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楽園のポストアポカリプス  作者: 平之和移
第1部の1 集合編
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第2話 時計の回転


少年BBと少女オサムは朽ちたビル郡へ歩み始める。双方共に顔は暗い。撃たれた小鳥もこんな寂しさを抱いていたのだろうか。いやあれはただのデータだ。オサムは感傷を抑える。


車の通らぬ車道、その中央を行く。中心に近付くにつれ、ゾンビの呻き声が大きくなってきた。ナタは既に抜いてある。十字路。その先に屍が多数。


十字路中央に立つ。前方、左右には敵の群れ。こちらに気がつきノロノロと襲ってくる。苛立っている二人にとって、この時はストレス発散の時だった。


駆け出す必要はない。近付くのを待つ。だがおしくらまんじゅうにされてはならない。一匹がオサムに接近。脳天にナタを振り下ろしキル。BBに言われずとも、銃を使おうとは考えない。


二匹並んで来る。小勢で小出ししてくるのにヤキモキしつつ、BBは二匹を素早く斬り伏せた。ナタの調子はどうかと目を向ける。耐久値はまだ高い。ポップアップされたステータスがそう告げる。


呑気なものだ。それほどゾンビは鈍臭かった。オサムは舌打ちし、短いポニーテールを揺らし走り出す。BBも早期に決着をつけるた為彼女を追う。


BBとは違い、オサムは急所を狙わない。乱暴に斬る。一撃では足りないので何度も叩き斬る。BBは走り回りながら首をはねていく。全て即死。BBと自分の違いに怒りが昇るのを感じながら、オサムはようやく一匹片付ける。


しかし、ゾンビの数は減らなかった。二人は微少の後悔をしていた。だがそれ以上に運動という気晴らしが出来ている。それだけで戦えた。


オサムは素人ながら敵を倒し、BBは小慣れているようにゾンビを捌く。そしていつの間にかゾンビは全滅していた。感覚としては、草むしりだろうか。


オサムが武器をしまい、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。


「わたし達、何で戦っているの?」


その言葉に戦の余韻を断たれたが、BBは頬を掻きながら苦笑する。


「確かに。何でかな」


「この数二人でやっちゃったし」


「いや、うん、まぁ。ここら一帯の安全は確保したってことで」


「じゃあ人探そうか」


「そうだね」


自分達の本来の目的を思い出し、八つ当たりの現場から離れる。一度、別行動をとろうかとBBは考えた。しかしまだ沈んだ顔をするオサムを見ると、あぁそんな考えをした自分が愚かしい。彼女の前を進む。


正直なところ、今はまだ何が起きているのか判ってない。それなのにウロウロしていいのか。物資を見つけ、ビル内に入るBBとオサム。オサムはどうしても不安が除けなくて、安心を与えてくれる人を探す。前にBBが一人だけいた。同じ歳の子供に頼るのは、彼女にとって恐ろしくあり、忌避するものであった。


「すみませぇん。誰かいますかぁ」


BBが声を張り上げる。木霊はまだ響かず、すでに夜となった世界があるだけ。「ここにはいないみたい」オサムに言う。その場から離れ、崩壊した街に再び出る。それからも彼らは歩いた。街の中をどこまでも。


「ねぇ」


すっかり会話はなくなった。重量のある沈黙から幾刻か。オサムはついに口火を切った。BBに話しかけながら視線は下へ。


「人はいないみたいだ」察したBBが会話を続けさせる。


「そう、そう。いたとしても、もう眠ってるんじゃないかな。他のプレイヤー。だとしたら起こすのも悪いよ。ね?」


BBにはオサムの姿が哀れに見えた。かなり疲れている。ここで何か言うより、休ませてあげたほうがいい。瞳も、きっかけがあれば滝を流しそうだ。


「じゃあ、今日は休もうか。さっきのビルでいいかな。ほら、最初に入ったところ」


「いいよ」


「よし、戻ろう」


二人は最初人を呼んでいたビルに入った。月明かりがあるにしても、流石に光のない屋内は暗かった。対ゾンビ用、また対プレイヤーとしてビル内にあるものを使い簡素なバリケードを作成。ひとまずは安心できる。たとえ仮初めにしても。


