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1日目後編:夜が来る

異世界に飛ばされた大学生たち。果たしてこの先生き残れるのか

ほどなくして、外に行っていた2組が帰ってきた。彼らの話によるとここは小高い丘の上にあり、川は浅く、幅も歩いて渡れる程度らしい。裏手の低地にはいわゆる広葉樹の森が広がっていたが、その中には入らなかったとのことだった。驚いたことは、川にいった2人がスコップを2本ぶらさげて戻ってきたことである。どうやら、整備中の花壇があり、そこに置かれていたらしい。


「いや、川まで行ったんすけどね。動物の足跡があったんすよ。肉食動物なのかなんなのかはわからないすけど、で、何かあると怖いから武器代わりに持っておこうかと」


 一同顔を見合わせた。今まで平和な現代社会で生きてきたわけで、都会育ちなら暮らしの中で見る危険な動物なんて、せいぜいうるさく吠える番犬程度のものだろう。かくいう自分はゴブリンやオークなどの魔物を想像したが黙っていた。自分の妄想のせいでこうなったのかもという罪悪感はもちろんだが、オタク的な趣味を持っていることを隠していたいという思いもあった。


「と、とりあず、これで全員のようだし、自己紹介でもしますか」


 しばしの沈黙に耐えられず、とりあえず思いついたことを提案してみた。


「自分は鈴木純平。えーっと、ああ、ゼミはヨーロッパ経済の渡辺ゼミです」


 自分が自己紹介をしたあとに、ほかの人も続いた。眼鏡の女の子は1年で名前は山田早智子、ロシア語講師は後藤文明で年齢は43歳。体育会系は3年生でラグビー部、小谷誠哉と名乗りながら、補講日に大学に来たのは単位がやばいからだと笑っていた。小太りの男は大学院生の修士2年、辻野亮平でアフリカの農村研究をしているらしい。目つきが鋭い男は3年で木下健、自分と同じく名前以外の自己紹介が何をしたらいいかわからないと苦笑していた。階段で会った美人は2年の瀧本香織、テニサーに入ったが実はインドア派で合わずに悩んでいると言いながら「引きこもり気味なのにこんな状況に巻き込まれるなんで笑っちゃいますよね」と顔に似合わず豪快に笑っていた。入ってきた時にしゃべり続けていたオタクは高部誠。「趣味はアニメ、ゲーム。いわゆるキモオタです」と、ある意味突き抜けたオタクのようである。高部と知り合いらしいもう片方のオタクは松田賢二で、自己紹介は名前を言っただけであった。


「自己紹介も終わったけど……これからどうしますかね」


 自分から自己紹介を、と提案したせいで全員が終わった後皆の視線がこっちに来たので、話を進めようとしたが、この流れだと自分が司会役になりそうなのが少しめんどくさかった。


「日没も遠くはなさそうだね」


 後藤さんが外を見ながら言った。確かに、あとどれくらいなのかわからないが、大分日も傾いていた。


「あ、あの……今日はもう外に出ない方がいいですよね……夜をこす準備をしませんか?」

「そうね。食料と飲み物、電気が通ってないみたいだから懐中電灯とかあるといいんですが」


 気が弱そうで少しおどおどとした山田さんとハキハキした瀧本さんと好対照であるが、二人とも意外に落ち着いていそうである。


「焚き火でもしますか……といっても乾いた薪がないと燃えづらいし煙がすごいことになりますが」

「辻野君はフィールドワークでそういうの慣れているのかい?」

「多少は。といってもキャンプが趣味の人のほうが圧倒的に手馴れているでしょうけど」


 なるほど、アフリカのどこかはわからないが、ネットで見る「お前サバンナでも同じこと言えんの?」をガチで言える人か、などとどうでもいいことを考えてつい吹きそうになってしまい、周りからの注目を浴びてしまった。慌てて言い訳を始める。


