第5話 土埃のスナイパー
店から追い出され街にも居づらくなった三人。どこへ行くアテもなく荒野へ飛び出した。BBとオサム、子供達の目は鋭い。こんな人物に着いていっていいのかと早速疑念がよぎる。
物資はオサムが持っていた。しかしそれもどれだけ持つか。今までは二人でやりくりしていたのに、急に三人なったものだから。不安はある。BBから見て草食は、いかにも浪費するタイプだ。手綱は自分が握らねば。
歩き慣れたアスファルトの道。どこまでも続くかのように思えた。会話はない。なので目的について議論することもできない。彼らは何のアテもなく歩いている。
ゆるやかな曲がり道に差し掛かった。右手には小高い丘が砂を添えてた。なだらかで、大きな丘だ。あの街から追い出され、下手すれば追われているかもしれない現状、充分に注意しなければ。
しかしそんなことを考えているのはBBぐらいだ。オサムはまた影の射した表情。草食はうなだれている。BBは丘の上を凝視し、頭の中で舌打ちしていた。
丘の上。何かがキラリと光った。それを判別する前に銃声が響く。
「うぎゃあ!」草食の足下に着弾した。
BBとオサムは即座に抜刀。敵を迎え討たんとする。今のは外したのか。相手は何名か。音の方向、着弾の跡から見るに丘の方角から。遮蔽物なし。このまま一方的にキルされるか? いや弾は貴重なハズ。ここは距離を詰める。二人はバネのように飛び出す。
丘の上。小柄な少女が、スナイパーライフルを持って屈んでいた。一人か? いや、伏兵がいるだろう。
「つ、次は当てます!」少女が悲鳴のように叫ぶ。「だから、水と食料を、って、止まって止まって! 当てますよ、本当に当てますよ!」
制止を聞かず走り続ける。こちらが本気だと気付いたのか少女も狙いをつけて引き金を引く。だが何も起きない。近付く二人を恐れ、焦って銃を叩いたり引き金を引き続けた。
そしてようやく、ボルトアクションなのにボルトを動かしていないことに考えが至った。その頃にはもう二人に刃を向けられていた。
冷や汗をかき、銃を落とす。両手を挙げて降参の意思を示す。オサムは今にも斬りかかろうとしている。BBが抑えた。相手が水などを求めているなら、そんなにいいものは持っていないだろう。
「ストップ、ストップ。二人とも速すぎだって、ハァ」
草食がやっと追い付いた。リボルバーを抜き、少女に突き付ける。ハンマーを上げていつでも撃てるようにする。
「さて、この娘、どうしようかな」
BBとオサムは武器を下ろしていた。ここは年長者の草食に任せるつもり。だがBBは経過を深く観察する。
「こ、殺さないで下さい」
命乞いをする幼き少女に、哀れみを感じたのか草食は銃を下ろそうとする。
「草食さん」BBはそれを止める。「引き金引いてみて下さい」目線を少女に向けたままのBBが言う。
「え」
真意の解らないのは全員のこと。しかし草食だけはその思考が理解できてしまう。
「撃ってみて下さいよ。弾、あるんでしょ? オレ達を撃ったんです。危険な相手だ。そうでしょう? 貴方は銃を頻繁に使うのだから弾はいっぱいあるはず。違うとは言いませんよね」
この言葉は、BBの不信感から来ていた。彼にとって、草食はまだ信頼できる人物ではないのだ。弾の管理もできないなら……。BBはより眼を光らせる。
「いや、使う弾がもったいないし、ナイフ使うよ」
「いえ、撃って下さいよ。いっぱいあるんでしょう。それとも無抵抗の人は撃ちたくない? それなら」
BBは草食の右手に移動。彼女の手に手を重ねる。彼の人差し指が草食の人差し指に触れ、引き金に指がかかる。
「いや、ちょっと」
ためらいなく指を引いた。
銃声はなかった。ハンマーの下ろされる音だけ。
「やっぱり」草食から離れた。「弾、ないんですね」
「これは、その」
