表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園のポストアポカリプス  作者: 平之和移
第1部の1 集合編
6/137

第6話 弾道のライン


フルダイブ型VRサバイバルオンラインゲーム、ポストアポカリプス。二○五二年発売のこのゲームは、現在ログアウト不可能になっている。理由不明。


……ちなみに、このゲーム、というかフルダイブ型VRゲームにキャラメイクはない。現実との差異で精神的異常を起こさないためだ。以上蛇足。


そのゲームの荒野。茶色と青と太陽しかない道を四人が行く。BB、オサム、草食、一時加入のレモン。次の街まで歩く。恐ろしいことにその街までは何キロもあるそうだ。レモンを除く三人は移動距離にバグさえ疑った。ただ歩くだけならいい。こっちは荷物を抱えているのだ。


「こんな暑そうな雰囲気して二十五度しかないんですね」


さっきからレモンがひっきりなしに草食と会話する。よくネタが尽きないものだ。BBとオサムの口下手二人は感心する。この娘は現実でもムードメーカーなのだろう。それも、いわゆるギャルとかではなく、理想の女学生として。


こういう時、困ったことがあるのは万人にあるだろう。BBは思う。お喋り上手だけが話して、自分なんかは喋れない。だからといって話を振られても困る。オサムとしても、BB二人だけの頃のように黙っていたかった。


「BBさんは何度くらいが好きですか?」


草食とレモンの会話を聞いてないBBは戸惑う。そんな会話をしていたのか。さも今まで聞いてたかのように答える。「十五度」


「おお、寒さに強いんですね。私なんて冬はマフラーないとやってられなくて。冬は好きですか?」


「……いや、秋のほうが好きだね。寒いのはちょっと」冬、外で縮こまる自分を思い出す。


「わかります! こたつに潜りこみたくなりますもんね」


「そう、だね」


こたつなんて入ったことない。とりあえず頷いておこう。これまでの義親にこたつを出してくれた人はいただろうか。


「オサムさんは冬好きですか?」


「わたし? わたしは夏かな。やっぱり休みはいいよ」


「夏休み! プールとか行きますよね! 私は運動苦手だから家に居ちゃいますけど。オサムさんは?」


「わたしは、行かないかな。親が忙しくて。でもゲームとか漫画とかは。宿題はやらないかも」


オサムははにかみながら答えた。歯切れが悪い。しかし苦手ではないようだ。BBは羨ましく思う。他に感想として、レモンが豊かな生活を送っていることにまた羨ましがる。プールなんて学校以外で入ったことがない。入ったとしても、全身を舐め回すかのような視線が嫌だ。BBは見ようによっては女の子の見た目なのだ。


BBはプール事情が気になった。草食にも聞くことにした。大人なら自由にプール行けるだろうし。


「草食さんはプール行くんですか」


「あたしは……あー、行かないな。ウン。大人は忙しいからねぇ。ハハハハハ」


BBはホッとすると共に自己嫌悪。プール行かないからって彼女と自分を同一視してはいけない。共感する意志なんて持っても無駄だ。


レモンがため息を吐いた。話の主導権が奪われたことが嫌なのか? BBは警戒した。が、そんなことはなく、


「お風呂、入ってないですね」


と言うだけだった。それには全員肯定。別にステータス上は何も問題ない。だがこれは人間の不便な感情のことだ。おのれと恨んでも仕方ない。


オサムは誰にもバレないように自分の臭いを確かめた。無臭。食べてるのは大体炭水化物か肉類だ。全部缶詰め。不健康だ。決してステータスに表れないのがこのゲームのいいところだ。人工現実なのにそんなところは非現実。


「お風呂かぁ。あ、温泉ならあるんじゃない?あの山とか。火山じゃない? アレ」


そう草食が指差すのは、進行方向より左にある山だった。なるほど遠近感が狂うほどには高い山だ。しかし火山灰などは見えない。


草食も本気で言ったワケではないだろう。ただの話題作り。四人とも山を見た。ところで、それより手前にいる人々は誰だろう。


「あれプレイヤーじゃない?」


事実の確認と疑問が混じったオサムの一言。よくよく見れば七人いて、弓持ちが二人。残りは斧だのナタだの持っていた。彼らはこちらを指差して言い合っている。


草食は歓喜。ここぞリーダーシップを見せる時。一歩ずつ進み出る。戦わずに済むならそれにこしたことはない。三人は様子を見守る。


いけるか?