「あ、いや。焚き火するにしても室内じゃ火事になるなって間抜けな想像しちゃって。するとなると外か……あ、そういえば屋上部分にガラス張りのカンファレンスルームってありましたよね。使ったことはないですが確か館内案内の地図に書いてあった気が。鍵も受付のところに束がかかってますよね」

「いい案じゃないっすかね。屋上で焚き火してその中にいればいいから外より圧倒的にいいっすよね。月が出てれば焚き火が消えてちゃっても多少明るいんじゃないですかね」

 

 このラグビー部もサバンナでも生きていけそうだな、と無駄な想像をしてしまいそうになったが、その妄想を打ち払いながら話を進める。


「裏手の林に全員で薪を取りに行って……いや、何かあった時のために男だけにしますか。その間に女の子たちで図書館内で食料を探してもらうのはどうかと」

「いや、大丈夫ですよ。私インドア派とは言いましたが、運動もしてますし、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ」


 ちょっと意外な発言に面食らってしまった。瀧本さんほどの美人なら男からチヤホヤされて気を使われることに慣れてるだろうという嫉妬に似た弄れた感情からもあるが、何より口調や表情は優しいが目に少し敵意が込められている気がしたからである。


「えーっと……」

「全員で行きましょう」


 山田さんが会話に入ってきてくれて助かった気がした。周りもそれに同意し、全員で林に行くこととなった。取りも直さず、林に入って薪を探すが、乾いている手頃な大きさのものは意外に少ない。薪を集めるのにかなりの時間がかかってしまった。


「一晩持たなかったら、最悪生木を燃やしますか」

「これだけあってもですか?」

「いや、実際にはわからないんだけどね。さっきも言ったみたいに多少は経験ある程度だから。密閉されたカマドとかで燃やすならかなり持つと思うけど、焚き火にするとたぶんどんどん燃えていっちゃうかもしれないなって思って」

「でもこれ以上奥に行くのはなんか怖いですね……」


 辻野さんが生木を適当に拾い集めたり、折ったりしながらしているところに山田さんが声をかけていた。他の人も奥に行くのは怖いと言い、林から出ようということになった。誰が始めというわけでなく、みんな帰路の足が少しずつ速くなっていった。


 受付にあった懐中電灯や各自の荷物を回収し、少し気が引けるが他の人の荷物から食料を漁って屋上のカンファレンスルームに上がった。焚き火の準備をしていると日が沈み始め、夕焼けが現れ始める。


「なんか幻想的で綺麗ですね」 


 山田さんの言うとおり、広めのタイル張りの屋上にポツンとたつカンファレンスルームはもともと無駄におしゃれに作られており、夕焼けを浴びると幻想的ですらある。


「よし、火が着いた。うまくいかずにグダったらどうしようかと思ってたけど、たぶんこれで大丈夫だろう」


 辻野さんが焚き火の準備を終えたようだ。こんな状態でも、いや、こんな状態だからこそなのか、パチパチと音を立てる焚き火を見ると心が安らぐ。普段は周りが綺麗な景色、と騒いでも自分ひとりだけ感動を覚えないたちなのに不思議なものである。全員同じ気持ちのようで、無言になり焚き火を見つめていた。ところが、一人例外がいたようで、松田だけはそそくさと中に入っていった。


「あっと……ここでじっとしててもなんだし、中にはいりますか」


 松田ってやつはたぶん、無口なだけでなくマイペースでいつもこんな感じなんだろう。高部もきっとフォローしているつもりかと思われた。ただ、確かに外にいても何もすることもないので、それに従って全員中に戻ることとした。


「なんでこんなことになっちゃったんですかね……」


 山田さんが今にも泣きそうな顔で呟いた。なんでって言われても「実は自分のせいかも」とは言えるわけもない。無理矢理にでも話題を変えないとと必死に考えていたら、瀧本さんが口を開いた。


