第8話 サバイブ
まずは戦える人を集めた。敵は街に迫っている。おそらく略奪目的。BB達はこの街に対して何の義理もない。オサムの「貸しを作ったほうがいいんじゃない」という発言によって加勢することにしている。
チェリーは武器を手にして仲間達に言う。
「皆、それぞれ武器は持ったね。ここは守りに徹しよう。でもまずは敵の情報が必要だ。だから、まんぷくテロリストの方々。戦わなくていいから、奴らのおおよその数を確認してきてくれ」
「おーけー判った」草食は呑気に返す。戦いで本当に死ぬワケではないにしろ、あのメールの後にこの態度は不自然だった。
だがそれを気にする者はいない。全員軽薄な女だと思っているだけ。草食はなおも続ける。
「でも、別に全滅させてもいいんでしょ」
「いや、さっきまでの混乱下ならともかく、戦闘態勢に入っている奴らにはかなわないよ」
「はいはい。ま、よろしくやってくるよ」
チェリー達はできるだけ物資を渡した。主に弾薬。口では否定しても、心の底に期待があるのだろう。草食やレモンは特に弾を渡された。
まんぷくテロリストは人々に見送られウッドハウスから離れた。今手元にある情報は敵が来るというだけ。どこから、どんな奴が、どのくらい来るかは不明。
レモンが燃えていないあばら家の屋根に何とか登り、スコープを覗く。ぐるりと一周して、自分達が歩んだ進路、坂の上に敵がたむろしてるのを発見。月夜、彼らの松明がきらめく。
「わざわざスコープで見なくてもよかったですね」
「数は?」レモンに対してBBは聞く。「大勢です。前に戦ったギャング団と見た目が一致します。となると最低でも十二人。まさか街の襲撃に銃を使わないハズはないでしょう」
「前の? 草食さんが一掃した奴ら?」
「そうです」
拳銃の弾を改めつつ「油断はできないけどね」とオサム。草食は腕を組んだ。ここらで任務は終わりだ。
しかし、貸しを作るなら大きいものにしたい。借金を経験中の彼女にとって、その経験、役に立つ。返せないとなれば、いくらでもゆすれる。実際ゆすられた。苦い思い出は置いといて。貸しを作れば街を支配することだって。しかし焼け跡の大将になって何をするのか。
「あたしはこのまま戦おうと考えているんだけど」
草食は正直に言う。あの早撃ちを見たBBらにとって、それは無謀ではなく合理的な判断に思えた。肯定を示そうと思ったところ、レモンがハッと気付く。
「でも、プレイヤーですからリスポーンしますよね。永遠に戦い続けることになるんじゃ」
青天の霹靂。そうだプレイヤーは復活する。あのギャング団の拠点自体がこの街に近いのだろう。前回の戦いもすぐ復活して来た。あのときも近かったのか。
なら、戦うのは無意味か? 「でも」とレモンは更なる気付きで言葉を強める。
「あのメールの通りアップデートされたなら、彼らはリスポーン地点が違うところにあるのかも。ベッドがあったとしても、彼らの拠点に攻め入り、何らかの方法でベッドを破壊してしまえば、リス地が変わる……?」
「どうしてリス地が変わるの」聞いたのはBBだった。
「そうしないとゲームとしてつまらないでしょう。ずっとリスキルすることになります。この世界はゲームです。忌々しいことに修正だかアプデだかのメールが来たんですから、その対策はされたでしょう」
「なるほど。じゃあ作戦を立てよう」
「今は待つしかないですね」レモンは少し息を吐いた。「あの距離を隠れて行くのは無理でしょう」
「そうだね。でもそしたら、あの人達に助けを求めたほうが」
「大丈夫! あたしの早撃ちでどうにかするから。だからあたしらで全滅させることに集中しよ」
草食はあくまでも殲滅論を崩さない。彼女の腕を盾にされてはもう言うことはない。
「ではまず、近くに来るまで待ち、そこで一旦撃破。進んで敵のリス地まで戦います。そして拠点に着いたらベッドを破壊してみる。どうですか」
レモンの案にみな同意する。だがオサムは付け加える。「となると、二戦目からは正面からぶつかることになるね。一回目はわたしとBBで何とかするよ。二回目からは、レモンと草食さんを信じる」
「頑張ります」「りょーかい」
レモンと草食はそう反応しておいた。BBは黙って頷く。その会話の間に敵は歩いて進軍していた。BB達は燃える街に隠れる。オサムとBBは道路の端に陣取る。互いが見え、だけども敵からは見えない位置に潜む。
敵は堂々と街に入っていった。「誰もいねぇぞ」「それに燃えてるな。見りゃ判るけど」「あのメールのせいだな。こりゃもう物はないかもね」「あのメールほんとかな。ウチらから逃げ出した奴も多いし」「さぁな。でもまぁ、別に困らねぇだろ。今すぐ現実に帰る理由もねぇし」
敵は完全に油断している。その数十人。銃持ちを離れて配置しないのは経験不足からか。何にしてもチャンスだ。隊の真ん中が目の前に来るまで待つ。
彼らは前しか見てない。デスは約束された。BB達は影から現れる。ドッキリついでに二人をキル。混乱で散ろうとしている中に草食達の援護射撃が来る。全弾頭部に命中。半分に削れた。草食は後に備えあまり撃たない。
残りの五人は腰を抜かしたが、手を震わせながら戦う意思を見せる者、逃げ出す者に別れる。前者に属する二人をキルしといて、逃げる敵を追う。
「こいつら前の四人だ! 逃げろ!」