「すみませぇーん。武器を下ろしてくださぁい。こちらに敵意はありませぇん。物資もないでぇす。ただ通るだけなんで見逃してくださぁい」


「物も出さずにウチラのシマ通ろうってか。みんな、やるぞ!」


だめだった。


弓持ちが矢を放つ。草食の胸にドスッと刺さった。「ぎょえええ」HPの減りにビビった彼女はそのまま倒れた。この人に良いところはあるのかとレモンは不安になる。


「前に出る。援護を!」


BBが飛び出す。続けざまに矢が二本飛来。どちらも斬り落とす。一人で来るなぞ。そうバカにしている一人を斬首。キル。斧を振るおうとした女の手を蹴る。よろめいた。袈裟斬り。次の敵に斬りかかるとナタで受け止められた。後ろから殺気。体を背後に滑らせひじ打ち。骨の感触。体を引き相手を空振りさせる。空いた頭を一刀両断。


オサムとレモンは喚く草食をほっといて銃を取る。レモンは見るからに緊張していた。BBを誤射しないかと考えているのだろう。


「大丈夫。頑張って」


オサムの声援。スコープの先には暴れ回るBB。フレンドリーファイアは避けたい。ただでさえ恩赦で生き延びてるのに。信用を失う恐怖。それ以上に、ここでやられたら、折角手に入れたこのスナイパーライフルをロストする。それが飢渇より恐ろしい。


矢は敵味方関係なく放たれる。矢が邪魔してBBはキルができない。ライフルを構えるレモンが視界に入る。


「レモン、弓を頼む!」


レモンへ叫んだ。彼女の腕が確かなら、今後戦闘の負担を減らせる。ダメなら……BBも銃の腕を磨くしかない。


レモンは了解なんて快諾できない。距離は充分遠い。スコープがなければ見えないだろう。当たらないかもしれない。当てないとこちらの信用に関わるのだ。しかし今撃たなければいつ撃つのだ。大丈夫。当たる。当てる。


レモンは引き金を引いた。弾丸が螺旋状に回転。クルリクルリ、クルリクルリ。その先に敵はいなかった。外した。


ゾッと汗が吹き出す。失敗したという言葉だけが真っ白の脳内に黒く輝く。


「カバーする! もう一度!」


オサムが乱射。弾は全て外す。それでも敵は銃に驚き動きが止まる。その隙を突こうとして、BBに矢が向かう。はじくも、その間に敵は元通り。


「次の弾がある。いけるよ」


尚もオサムはレモンを励ます。レモンは深呼吸。そう、まだ次がある。信用はすぐ失うものではない。


「次は当てます」


スコープを除く。コッキング。撃つ。冷たい一連の動作。弾は見事頭を貫いた。


それだけでは終わらない。すぐにコッキング。もう一人の弓持ちをキル。BBが足を斬り行動不能にした敵にとどめ。BBの背後にいた敵もキル。全員、アイテムをロストし、ポリゴンとなって消えた。


「やったね」


オサムが肩に手を掛け、笑みを浮かべている。顔に元気をみなぎらせて、


「やりました」


レモンはそう返した。草食はまだ喚いていた。


ロストしたアイテム群を足で掻き分けるBB。彼は言葉にこそしなかったが、レモンに向けてサムズアップ。レモンも同じように親指を立てる。二人は共に笑う。


「よ、よく見たら出血がない。ギリ生き残ってる。いつも運悪いのに。今日めっちゃラッキーじゃん! やっぱあたしの日頃の行い、良いんだなぁ。ワハハハハ」


草食を無視して敵がロストしたアイテムを漁る。BBの中でのレモンの評価は、うなぎのぼりどころか鯉のぼりだ。元々そんなに期待していなかったのもあるが、スナイパーとしての腕は信じていい。一時的とは言わず、ずっとまんぷくテロリストにいてくれやしないか。


手に入れたのは、水、食糧、弾薬。弾には掘り出し物があった。草食のリボルバー、その弾だ。それも多い。オサムの拳銃弾もだ。なるほど彼らのように略奪に精を出す気持ちが判る。回復剤も見つけた。