「パニック映画とかだと、そんな暗い顔をしてる人から死んじゃうよ。ほらっ笑顔、笑顔」

「はいっ!」


 山田さんは途端に笑顔になった。美人の先輩から笑顔でこんな風に声をかけられたら、同性でも明るくなっちゃうのも当然なのかもしれないと一人で納得していた。なんにせよ話題が逸れて安心して、軽口を叩く気分になった。


「パニック映画と言えばゾンビ映画ですかね。夜になったらゾンビがとか出たりして……あっ……いや、怖がらせるつもりはなくって……ごめん」


 せっかく山田さんが笑顔になったのに、変な話題を出してしまったなと反省した。反省したというよりも、デリカシーのないヤツだと思われないかと後悔したと言ったほうが正しいかも知れない。自分に対する評価という利己的な考えが出てくることに本当に嫌になってしまう。


「大丈夫ですよ。自分でもネガティブな性格ですぐ暗い表情になっちゃうのはどうかと思うのですが、そういう映画とかも結構見ますから」


 小さいことだがほっと胸をなでおろした。それからは堰を切ったように無人島に飛行機が墜落した海外ドラマやらタイムスリップした漫画の話やらをみんなで話を始める。意外にみんなそれ系を見てるんだなぁと思いながら話をしていると、高部がいわゆる異世界系ファンタジーの作品の名前を出した。アニメ化もされた有名な作品であるが、いかにもオタク好きのしそうな作品でかなりドぎつい性描写もある作品である。なんてのを話題に出してくれたんだ。オタクはオタクの世界の中だけで完結しておけよ、恥ずかしい。思わず、この中で一番「リア充」に見える瀧本さんの表情を窺ってしまった。


「あ、それアニメ見ました。面白いですよね。でも、ここがあんな世界だったらちょっと怖いですね。ははは」


 意外にも彼女も知っていたようで、それも悪くない反応であった。大学3年生にもなってまだ心のどこかにスクールカースト的なものを引きずって反応を探ってしまった自分の方が恥ずかしい。


 太陽は沈み、地平線が白むのみとなったようだが、月も出ているせいか、焚火おかげか、お互いの顔が見える程度にはまだ明るい。その後も異世界ものやらなんやらの話をしながら持ってきた食料で夕飯をとることとなった。


「しかし、今日は一旦いいとしても館内にある食べ物のうち足が速いものから食べていかないといけないですね」


 確かに木下君の言う通りだ。カロリーメイトやらカップ麺やらの保存がきくものがどこまであるかはわからないが、自分が今食べているアキラのおにぎりなんかはせいぜいもって2、3日くらいだろう。となると食料は何日分あるのだろうか。そのことを口に出してみた。


「一応館内はペットボトル以外の飲食禁止だけど、実際にはほとんど守られていないから多少はあるんじゃないかな。研究室とかに学内で戻る場所がある人は多少生協で買ったりしてそうだし」

「でも、何週間も持つ量があるなんてことはないですよね」


 大学歴の長い辻野さんの発言に当然のことと言えば当然の疑問を木下がかぶせた。その発言を機に、明日からどうするかの議論が始まった。ぱっと見、周囲に簡単に食料が集まるような場所もなく、そもそも知識ほぼ0からの狩猟採集なんて成り立たないだろう。


「まずは人里を探さないと。あるのかどうかも分からないけど」

「そうですね。そこで食料手に入れて……ってどうやって手に入れましょう」

「物々交換ですかね」

「物々交換といっても何と何を交換します?」

「ここにあるものの中で交換できる価値のあるもの……何があるかな」

「というか、言葉は通じるのかな。言葉はおいといて友好的じゃなかったらどうしよう」

「いや、人里があるなんて誰にも決められないんだから、まずは食糧確保が優先じゃない?」


 などと全員で議論していたが、まずは人里を探すべき派と食料確保を優先すべき派になんとなく分かれ始めた。それまで一言もしゃべっていなかった松田に瀧本さんが意見を求めようとしたところ、突然、松田が外を見ながら無言で指を指した。