「言い訳はいいですよ」BBにとっていつもの、人への落胆。「これでオレ達の戦力がハッキリ判った。仲間なら、プライベートのことはともかくこういうことは共有していただかないと」
すっかり置いてけぼりなスナイパーの少女はキョトンの顔。BBが自然とこの場を仕切り、少女に問う。
「まず、色々聞かせてもらいますが、まずなぜこちらを撃ったのですか。質問に答えていただけたら解放します」
「はい……了解です」両手は挙げたまま。
「よし。では一つ目。この先にプレイヤーの街とかはありますか」
「あります、ありますよ。このま道路を行った先に。人が少しいて、街というか、村ですね」
彼女の協力的な態度に幾分か敵意が減る。
「では二つ目。先ほどの射撃は敢えて外したんですか。それとも本当に外しただけなのか」
「信じてくれないかもですが、わざと外しました。無用なプレイヤーキルはしたくないので」
「なるほど。三つ目。一人ですか」
「一人です。ずっとソロで動いてたんです。でももう物資も尽き始めて。街までは行けそうもないし、ここでプレイヤーを脅して物をいただこうかと」
「ふむ。それにしては計画性がないような」
「……そう、ですよね。このライフル見つけて、飢えてデスしてロストしたくなくて。混乱してたんでしょうね。ハハハ」諦めの笑みは虚しい。
「街までの道は判りますか。道中の安全も含めて」
「判ります。安全ではないですね。私みたいなプレイヤーが結構いるでしょう」
「ありがとうございます」
BBは空を見た。夕焼けが近い。夜の強行軍は避けたほうがいい。草食も同じ意見を持つ。オサムというとこの先に街があることにホッとしている。前の街には帰れないし。
これからの目的を見つけた。とにかく街へ。役立つ情報も入手。草食がここぞとばかり前に出る。
「中々いい子だね、キミ。どう? 一晩一緒に過ごさない? 水とかは少しだけどあるからさ」
「いいんですか? 私、皆さんを攻撃しちゃいましたけど」
「よくないですよ」オサムが口を挟んだ。「三人でもカツカツなのに、これ以上増えたら今日でなくなっちゃいますよ」
「そうなの?」懐事情に疎い草食は他人事に聞く。
「そうですよ。でも、街への道中でプレイヤーをキルすれば、その物資を奪えるかも」
「よし、それじゃあプレイヤーをキルして生き延びよう。今夜はこの子が一時加入するってことで。いいよね?」
二人に異論はなかった。不満はあったが。
「ありがとうございます!」両手を下げ、少女は深く礼をする。「私、プレイヤーネームはレモンって言います。ローマ字で、lemon。狙撃はまぁまぁ得意なほうなんで、よろしくお願いします」
「オレはBBです。よろしく」
「……わたしはオサム。よろしくね」オサムはちょっとぎこちない。
「二人とも、チーム名を忘れているよ。あたし達はまんぷくテロリスト! そしてあたしはそのリーダー、草食。脱出目指して頑張っているから応援よろしく!」
「脱出?」レモンという少女は草食を見上げる。風がレモンの黒髪ロングを撫でる。
「そつ、このゲームからの脱出。閉鎖されているからね。抜け出そうってワケ」
レモンは珍妙な変人を見る目で草食を見る。
「はぁ。でも、運営がどうにかしてくれるんじゃないですか?」
「どうだろうね」草食は腕を組んだ。賢しげに。BBが言葉の後を継ぐ。
「もしかしたら、運営が故意に閉じ込めた可能性もあります。そうでなくとも、自分達から動くほうが早期の解決になるかと」
そうBBは口添えした。レモンが頭を上下。意見の一つとして受け入れられたようだ。
「それは、確かに。BBさん、敬語は使わなくていいですよ。オサムさんも」
「じゃあ貴方も敬語使わなくてもいいですよ」
「まぁまぁそう言わずに。一時的とはいえ仲間にさせていただきますし。それにほら、皆さんは、ええっと、まんぷくテロリスト? の先輩なんですから」