「草食さん、回復剤ありましたよ」オサムのほうでも見つかったのだろう。よろよろノロノロ歩く草食に言う。


「マジ? これで一生分の運使い果たしちゃったかな。ありがと」


回復剤を草食に渡した。彼女は自分に打つ。みるみるHPが回復していくのが、その表情から窺える。


「弾もあったよ」オサムはさらに渡す。


「ウヒョー。これでお姉さん活躍しちゃうぞー」


この場にいる全員が作り物の笑顔で誤魔化す。苦笑に近い。誰も草食を信用していなかった。


物資をさんざん集めたあと、草食が一休み入れようと言う。火もテントもないがキャンプすることにした。


「いや強いねレモンちゃん。うちらで最強なんじゃないの?」


「そんなことないですよ。BBさんなんて、真ん前から突進して一気に二人も平らげちゃったじゃないですか」


「後ろに味方がいないとあんなことしないよ」


BBが缶詰めを取り分ける。格別レモンには多く渡した。ツナ缶、モモ缶、なぜかあるサバ味噌缶。などなど。


「こんなにいいんですか? 私、空腹状態じゃないですけど」


「無理なら食べなくていいよ。でも今日のMVPは君だからね。お礼は弾まなきゃ」


「ありがとうございます! じゃ、いただいちゃいますね」


缶を空けスプーンを取り出しパクパク。草食以外は食事にありつく。彼女だけ、手に入れた弾を銃に入れてた。


「食べないんですか」


オサムが無表情で聞く。フッと自分を笑い、


「流石に、何もしてないのに飯は食うってのはね。あたしのことは気にせず食べてよ」


「真面目なんですね、草食さん。良いところだと思いますよ」


BBが頭ねじきって褒め言葉を絞りだす。責めてもいいことないし。少なくとも性根までは腐っていないようだ。


「そんなことないよ」草食は謙遜する。BBは反論。「そんなことあります。でも、食べないと飢えてデスしてリスポーンですからね。また襲われてもいいように、少なくとも今は食べたほうがいいと思いますよ」


「それもそうだね」


その言葉を待っていたと言わんばかりにナイフを取り出す。BBは評価を改めた。草食は「いただきます」と遠慮なく食べ始める。顔には出さないが、印象は最悪である。これでレモンが抜けたらどうする気だ。


「お前達!」


突然響き渡る怒号。それぞれ武器を取って声の方向を見る。先ほどの集団が十二人に増えてやって来た。どうやらリスポーン地点が近いらしい。ここから逃げなければ、同じことを繰り返すだけだ。一度戦って勝ち、逃げよう。


草食以外の三人は同じ考えをしていた。なので、


「ここは任せて」


と言う彼女を信じられないものを見る目で見たのも、仕方ないことだ。


草食は立ち上がり、十二人の男女のほうへノッシノッシと近付く。まさかさっきと同じように言葉で制しようというのか。敵味方共に、草食の意志が掴めなかった。


「おいおい、こいつ一番にやられた奴だ」


ケケケと敵が笑う。草食はため息をこぼし背を向ける。BB達と目が合う。BBとレモンはすぐ勘づいた。草食の罠だ。敵を誘っている。だがこの女に何ができる?


敵の全員が突撃した。


刹那。銃声が重なって鳴った。草食が振り向ききった頃にはポリゴンまみれ。誰も、何が起きたのか、瞬時には判別つかなかった。


草食は腰の辺りにリボルバーを添え、左手はハンマーを下ろしていた。いわゆる西部劇の早撃ち。六人やられた。つまり一発必殺。呆然とした空気の一秒未満、リロードを終えた。再度早撃ち。反応の速い者は避けようとした。その避けた先に弾があった。全てが完璧な射撃により、敵は全滅した。


リボルバーをくるくると回し、カッコつけてホルスターに仕舞う。それを素直に尊敬できてしまうのは、先の早撃ちあってのことだ。草食は自らを誇示することなく戻ってくる。


「さ、荷物をまとめてとっとと行こう」


相変わらずの軽い笑顔に、背後のロストアイテムが重なる。三人は荷物を集めて出発した。


弾の残りを気にするのはオサムだけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