第6話 弾道のライン
フルダイブ型VRサバイバルオンラインゲーム、ポストアポカリプス。二○五二年発売のこのゲームは、現在ログアウト不可能になっている。理由不明。
……ちなみに、このゲーム、というかフルダイブ型VRゲームにキャラメイクはない。現実との差異で精神的異常を起こさないためだ。以上蛇足。
そのゲームの荒野。茶色と青と太陽しかない道を四人が行く。BB、オサム、草食、一時加入のレモン。次の街まで歩く。恐ろしいことにその街までは何キロもあるそうだ。レモンを除く三人は移動距離にバグさえ疑った。ただ歩くだけならいい。こっちは荷物を抱えているのだ。
「こんな暑そうな雰囲気して二十五度しかないんですね」
さっきからレモンがひっきりなしに草食と会話する。よくネタが尽きないものだ。BBとオサムの口下手二人は感心する。この娘は現実でもムードメーカーなのだろう。それも、いわゆるギャルとかではなく、理想の女学生として。
こういう時、困ったことがあるのは万人にあるだろう。BBは思う。お喋り上手だけが話して、自分なんかは喋れない。だからといって話を振られても困る。オサムとしても、BB二人だけの頃のように黙っていたかった。
「BBさんは何度くらいが好きですか?」
草食とレモンの会話を聞いてないBBは戸惑う。そんな会話をしていたのか。さも今まで聞いてたかのように答える。「十五度」
「おお、寒さに強いんですね。私なんて冬はマフラーないとやってられなくて。冬は好きですか?」
「……いや、秋のほうが好きだね。寒いのはちょっと」冬、外で縮こまる自分を思い出す。
「わかります! こたつに潜りこみたくなりますもんね」
「そう、だね」
こたつなんて入ったことない。とりあえず頷いておこう。これまでの義親にこたつを出してくれた人はいただろうか。
「オサムさんは冬好きですか?」
「わたし? わたしは夏かな。やっぱり休みはいいよ」
「夏休み! プールとか行きますよね! 私は運動苦手だから家に居ちゃいますけど。オサムさんは?」
「わたしは、行かないかな。親が忙しくて。でもゲームとか漫画とかは。宿題はやらないかも」
オサムははにかみながら答えた。歯切れが悪い。しかし苦手ではないようだ。BBは羨ましく思う。他に感想として、レモンが豊かな生活を送っていることにまた羨ましがる。プールなんて学校以外で入ったことがない。入ったとしても、全身を舐め回すかのような視線が嫌だ。BBは見ようによっては女の子の見た目なのだ。
BBはプール事情が気になった。草食にも聞くことにした。大人なら自由にプール行けるだろうし。
「草食さんはプール行くんですか」
「あたしは……あー、行かないな。ウン。大人は忙しいからねぇ。ハハハハハ」
BBはホッとすると共に自己嫌悪。プール行かないからって彼女と自分を同一視してはいけない。共感する意志なんて持っても無駄だ。
レモンがため息を吐いた。話の主導権が奪われたことが嫌なのか? BBは警戒した。が、そんなことはなく、
「お風呂、入ってないですね」
と言うだけだった。それには全員肯定。別にステータス上は何も問題ない。だがこれは人間の不便な感情のことだ。おのれと恨んでも仕方ない。
オサムは誰にもバレないように自分の臭いを確かめた。無臭。食べてるのは大体炭水化物か肉類だ。全部缶詰め。不健康だ。決してステータスに表れないのがこのゲームのいいところだ。人工現実なのにそんなところは非現実。
「お風呂かぁ。あ、温泉ならあるんじゃない?あの山とか。火山じゃない? アレ」
そう草食が指差すのは、進行方向より左にある山だった。なるほど遠近感が狂うほどには高い山だ。しかし火山灰などは見えない。
草食も本気で言ったワケではないだろう。ただの話題作り。四人とも山を見た。ところで、それより手前にいる人々は誰だろう。
「あれプレイヤーじゃない?」
事実の確認と疑問が混じったオサムの一言。よくよく見れば七人いて、弓持ちが二人。残りは斧だのナタだの持っていた。彼らはこちらを指差して言い合っている。
草食は歓喜。ここぞリーダーシップを見せる時。一歩ずつ進み出る。戦わずに済むならそれにこしたことはない。三人は様子を見守る。
いけるか?