「そうで……そうだね。判った」
話しはこれぐらいに。ということで丘から降りる。道にテントなしのキャンプを作った。もしかしたらレモンのような協力的なプレイヤーに会えるかも、という淡い期待が一つ。そして単に夜になるので寝るためだ。それにしても高所を捨てるのはいかがなものか。そんなのは誰も思い至らなかったが。
草食がライターを取り出し、今まで集めた枯れ木枯れ木に火を点けた。静かな歓喜にまみれる。暖かな火を囲み、各々缶詰めを開け火のそばへ。レモンは何も持ってないのでオサムから貰った。
レモンのステータスは危険水域だった。だからか水も食べ物もかっ食らった。下品ではなく上品な食べ方だった。各種ゲージを見て、幸福を露にする。
「三人は、どう出会ったんですか?」
ひとしきり食事を終えたレモン。草食に雑談を持ちかける。
「この道を戻った先の先にある廃墟でね。BBがショットガンを手に入れたところに出くわしたの。そこには強いクマがいて通れなかったんだけど、BBがナタで倒してね。信じられる? クマをナタで。サバイバルゲームでクマは強敵だよ」
「クマを? ナタで? BBさん、ホントなんですか?」
トマトの缶をチビチビ飲んでたBB。その話がやけに引っ張られることへ嘆息しつつ、答える。
「モーションをよく見ればなんとかなるよ。それに、ナタで倒したのはそれ以外に武器がなかったからだよ」
「BBは強いからね。頼りになるよ」
オサムが自分のことのようにBBを褒める。BBは照れ隠しに水をグイッと傾ける。どうにか自分から話を反らそうと必死に言葉を組み立てる。褒められるのは苦手だ。
まだ詳しくは知らないレモンの射撃技術。それと一回だけ見た草食の早撃ち。果たしてどちらが上だろう。そこから連想して、これだという話題を見つける。BBは草食とレモンに目を向ける。
「オレよりも、草食さんのほうが強いよ。この人、早撃ちがすごくて。抜いたのが見えなかった」
「ふふーん。もっと褒めていいんだよ? お姉さんと呼んでもいいんだよ?」
「ま、弾無しですけど」「うぐ」
レモンがクスクスと笑った。清純そうな空気を醸し出す少女。話を続ける。
「ところで、草食さんがまんぷくテロリストのリーダーなんですか?」
「その通り!」「そうなんですか?」「そうらしいよ、オサム」「え」
BBとオサムのいまいちな反応に草食は口をポカンと開ける。レモンは半笑い。
「えー? 草食さんリーダーじゃないんですか? リーダーシップとかカリスマとかありそうなのに」
鼻高々とはこのこと。レモンの言葉にすっかり気を許した草食は、自分の水を一つ奢った。こういう大人が国を傾けてきたのだろう。BBは心に独り言。
オサムは、自分のコミュニケーションスキルの低さを嘆く。現状、どう話に入ればいいのか判断できない。BBはあまり話に入ろうとしない。そのクセ困ったようにはしてない。
モヤモヤとしている内に夜が深く沈む。寝袋さえないので地面に横になる。BBは見張りを志願。火は焚いたまま、三人の女性は横になる。
月と星々を頼りにこの暗さを乗り越える。話の街までまだ先だ。そして、到着前に必然、物資を奪う。そんな予定。
BBはナタを抜く。見てみる。少し耐久が下がっている。砥石をポーチから取り研ぐ。彼女らを起こさないよう、ゆっくりと。見張りは交代がある。だがまだまだ余裕はある。考え事をする時間だ。
レモンはまぁいい。草食、オサムのこと。草食は間違いなく大人だろう。そんな雰囲気がする。だがそれにしてはダメな部分が多い。オサムは戦闘能力が低く頼りにはできない。レモンの腕次第では戦いの道は開ける。しかし草食がリーダーか。自分以外が何とかしてくれる人物の到来を待ちわびる。
ナタを研ぎ終えた。月を反射し、HPを刈り取る得物となる。微風。風の便りは、少しばかりの展望をさらっていった。