は流れるはずだけど……」
そこで言葉に詰まってしまった。流れる?どこに?電気が消えていることなどから察するに外界と繋がっているはずのライフラインは全て遮断されているようである。となると下水はどこに繋がっているのだろうか。慌てて言葉を繋げる。
「……どこに流れるんだろう」
「建物まるごとってことは、下水管が地下に繋がってて、でどっかでそれが途切れてる、ということだろうねぇ」
「うーん……ってことは多少流すくらいなら逆流したりはしないかな」
後藤さんと高部くんの言う通りなのだろうが、裏を返せば「多少」以上に流せば衛生的に問題が出る可能性があるということである。
「とりあえず、今日の午前中だけはトイレ使って、午後からは外でしましょうってのことでどうですか?」
女性の瀧本さんから言ってくれるとこの手の話は進みが早い。全員それに同意すると、必要な人は朝の定例行事に向かっていった。
「ところで辻野君。フィールドワーク先の農村ではトイレってどうしてるんだい?」
「えっとですね。人の身長以上あるでっかい穴を掘って、その上に穴の空いた床を作って、さらに掘っ立て小屋みたいなのを立てる感じですかね。で、貯まったら埋める。家族でも2,3年持つみたいですよ」
「うーん、かなり大がかりだね。すぐには無理そうだね」
後藤さんが辻野さんに問いかけた。トイレのことも食事のことも、住環境を考えると何か手を打たないといけないのかもしれない。場合によっては、移住する必要もあるのだろうか。そうこう話しているうちに、全員が「定例行事」から戻ってきてさっそく、館内の荷物集めにとりかかった。
途中に朝食を挟んだこともあるが、館内にある荷物を全て一箇所に集めるだけで2時間近くかかってしまった。誰がいうでもなく集めた荷物を食料や衣料などに分類をしていく。全員妙に手馴れているのは、異世界ものやらサバイバルものやらを読んだり観たりしている人が多いせいだろうか。ただ、人の荷物を漁るのは、やはり気がひけてしまう。そのことを口に出してみる。
「仕方ないとは言え、人の荷物を漁ってるとなんか悪いことしてるみたいだね」
「はは、確かに。でも、何か面白いものでも出てこないかと期待しちゃう部分もあったりして」
高部くんがそう発言した直後、偶然にも山田さんがコンドームを見つけてしまった。そりゃ大学生なんだから持ってきてるやつもいるはずだが、見つけたのが山田さんだと反応しづらい。
「あ、早智子ちゃん、いいの見つけたね」
反応したのは瀧本さんだった。突然セクハラ発言をし出したのかと全員があっけにとられてしまった。
「あ、みんな変なこと考えてますね?コンドームはサバイバルグッズに使えるらしいですよ?防水やら応急処置に使ったり、物を固定したり、水を入れられたり」
一瞬の沈黙の後、妙な安堵感とともに納得しながら笑ってしまった。
「ってことは、これはどっちに分類すればいいですかね?」
山田さんが、衛生用品的なものを集めた箱と、道具系を集めた箱とを交互に見ながら聞いてきた。確かにどちらに分類するかは迷うところだ。ただ、一番に考えるところはそこなのだろうか。天然ぽいあまりの素直な反応に全員なごみながら、他のものの分類をああでもないこうでもない、と話し始めた。コンドーム以外に関しても、ライフハック的な雑談に花を開かせながら作業をしたが、全員なかなかの豆知識持ちである。自分もそういった動画やらを見たりしていた自信があったが、この中ではそれ系の知識は平均以下のようで少し負けた気がした。
喋りながら物の整理をしていったせいもあるのか、整理が終わりかけた時には11時になろうかというころになってしまった。
「うーん、太陽の動きからすると昼前くらいかな。日本と変わらない時間感覚でよさそうですかね」