「すみませぇーん。武器を下ろしてくださぁい。こちらに敵意はありませぇん。物資もないでぇす。ただ通るだけなんで見逃してくださぁい」
「物も出さずにウチラのシマ通ろうってか。みんな、やるぞ!」
だめだった。
弓持ちが矢を放つ。草食の胸にドスッと刺さった。「ぎょえええ」HPの減りにビビった彼女はそのまま倒れた。この人に良いところはあるのかとレモンは不安になる。
「前に出る。援護を!」
BBが飛び出す。続けざまに矢が二本飛来。どちらも斬り落とす。一人で来るなぞ。そうバカにしている一人を斬首。キル。斧を振るおうとした女の手を蹴る。よろめいた。袈裟斬り。次の敵に斬りかかるとナタで受け止められた。後ろから殺気。体を背後に滑らせひじ打ち。骨の感触。体を引き相手を空振りさせる。空いた頭を一刀両断。
オサムとレモンは喚く草食をほっといて銃を取る。レモンは見るからに緊張していた。BBを誤射しないかと考えているのだろう。
「大丈夫。頑張って」
オサムの声援。スコープの先には暴れ回るBB。フレンドリーファイアは避けたい。ただでさえ恩赦で生き延びてるのに。信用を失う恐怖。それ以上に、ここでやられたら、折角手に入れたこのスナイパーライフルをロストする。それが飢渇より恐ろしい。
矢は敵味方関係なく放たれる。矢が邪魔してBBはキルができない。ライフルを構えるレモンが視界に入る。
「レモン、弓を頼む!」
レモンへ叫んだ。彼女の腕が確かなら、今後戦闘の負担を減らせる。ダメなら……BBも銃の腕を磨くしかない。
レモンは了解なんて快諾できない。距離は充分遠い。スコープがなければ見えないだろう。当たらないかもしれない。当てないとこちらの信用に関わるのだ。しかし今撃たなければいつ撃つのだ。大丈夫。当たる。当てる。
レモンは引き金を引いた。弾丸が螺旋状に回転。クルリクルリ、クルリクルリ。その先に敵はいなかった。外した。
ゾッと汗が吹き出す。失敗したという言葉だけが真っ白の脳内に黒く輝く。
「カバーする! もう一度!」
オサムが乱射。弾は全て外す。それでも敵は銃に驚き動きが止まる。その隙を突こうとして、BBに矢が向かう。はじくも、その間に敵は元通り。
「次の弾がある。いけるよ」
尚もオサムはレモンを励ます。レモンは深呼吸。そう、まだ次がある。信用はすぐ失うものではない。
「次は当てます」
スコープを除く。コッキング。撃つ。冷たい一連の動作。弾は見事頭を貫いた。
それだけでは終わらない。すぐにコッキング。もう一人の弓持ちをキル。BBが足を斬り行動不能にした敵にとどめ。BBの背後にいた敵もキル。全員、アイテムをロストし、ポリゴンとなって消えた。
「やったね」
オサムが肩に手を掛け、笑みを浮かべている。顔に元気をみなぎらせて、
「やりました」
レモンはそう返した。草食はまだ喚いていた。
ロストしたアイテム群を足で掻き分けるBB。彼は言葉にこそしなかったが、レモンに向けてサムズアップ。レモンも同じように親指を立てる。二人は共に笑う。
「よ、よく見たら出血がない。ギリ生き残ってる。いつも運悪いのに。今日めっちゃラッキーじゃん! やっぱあたしの日頃の行い、良いんだなぁ。ワハハハハ」
草食を無視して敵がロストしたアイテムを漁る。BBの中でのレモンの評価は、うなぎのぼりどころか鯉のぼりだ。元々そんなに期待していなかったのもあるが、スナイパーとしての腕は信じていい。一時的とは言わず、ずっとまんぷくテロリストにいてくれやしないか。
手に入れたのは、水、食糧、弾薬。弾には掘り出し物があった。草食のリボルバー、その弾だ。それも多い。オサムの拳銃弾もだ。なるほど彼らのように略奪に精を出す気持ちが判る。回復剤も見つけた。
「草食さん、回復剤ありましたよ」オサムのほうでも見つかったのだろう。よろよろノロノロ歩く草食に言う。