「月、だね」


 半月より少し満ちた月が浮いているのを見て後藤さんが答えた。何か違和感があるような気がするが、綺麗な月である。こんな時に風流なことでも考えているのだろうか。というか、指を指すだけでなく何かしゃべれと思ってしまう。全員きょとんとしていたが、辻野さんが何かを思い出したように立ち上がり外で出ていく。その後に全員ぞろぞろと続いていった先で、ありえない光景を目にした。月が2つ空に浮かんでいる。先ほど松田が指した半月とは別に三日月が1つ。誰しもが何かを言葉にしかけつつも、それ以上言葉になっていないようである。自分も「え……」と声にならない声を出したあと、そのまま固まるしかなかった。


「異世界確定……」


 松田がぼそりと呟いた。こいつ自己紹介以外で初めて言葉を発したな、などと思っている余裕もなく、松田の言葉が頭に響いていた。やっぱり自分の妄想が具現化したのかという疑問を打ち払うように空元気で声を振り絞った。


「ま、まぁ、ここがどこにせよやることはかわらないと考えるしかないですね。食料を手に入れられるように動かないと。明日どうするか決めましょうか。空元気かもしれないけど、前向きに考えるしかないかと」

「そうっすね!ここがどこか考えてもしかたないですね。空元気でもなんでもいいから前を向かないとっすね!」


 体育会系のノリで乗っかってくれて助かったような気がしたが、失笑が漏れるだけでまだまだ空気が重い。重いというよりも全員現実感のなさに固まっていると言ったほうが正しいのだろうか。しばし、茫然としたあとで、ここにいても仕方ないか、という辻野さんの言葉でみんな無表情のまま中に戻っていった。


「明るくなったらまずは館内にある食料を全部探して……って何時に日の出なんだろう」

「腕時計だと今9時半だね……緯度と季節がわからないと地球であってもなんとも言えないし、そもそも、この世界は1日24時間なんだろうか」


 辻野さんの言葉へ後藤さんが被せた疑問に、はっとさせられた。当たり前のことだが、ここが地球じゃないなら1日が24時間でない可能性もある。


「とりあえず、明日は館内と周辺で食料を探索するだけにしましょう。日の出日の入り把握できて、ある程度食料もありそうだったら、明後日からちょっと遠出して人里か何かを探すのでどうでしょう」


 意外にも話をまとめたのは山田さんだった。反対するものは誰もおらず、話はとりあえずまとまった。やることは決まったものの、なんかまだ現実感は沸いてこない。きっと全員が同じ考えだろう。


「明日やることが決まったとしても、まだ寝るには早いっすね。良い子のラグビー部でもこんな時間には寝ないっすね。トランプでもあったらいいんですけどね」

「そうですね。でも、薄暗いからトランプあってもできないんじゃないですか?話す以外は何もできないかもですねー。ってラグビー部は良い子なんですか?」

「はは、嘘つきました。良い子はほとんどいないっすね。あ、でも、練習の辛い時期だけは元気がないからみんな良い子っすよ。早寝早起きです」


 日本時間で10時前になり日も完全に落ちてしまった。数メートル先の人の顔もまだなんとか見えるが、かなり暗い。瀧本さんの言うように話す以外特に何もできなそうである。仕方なくみんな椅子をくっつけたり、床や机の上に衣類を敷いたり、思い思いの場所に寝床を準備だけはするものの、誰も寝付けないようだった。明日具体的に何をするのかやどうでもいい話をしばらくしていた。


「もう11時だね。寝れないかもしれないけど、そろそろ無理矢理にでも寝ようか。最悪横になって目を瞑るだけでも大分ましになるはずだから」


 こんな状況じゃなかなか寝つけないだろうが、後藤さんの言う通り話していてはいつまでも眠れない。みんなもその言葉に従って無理矢理にでも寝ようとしていった……。


完全初投稿なので、意見が1つでもいただけたらうれしいです。


基本週1くらいで投稿していきます。ただ、書き溜めたらすごい間延びしてたので、最初のうちは週2くらいで投稿するかも。

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