草食が嬉々として銃を向ける。狩りの顔。
「草食さん、生かしときましょう。奴らのアジトまで案内してもらうんです」
「ナイスアイデア」
レモンの考えに草食は乗る。これは坂の上、その先のどこかに拠点があることを想定した為の発案である。全員坂を走り登る。端から見るとちょっとシュール。
坂の上には銃を持った者達が群がっていた。味方の接近に気付き、それに付随するBB達を認め、臨戦態勢に移る。逃げる奴も含め、十三人。
撃たれる前にやれ。草食のリボルバーが火を吹く。六人やった。レモンの射撃と共に残る二人が突撃。BBは二人を続けざまに斬る。レモンが一人やる。オサムが少し苦闘、ナイフで刃を受けナタを叩きつけて倒す。残りの三人はリロードした草食がやった。
坂の上を見渡すと、寝袋が転がっていた。そこからポリゴンか集まり生成され、人の形になり、リスポーンする。
レモンの勘は当たっていた。しかしすぐ目の前に拠点があるとは思いもしなかったが。リスキルし、ベッドを破壊することに。
「どうやって壊すの」「ナイフで刺そう」「それだ」
オサムとBBが言いナイフでベッドを滅多刺しにし破壊する。ベッドの耐久値がゼロになる。もうズタズタだ。リスポーンしなくなる。
なんだかみっともない戦い方だ。だがこれがポストアポカリプスの戦闘になるのだろう。すぐベッドを用意できる辺り、こいつらの組織力はそこそこだろう。が、彼らは逃亡者を出している。ここを全滅させればチームとして終わりだろう。
全てのベッドアイテムをズタズタのボロボロにした。リスキルも止み、復活しなくなった。残っているのは敵のロストアイテム。いつもの食料や水などの物資。
「勝ったの?」
オサムが自身の周りを目にしながら草食の下へ行く。ここは前哨基地なのか。その疑問は今や重要なことではない。
「地味な結果だけど、勝ったよ。これでチェリーとかいう人に大きな貸しができた。皆お疲れ」
「それはこっちの台詞ですよ」BBはナタを納める。「草食さんのお陰で勝ったようなものですし」
「レモンの作戦のお陰でもあるね。もうあたしを姉さんと呼んでもいいんだよ?」
「考えておきます」BBは一度攻撃の後を振り返り見た。「帰りましょうか」
「よし、凱旋だ。あ、物資は持てるだけ持っていこう。特に弾は」
ポーチに詰めるだけ詰め、街に戻る。まだ燃えている街は、太陽を連想させるほどの影を作る。坂を下り、火の熱さを感じつつウッドハウスに来た。チェリーが出迎えた。
「敵の数は?」
「全滅させといたよ。リス地点も潰しておいたよ」
「本当に? やってくれたね」指示に反していたのにお咎めはない。「まさかここまでとは」
「この街を復興する時は、是非優遇してよね」
「その前に、皆に話をしておくよ」
チェリーはウッドハウスに入り、事の流れを説明した。まんぷくテロリストと名乗る連中がたった四人で敵を全滅させたこと。誰もがまんぷくテロリストを褒め倒した。この街の英雄だ。
そのまんぷくテロリストがウッドハウスに入る。羨望の眼差しが注がれた。オサムは恥ずかしそうに身を縮める。草食といったら鬱陶しいほどのドヤ顔。
「それで、これからなんだけど」言いにくそうに、チェリーは口を開け、閉じた。
「もうこの街で暮らすことはできない。人はほとんど出ていってしまった。復興しようにも物がない。だから、ボク達もどこかに行くとしよう。それでいいかな。……ほんの数日しか居れなかったな」
一転して、座は冷え込んだ。それ以外に道はないとみな決断してしまった。草食はその空気に取り残され、後悔。貸しを作ってやったのに、結局何の見返りもない。落胆は隠せなかった。
そうして、街が焼け止んだ後、家々を巡った。物資を漁り、惨めな心持ちになる。先立つ物は必要だ。チェリー達も同じことをした。BB達も。BBとチェリーは同じ家でばったり会った。
二人は黙って物色していた。黒い炭となった木材を眺め、悲哀を重ねる。
「ねぇ、BBくん」
「何ですか」
二人に殺気の緊張が交わる。相手は一時的であっても仲間だ。それなのに殺気。BBは怒りが温まってきた。貸しがある癖に、まさか。
「先立つ物は、必要だよね」
「全くです」
屈んでいたBBはゆっくりと立ち上がる。警戒を体に行き渡らせ、背後の殺気を受け止める。
「銃を下ろしてください」
「断る」
なら殺す。
発砲の寸前に身をかわしナタを抜く。撃たれたが回避している。二発目は跳んで回避。ジャンプの勢いで脳天からナタで両断。チェリーはそのままデスした。
家を飛び出て草食のところへ。チェリーが近くでリスポーンしたら戦争になる。急ぐ。
「草食さん」
「どしたの?」
しかし、チェリーと戦闘をした、とは言えなかった。冷静に捉えれば、彼は追い詰められての行動だった。平常のままなら、まだ利用できる。利用するには、草食から見てチェリーは味方でなければならない。敵対意識を持たれたら面倒だ。
なので先のことは言わない。しかしながらこの裏切りはいつか報いを受けてもらう。BBは固く誓った。
「もう取れるものはないですよ。行きましょう」
「あ、そうなん? じゃ、行こうか」
草食は残り二人を呼び、さっさと街を出た。またしても脱出の情報がなかった。定住の地もなく、希望もない。再び歩くだけの日々。それがまた天下の四人を取り巻いた。
黒い街を背景に、朝焼けを浴びて進んでいく。