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楽園のポストアポカリプス  作者: 平之和移
第1部の1 集合編
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第4話 錆びた街


BB、オサム、草食の三人は、トタンと腐った木でできた家屋を通る。もう少し建築のセンスと素材があったら西部劇の街になれるだろうに。今はただのあばら家。それでも人がいるというだけでありがたい。


オサムは行き交う人々にすっかり顔をほこばせている。BBはなおも警戒。草食は住み慣れた道を進む。行き先は酒場だ。


「草食さん、オレ達未成年ですよ」


「出るのはお酒のような何かだよ。ノンアルコール。はっきり言えばジュースだし、このゲームに酔いはないよ」


との会話が先ほどあった。それもそうか。一人納得。


この家々に法則性はない。建てられるところに建てたというおもむき。圧死を案ずるほどの狭い道もあれば、車が走り抜けられる大通りもある。そこはだいたい、商店が立ち並んでいる。BBもオサムと同様、この光景には感嘆を隠せない。人の強さを見た。


その商店街の一角。目的らしい酒場があった。看板がなければ、ただの民家と間違えていただろう。中に入るのに扉はない。開けっ放しの通路を通る。その数歩ほどしかないところを通れば、いかにも酒場らしい、少し手狭だが活気のある空間に着いた。


草食は人目を避けるように動く。特に店主の目を避けるように奥のテーブル席に座った。BBは察しがつく。だが自分のことではないので口を閉じていた。


三人は着席してもものを頼まない。オサムは人がいることにまだ慣れてなく、BBは単に飲む必要がない。草食は辺りを窺いながら話しかけた。


「さて、どうかなこの街は。かなり人がいるでしょ。確かな数は知らないけど、五十人は超えているんじゃないかな。それだけ人がいるなら、当然情報も多い。ここにいて損はしないよ」


「ありがとうございます」落ち着きのないオサムに代わってBBが礼を言う。このまま草食へ別れを切り出そうとして、「でもね」とそうに止められる。


「商売が盛んだから当然だけど、何事にもお金が必要なの。いや通貨は水とかの物資だけど。それで物々交換をしている。ここでやっていくなら食い扶持を確保しないと」


「それは自分達で……」


「そこで、だよ。あたしがタダで教えてあげる。求める情報をね。その代価として、貴方達には仲間になってもらう。どう? いい案でしょ」


「さっきからずいぶんこだわるんですね」


「弱点を話しちゃうと、あたし、銃以外はからっきしでね。二人とも近接戦が得意そうだから仲間にしたいの」


ふむ。悪い話ではない。仲間になったとして、銃の腕は見込める。BBの損得勘定は片方に振れる。


「オサム」「……え、なに?」「話聞いてた?」「えぇっと、仲間になるかって話だっけ」「そう。どう思う」「仲間になるんじゃないの」「え」「え」


オサムとの考えのズレに戸惑う。しかし結論は一緒なので、心の中にため息を一つ。草食を見る。彼女は意地悪く笑っていた。


「解りました。草食さんの仲間になります。ただし、永遠に、ではありません。最高で一ヶ月。指定は貴方に任せます」


「じゃあ一ヶ月で」


「了解です」なんだそのとりあえずビールでみたいなノリは。「しばらくお世話になります。……それでは、約束通り色々と教えていただけないでしょうか」


「いいよ。まずは、ウーン。どこからかな? どこからがいい?」


「あの、じゃあ」オサムが手を小さく上げる。「何でログアウトできないのかってところからお願いします」


そう言われうなずこうとして、草食の目がBB達の背後へ向く。顔は苦く渋り、口角は下がる。その目を追って二人は振り向く。視線の先には女性の店主がいた。怒りを表情に、草食を睨む。