「マジ? これで一生分の運使い果たしちゃったかな。ありがと」
回復剤を草食に渡した。彼女は自分に打つ。みるみるHPが回復していくのが、その表情から窺える。
「弾もあったよ」オサムはさらに渡す。
「ウヒョー。これでお姉さん活躍しちゃうぞー」
この場にいる全員が作り物の笑顔で誤魔化す。苦笑に近い。誰も草食を信用していなかった。
物資をさんざん集めたあと、草食が一休み入れようと言う。火もテントもないがキャンプすることにした。
「いや強いねレモンちゃん。うちらで最強なんじゃないの?」
「そんなことないですよ。BBさんなんて、真ん前から突進して一気に二人も平らげちゃったじゃないですか」
「後ろに味方がいないとあんなことしないよ」
BBが缶詰めを取り分ける。格別レモンには多く渡した。ツナ缶、モモ缶、なぜかあるサバ味噌缶。などなど。
「こんなにいいんですか? 私、空腹状態じゃないですけど」
「無理なら食べなくていいよ。でも今日のMVPは君だからね。お礼は弾まなきゃ」
「ありがとうございます! じゃ、いただいちゃいますね」
缶を空けスプーンを取り出しパクパク。草食以外は食事にありつく。彼女だけ、手に入れた弾を銃に入れてた。
「食べないんですか」
オサムが無表情で聞く。フッと自分を笑い、
「流石に、何もしてないのに飯は食うってのはね。あたしのことは気にせず食べてよ」
「真面目なんですね、草食さん。良いところだと思いますよ」
BBが頭ねじきって褒め言葉を絞りだす。責めてもいいことないし。少なくとも性根までは腐っていないようだ。
「そんなことないよ」草食は謙遜する。BBは反論。「そんなことあります。でも、食べないと飢えてデスしてリスポーンですからね。また襲われてもいいように、少なくとも今は食べたほうがいいと思いますよ」
「それもそうだね」
その言葉を待っていたと言わんばかりにナイフを取り出す。BBは評価を改めた。草食は「いただきます」と遠慮なく食べ始める。顔には出さないが、印象は最悪である。これでレモンが抜けたらどうする気だ。
「お前達!」
突然響き渡る怒号。それぞれ武器を取って声の方向を見る。先ほどの集団が十二人に増えてやって来た。どうやらリスポーン地点が近いらしい。ここから逃げなければ、同じことを繰り返すだけだ。一度戦って勝ち、逃げよう。
草食以外の三人は同じ考えをしていた。なので、
「ここは任せて」
と言う彼女を信じられないものを見る目で見たのも、仕方ないことだ。
草食は立ち上がり、十二人の男女のほうへノッシノッシと近付く。まさかさっきと同じように言葉で制しようというのか。敵味方共に、草食の意志が掴めなかった。
「おいおい、こいつ一番にやられた奴だ」
ケケケと敵が笑う。草食はため息をこぼし背を向ける。BB達と目が合う。BBとレモンはすぐ勘づいた。草食の罠だ。敵を誘っている。だがこの女に何ができる?
敵の全員が突撃した。
刹那。銃声が重なって鳴った。草食が振り向ききった頃にはポリゴンまみれ。誰も、何が起きたのか、瞬時には判別つかなかった。
草食は腰の辺りにリボルバーを添え、左手はハンマーを下ろしていた。いわゆる西部劇の早撃ち。六人やられた。つまり一発必殺。呆然とした空気の一秒未満、リロードを終えた。再度早撃ち。反応の速い者は避けようとした。その避けた先に弾があった。全てが完璧な射撃により、敵は全滅した。
リボルバーをくるくると回し、カッコつけてホルスターに仕舞う。それを素直に尊敬できてしまうのは、先の早撃ちあってのことだ。草食は自らを誇示することなく戻ってくる。
「さ、荷物をまとめてとっとと行こう」
相変わらずの軽い笑顔に、背後のロストアイテムが重なる。三人は荷物を集めて出発した。
弾の残りを気にするのはオサムだけだった。