辻野さんが窓の外を見ながら、誰にともなく問いかけた。外に出てみないと正確にはわからないが、日の出と日没の大体の位置から考えると太陽もだいたい昼前あたりの位置にいそうである。となると1日24時間とたいしてずれていないように感じられる。
「時間はそれなりにありそうだけど、今から遠出は日没考えるとやめた方がよさそうかな。となると明日の遠出の準備をするくらいか」
「確かに辻野さんの言うとおり、遠出をしない方が良さそうっすね。でも明日の準備以外にも色々できる時間はありそうっすね」
小谷君が大きな体を軽く揺すりながら答えた。
「明日遠出の準備をするのも必要ですが、住環境を整えましょう」
みんながだまったしばしの間に、思いついたことを口にしてしまったが、気にせず言葉を続ける。
「トイレもなんとかしないといけないし、寝るところだってもうちょっとマシにしたくないですか?食料切れたあともそうだけど、お湯くらいわかせるようにしたいし。洗濯もいつかはしないといけないし。可能なら体も頭も洗いたいし。あと、長期間プライバシーがないと、地震とかの避難所生活ではそっから体調崩すとかも聞いたことあるし」
気づかないうちに、たった一晩の生活でストレスが溜まっていたのだろうか、自分でも驚くくらい饒舌にまくし立ててしまった。山田さんなどは驚いてちょっと固まってしまっているように見える。ただ、多かれ少なかれ皆感じていたことのようで、ひと呼吸おいてみんな頷きながら、ああしたい、こうしたいという話になっていった。
「川に水を汲みに行って薪をさらに集めましょうか。生水でも沸かせば飲めますし、熱湯を沸かして水と混ぜれば頭も洗えるし、ちょっと工夫すれば水浴びもできますよ」
辻野さんのこの発言に女性陣のみならず男性陣も目を輝かせた。確かに現代人からすれば頭を毎日洗うのが当たり前で、昨日の日本の暑さでかなり汗もかいたはずだ。自分も頭を洗いたくて仕方がなかった。問題は水を汲むのに何を使うかである。ペットボトルなどの小さい容器で何回も汲みに行くのはめんどくさすぎる。トイレの用具入れにバケツもあるはずだが、それを口に出すものはいなかった。次に目に付くのは各所に設置されているプラスチック製のゴミ箱である。トイレのバケツよりもマシといえど、やはり衛生的に嫌悪感を持ってしまう。みんなゴミ箱の方を見て同じことを考えているであろう中、松田が近寄っていって、突然ごみ箱を漁りだしたかと思うと、ゴミ箱の蓋と袋を外し、その底から新しい袋を取り出した。
「あー、確かに掃除のおばさんがそこから予備のゴミ袋取り出してたの見たことある気がするわ」
「へー、松田君よくそんなの覚えていたね」
「そうなんすよ、結構こいつ細かいこととか気づくタイプなんですよ」
まるで松田が何も喋らない代わりに高部が通訳として瀧本さんと会話をしているようだ。こいつはどこまで無口なんだろうかと思いつつも、自分もゴミ袋の交換を何回も見ているはずだがそんなこと気にも留めていなかった。確かに意外にもよく気づくやつなんだろう。ともあれ、あくまで精神的な安心感だけなのかもしれないが、これで気持ち良く水を使えそうだ。
整理がある程度終わったところで、各階からゴミ箱とビニール袋を持ち出して、全員で丘を下った先の川に向かうことにした。
天気は晴れ、気温も初夏の日本と比べれば涼しく、まさにピクニック日和と言いたくなるような快適さである。ただし、こんな状況でなければ、の話であるが。同じ事を思ったのであろう小谷君が誰にというわけでもなく言葉を発した。
「いい天気ですね。どうせなら昼ご飯も持ってきて川岸で食べればよかったですね」