「よくもまぁぬけぬけとここに来られたね。暴食め。ここに来たからにはツケを払う気があるんだろうね」


にぎやかな店内はどよめきに変わる。イベントを期待する小声で満たされる。BBの察しの通りになった。


オサムもこの事態を把握し、非難の目を草食に向ける。四方八方味方なし。バツの悪そうにうなだれる草食。まずは様子見。BBはテーブルに頬杖を突く。


「いやぁ、その、いいじゃん」草食の下っ手くそな言い訳が始まった。


「何が?」


「えっと、店主さん、ほら、おごるから」


「ワタシのもんで? 誰が飲み物だしてると思ってんの。言っておくけど乱闘騒ぎの弁償も貰ってないからね。閉鎖される前だからノーカンとかはなしね」


だらだらと汗を流す草食。この街はどうもログアウト不能になる前からあったようで。それとログアウト不能になり閉じこめられたのを、閉鎖と呼ぶらしい。BBは二つ知識を得る。


「い、いや、でも、前に暴徒どもからこの店守ってあげたでしょ? ほ、ほらぁむしろあたしに借りがある! ほらこれで」


「チャラにはならない。その言葉はこれで五回目。助けてくれたのは忘れないけどいつまでもそれが通用するワケないでしょ」


いい加減言い訳も尽きた草食に代わろうと、BBが店主を見る。


「この人の代わりに、オレが払いますよ。今回の分だけ」


「いやいや、子供に払わせるワケには」


「子供である以前にプレイヤーです。それにこれまでのツケ全て払うつもりもありません。ともかく、ここはこれで手打ちということで。お願いします」


そう言って手に入れた物資をテーブルに広げる。缶詰め、ペットボトルに入った水、弾薬。ここまでされてなおとどまるのは邪か。「ありがとね。草食! 今回だけよ」と言葉を残し店主は去った。


草食がホッと姿勢を楽にした。今度はBBの口角が下がる。オサムのほうに体を向けた。


「ごめんね。勝手に物売って」


「BBは悪くないよ。気にしないで」


BB「は」というところに含みを草食は当然感じる。少し罪悪感に心を斬られる。咳払い。


「ログアウトできない理由だったね。残念ながら誰も知らない。だから、閉じ込められたのか、出れなくなったのか、これも判断がつかないの。これについては、これだけ」


「なるほど」口に出したのはただの確認。その中には落胆が大いに加味している。BBは続ける。「それで、ここのプレイヤー立ちはどうするつもりで」


「閉鎖から三日は経ったけど、まだ運営の不祥事だと思っている人のも少なくない。いつかは解放される。そう考えている人も多いよ」


次はオサムが、「じゃあ、草食さんはどう脱出するつもりですか。脱出するって言ってましたよね」


「それも不明。だけど、このポストアポカリプスは広い。きっと、どこかにヒントとかがあると思う。だから旅をしようと思うんだ」


「そう、ですか」聞きたいことはたくさんあったハズなのにもうネタが尽きた。あとは個人的なことだ。BBの、個人的なこと。


「草食さん」「前にも言ったけどお姉さんでいいよ」「草食さん」「なに?」


「草食さんは、なぜ脱出しようと思うのですか?」


BBは問うた。オサムが怪訝な顔で少年を見る。草食は今までの軽さを捨てて真面目になる。「どういう意味?」


「あの現実に、なぜ帰りたいのかと聞いているんです」


「BBは帰りたくないの」オサムが責めるように言った。


「そういうワケじゃない」オサムから草食へ顔を向ける。「でも、あっちの惨状も判ってますよね」


長いため息。耳の痛い話なのだろう。草食も頬杖を突きあーともいーとも言わない。真剣に悩んでいる。「現実ねぇ。あそこねぇ」唇の端を噛む。


「オサムちゃんは、現実が酷いものだと思う?」


突然な問いに虚を突かれる。


「えっと、酷いというか、大変だとは思いますけど」


「どのくらい大変?」草食の言うがままにBBは任せる。


「なんか、失業しまくって、AIがどうので」


「そうだね。仕事はAIにたくさん盗られて、それに代わる仕事もない。暴動もテロも、日本でも起こりまくるし治安は最悪。貧富の格差は広がりすぎて過去最悪を毎年更新し続ける。帰りたくないと考えても無理ないね」