ナイフでポークビーンズの蓋を開け、口に流し込む。ケチャップの味がした。人生であまり旨いものを食べてなかったBBにさえ、これは下品な味だと判る。


オサムは何も食べようとはしなかった。床で横になり寝ようとする。眠れずに起きるのを繰り返した。


「何か食べたらどう。デスするよりはいいでしょ」


彼女に食欲がないのは知っている。しかし目の前でデスされると……。


されると、何が問題なのだろう。渋々「うん」と言ったオサムをよそに考え耽る。普通デスした程度で騒ぐもんじゃない。しかしながら今は普通じゃない。もしかしたら、デスしたら何らかのバグが起こるかもしれないのだ。


BBはオサムの食事終了を待つ。オサムも急かされていると感じたのか、大急ぎで食べた。


「どうしたの」


オサムは不安のパイ重ねで苦しくなる。


「もしデスしたらどうなるのかなって」


「リスポーンするだけじゃないの」


「普通なら。でも今はどうだろう。もしもの為に検証したい」


震えて、縮こまるオサム。彼が不安なら、彼女も不安になる。何か言おうとする。だけど何を言えばいいか。言葉を選べず、口をパクパクする。


「ゆっくりでいいよ。深呼吸して」


BBに言われた通り、息を吸い、吐いた。


「やめたほうがいいよ。……なんかヤバイし」


「そうだね。ヤバイ。でも、もしも異常があって」


「やめてよ」「大丈夫」「どうしてさ」


「デスしたら帰れるかもしれない。もちろん可能性の話だよ。でも、何かを得られるかも」


「死んだらどうするの」


「死にはしないよ。どうせ、リス地点に戻るだけ」


ここで論を尽くして説得させるのは何か違う気がした。


BBはナタを抜き、ステータス画面を開く。リスポーン地点をセーブし、立ち上がる。オサムがBBを見る。その目には、親から離される子ライオンが宿っていた。


「大丈夫。大丈夫。ちょっと行くだけだから」


幼い妹を宥めるような調子で言うと、発言される前に外へ。オサムの言う通り、物資的にも死ぬとしたら。彼女は責め苦で吐いて死ぬかもしれない。自分なんかの死でそう思われるのは嫌だった。それとも、ただ人が悲しむのを見たくないだけか。


充分離れた場所に来た。ナタの刃先を首に当てる。VR世界、人工現実。なのに胸がやかましい。所詮ゲームだ。でも、その所詮で人は死ぬのかな。


ほんのわずか迷った。それでも首を断った。




真っ暗闇からポリゴンが光を放ち、コンクリートの壁が見える。あの世を疑った。目の前に笑えばいいのか泣けばいいのか迷うオサムがいる。なので、まだポストアポカリプスにいることが理解できた。


「死んでないの」


オサムがようやく口を開いて言った。BBは笑みを浮かべた。


「いや、死んだよ。復活したけどね」


自分の姿を見返す。シャツとズボン、ナイフ。このゲームの初期装備だ。リスポーンしたなら、まずはロストしたアイテムを確保しなければ。BBは早速外に出ようとして、


「どこ行くの」


と呼び止められる。


「アイテムの回収」


「わたしも行く」


「お願いするよ」


アイテムは難なく集められた。改めてナタなどを装備し直し、オサムに改まる。


「考えたんだけどさ」


「なに?」


「このゲーム、サバイバルゲームでしょ。NPCとかもいないタイプの。だとすると、人が集まる場所って、今のところ無いんじゃないかな。水場ならワンチャンあるけど、このゲームは広いし、中々出会わない。だから、運営に進展があるまで、何とか生きていたほうがいいんじゃないかな」