そんな気分になるのは本当によくわかる。ほかの人も頷きながら、バーベキューがしたいだの、釣りでもやりたいだの、小学校の林間学校が、など和気あいあいと話しながら丘を下っていった。そんなこんなで到着した川は幅3,4mもない小川で、思った以上に澄んだ水が流れていた。少し急斜面で川原はほぼないものの、それ以外はまさにみんなが話していたちょっと都心から上流に行ったキャンプ場にありそうな川であった。
「うわー、水綺麗ですねー。これこのまま飲んでも大丈夫そう」
「うーん……辞めたほうがいいかな。棲んでる生物によってはいくら綺麗に見えても煮沸しないと一発でアウトだったりするし。こんな状況で腹壊したらえらいことですからね」
山田さんの素直な喜びっぷりに辻野さんが冷静な解説をいれていた。ただ、自分も辻野さんのツッコミがなかったら試しに飲むくらいはしてみたかもしれない。それほど水は綺麗だった。仕方ないので水を汲む前に、ほとんど全員が素足になり川に足をつけてしばしぼーっとしてみた。
そんな中、松田君が無言で草むらに視線を落としている。それに気づいた高部がまず始めに、そして数人が集まり全員固まって何かを見始めた。自分も行ってみてみると何かの足跡らしきものが点々と散らばっていた。
「これが、昨日言ってた足跡かい?」
「うーん、もっと大きいのもあった気がするんですが……どこだっけな。薄暗かったから勘違いかな……」
あまり明瞭ではない足跡からは何かは判断できなかったが、どうみても人間よりも小さめの足跡である。安心しつつも、どこか釈然としない木下くんの言い方に漠然としたもやのようなものが心の奥からぬぐい去れなかった。気のせいかもしれないが周囲からさっきのピクニック気分は消え、なにか得体の知れない不安を感じているように思えた。みながどこまで思っているのかはわからないが、水を汲んで足早にそこを立ち去ろうということになった。
図書館に帰ってからは寝やすい寝床を作るのに同じ高さのソファーを運んだり、明日の準備のために野外で役立ちそうなものを集めて、荷造りをしたりと忙しく動き回っていた。途中の昼食でも軽口も減り、野生動物にあったらとか、方向を見失って遭難したらとか、出会った人間が敵対的だったらどうしようなど不安点ばかりが話された。
空気が一番和んだのは、遠出をするのに適さない靴を履いている人たちのために運動系サークルの人の荷物を漁って合う靴を探している最中に滝本さんが叫んだ時だけであった。
「早智子ちゃんそれダメ。たぶん、そのバッグ私と同じサークルの子だけど、むっちゃ足臭いからたぶん水虫」
その言葉を聞いた小谷君が、実際に嗅いでみてしばしの無言のあと真顔で呟いた。
「これは……やばいですね。ラグビー部でも上位の臭さかもしれません」
その時には大笑いが起きたものの、その空気も長くは続かなかった。自分の気分がもやもやしているせいでそう感じるだけかもしれないが、皆も何か胸の奥にひっかかるものがあるように思える。
結局すべてが終わるころにはかなり陽も傾き、もうすぐ夕方という時間になってしまった。ただ、昨日と違う点はやることがはっきりしていることである。明日のすべての準備が整ったら、賞味期限が早い食べ物を中心に夕食を準備し、火起こしをして頭を洗って、昨日よりはマシになった寝床で寝るだけである。
傘立てに使われていたステンレス製の大きいバケツを持ってきて、その下に余っていた鉄製の本棚を焚火台にして火をおこす。飲み水でないため沸騰まではさせなくて良いのだろうが、ある程度の熱さにするためにはかなり時間がかかりそうである。全員夕食をほおばりながらお湯が沸くのをいまかいまかと待っていた。ほどなく、夜のとばりが降りてきた――
完全初投稿なので、意見が1つでもいただけたらうれしいです。
基本週1くらいで投稿していきます。ただ、書き溜めたらすごい間延びしてたので、最初のうちは週2くらいで投稿するかも。