やけに感情の込められた述懐だった。オサムはニュースで見た聞いた情報通りのことを他人事のように受け取った。BBは草食と同じ顔をしてみせた。


「知ってる?」二人を見ているハズなのに、遠くを見ている草食。「昔、二○三○年代までは暴動なんてなかったんだよ」


「え、そうなんですか」


オサムが口にして驚き、BBは内心で様々な知見を得ていた。二人ような子供にとって、現実というものは暴動だのテロだのと隣り合わせだった。それがない世界など想像できない。


「じゃあ尚更、なんで」


「それは」オサムの言葉に草食の目が泳ぐ。二人は気にしないし気付かない。「それでも、家に帰りたいじゃん」


「そうですよね!」


オサムが身を乗り上げて同意する。彼女には待っていてくれる家族がいるのだろう。BBは顔に出さずとも羨ましい。


「家族に会いたいです」


「その意気! あたしらの目的は一致しているみたいだね。BBくんはどう?」


「まぁ、オサムがそう言うなら」


消極的ながら同意した。BBの勘が、嘘を見出だした。だがそれをここで言ってどうする。白けさせるだけだ。どうせ一ヶ月の付き合い。利用するだけ利用してやろう。


「それじゃあ、あたしらのチーム名を決めよう。ここら一帯で初めての脱出を目的とする組織になるんだからね。いいのにしよう」


「必要ですかね」


「必要だよ」


BBはまばたき三回。横目でオサムを見てみる。本気で悩んでいる。


「シンプルに脱出愚連隊にしましょうよ」オサムの提案。


「うーん」


「じゃあアムリタで」BBの提案。


「うーん」


「ポ殺隊」「リトルピープルズ」「レッドリボン軍」「カレルレン」「火の鳥」「ドグマグ」


オサムがまず言って、BBが続いた。全部採用されなかった。


「なんというかね。堅い」


「じゃあ草食さんは良いのがあるんですか」


BBはさっさと決めろと圧をかける。


「とっておきのがあるよ」


ここぞとばかりに得意になる。しばしためて、


「まんぷくテロリスト!」


テーブルの空気が凍った。よく考えたら、自分のプレイヤーネームを草食にしてしまうそのネーミングセンス。その持ち主に、ないものを期待したのが悪かった。


他のテーブルでは先のツケ騒動を忘れ自由に騒いでいる。我々との温度差。ここだけお通夜でもしてるのか。投資にでも大敗したのか。


こんなことで言い争っても仕方ない。二人は奇しくも同じ思考をした。目を合わせて、互いの意見を確認した。


「じゃあそれでいいです」


「やっぱこれだよね。BBくんも判っているじゃないか。ここは一つ!パーッと祝おうじゃないか! 店主さん、ノンアル持って来て。もちろんツケで」


何がもちろんだ。そんな声がカウンターから聞こえた。草食はここぞとばかりに無視する。もう払ってやらんぞとBBは決断する。


運ばれてきた飲み物。そのビンを開け、三人で乾杯をした。まんぷくテロリストの誕生を祝って。一人は同行者の為。一人は家に帰る為。一人ははて何を考えているのやら。思惑はそれぞれ違う。それでも仲間になったのだ。


草食は調子にのって食べ物まで頼み始める。雰囲気に酔ったのだろう。BBがとめても聞かず、暴食をする。オサムも草食の勢いに流されどんどん食べる。この原材料不明の飲み物食い物を口にして。BBは収拾を諦めた。


そして会計。もちろん払えない。ツケで。草食は言った。ダメ。当然ダメ。女店主はゴミを見ている。BBは自分で払えのオーラ。オサムは冷や汗と共に口笛を吹いた。かくも人望がないとは。


三人とも店を追い出された。

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