「そうかもしれないけど、まずはあんたの言った通り水場とかに行って、他のプレイヤーを探そうよ。まだ可能性はあるでしょ」


「よしよし、じゃあそうしよう。水の補給にもなるし」


オサムは自分の意思が通りホッとした。BBはオサムをより落ち着かせる為に言葉を続ける。


「でもその前に、寝ようよ。もう二時だしさ」


「うん。でも二人同時に寝るのはいいの?」


「あ、そっか。じゃあ先に寝てよ。オレは見張っとく」


「いや……。ここは譲らせて。眠れそうにない」


「おーけー。見張りは任せたよ。ま、オレも眠れないかもだけど」


ビルの中へ戻り、BBは横になった。腕を枕に、オサムからは背を向けて。


彼は思索に耽った。でもそれは霧のようで、考えが一滴落ちるたび、すぐ蒸発した。だが暗く悩むことはない。このまま現実に帰れなくていい。それはそれでいい。そう思えるくらいには、彼にとって現実は嫌なものだった。だが。BBは自戒する。オサムにとっては違うだろう。オサムはログアウトできずに苦しい想いをしている。まだ数週間だが、それでも付き合いはある。せめて、彼女に安心をもたらさなくては。


BBは決意の内に、浅く眠った。




うつらうつらと目を開ける。太陽が目覚めの光を照らす。それを見て、しまった! ガバッと飛び起きる。見張りの交代ぐらいは引き受けなければならないのに。自己嫌悪もそこそこに、オサムを探す。探すまでもなく、となりで座りながら寝ていた。寝落ちしたのだろう。


起こそうとして、やめる。オサムは自分以上に参っていた。眠りぐらいは邪魔しないようにしよう。BBはそっと立ち、外の様子を伺う。


昨日と変化はない。それだけ確認すると、オサムのそばで起きるのを待った。いつものぶらっきぼうに近い態度とはどこへやら。可愛い寝顔だった。


しばらくして、オサムが起きた。フワフワとした表情で辺りを見渡して、BBと目が合った。


「おはよう」「……おはよう」


寝顔を見られた恥ずかしさを隠す為、彼女はニヒッと笑った。BBも微笑んだ。


「ごめん。寝ちゃった」


「オレも交代しなかったからおあいこ。いいよ気にしなくて。それより、前に言ってたオアシスに行こう。新しく探すより手間が省ける」


「解った。行こ」


二人は歩き出した。眠った為かオサムの目には大さじ一つ分の希望があった。足を進めることに躊躇いはなく、このポストアポカリプスという荒野を行く。


歩いて数時間。彼らは来た道を戻っていた。小鳥を撃った道を超え、戻りに戻ってオアシスに着いた。綺麗な水が湧いて、青い草が生えている。残念ながらヤシの木はない。アスファルトの道路からは離れていて、道を進むだけだと見つけられない。探索を大事にさせるゲーム性の現れが、そこにあった。


「いないね」


「うん、いない」


彼らの言った通り、人はいない。せめて前に倒した五人がいればいいのに。人に出会わなすぎて、ある考えが浮かぶ。もしかしたら、この世界に取り残されたのは自分達だけなのかも。オサムに不安という感情が帰ってくる。


「水を汲もう」


BBの言葉で我に帰り、水筒に水を入れ、ひとまず立ち去った。本当に人がいるのか。それだけが気がかりだ。


「オサム」「なに?」


「しばらくの間、旅をしよう。人に出会うまで、歩き続けるんだ。人に会いさえすれば、状況が判明する」


「ここで待つって手は?」


オサムは昨日と言っていることが違う自分を見つけた。だが彼女は不安で思考が定まっていない。どうしたいのか、まだ混乱している。


「待つのは辛いよ」


「そうだね。……待つのは辛い」


こうして、彼らはどこともなく歩み始めた。ただ人に会う為に。人に会ったからといって状況が好転するとは限らない。それは知っていた。二人共。でも、他にどうしろというのか。どうしようもない。なら、動いたほうがいい。


太陽と荒野は同じ色をしていた。鎖の色、手枷の色、しめ縄の色。

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