隠されていたモノ
ハイファンか異世界恋愛かで悩みましたが、軸で見て決めました。
Sランクパーティ『焔の輝き』。
ここ数年で実績を伸ばし、最高ランクに達したそのパーティは、今や知らない人がいない程だ。
【聖剣士】ナディルをリーダーに、【聖女】ミア、【魔導士】ユユ、【聖戦士】ガイダス。
いずれも指折りの実力者だ。その中で一人Cランクの【調理師】のクーロンが雑用係になるのは当たり前だった。
野営の設置、皆の食事、寝ずの当番。罠や魔物の察知に破壊、魔物の弱点探し。
それ以外にも面倒ごとは全てクーロンに回ってきた。
仕方ない事だ。幼馴染のミアがいるからこそ、このパーティに入れてもらっている。
いつ、追放されるか分からないが、その時までは役に立ちたい。そう思うクーロンは、与えられた雑用を懸命にこなしていく。
「クーロン。俺達の金を勝手に使いやがったてめぇはクビだ」
だからこそ、仮宿の部屋でナディルに告げられた言葉が信じられなかった。
「金……? 管理はしているけど、使ってないぞ…………?」
「しらばっくれる気か?」
「ふてぇ野郎だ」
「まぁまぁ、ちゃんと説明してあげたら? 彼のおつむが罪をきちんと理解できるようにね?」
ナディルとガイダスの態度に、ユユはにっこりと微笑んで落ち着かせる。ただ、言動が冷静なだけで、思いっきりクーロンを馬鹿にしている内容だ。
ナディルは気づいていないのか、それともどうでもいいのか、青い長髪をかき上げ、改めてクーロンを睨む。
「ここ最近、パーティの持ち金が減ってる。てめぇが盗んだに決まってやぁ」
「なっ!? そんな訳ないだろ!?」
「大方、分け前が少ないからってとこか? そもそも、雑用係に分け前あるだけ有難く思えってんだ」
「違う! そんなことしてない!」
クーロンは自分の潔白を必死で叫ぶ。ナディルはもう、完全に自分が金を盗んだと思い込んでいる。
ならば他の人だと、視線を動かす。
大柄な坊主頭の男――ガイダスと目が合う。ナディルと同じく、怒りに満ちた目を向けていた。
眼鏡をした黒髪を三つ編みにしている女性――ユユと目が合う。見下した冷笑を浮かべていた。
小柄で朱色の髪を小さく二つに縛る少女――ハンナはこの雰囲気に慌てており、視線を忙しなく動かしている。
最近入ったばかりの【義賊】だ。どうしたらいいか分からないのだろう。
そして最後。金の髪を波立たせ、一際整った造形をした女性――幼馴染のミアと目が合う。彼女ならきっと、自分の無実をわかってくれる。
そう信じるクーロンの瞳に移るのは、落胆の表情でこちらを見るミアの冷たい視線だった。
「クーロン……この期に及んで罪を認めないとは。貴方はなんて罪深い人なのでしょう」
「ミア……違う、信じてくれ……!」
「……素直に認めてくださるなら、せめて、神に祈ることはできましたのに」
すっと、顔を背けるミア。それを慰める様に、ナディルが肩に手を回す。それを見て、クーロンは悟った。
ここに、味方はいない。
罵倒、侮蔑。それらを受けながら、クーロンは何も言わずにその場から立ち去った。
『クーロンの料理を食べると、力が湧いてきます。これも、一つの才能ですね』
そう言ってミアが微笑みかけてくれたのは、もう何年前だろうか。
幼馴染で初恋の相手。【聖女】という貴重な職業についた彼女を支えたい一心で、彼女と共にパーティに入った。
【調理師】は初見の魔物でも可食部位と料理法が分かるという、冒険者パーティに居ても居なくてもいい存在だ。
だから、パーティメンバーには感謝していた。
例え、雑に扱われようとも、ミアがナディルと付き合ってわざと自分に見せつけようとも、ユユやガイダスの新技や新スキルの実験台になろうとも。
その結果が、冤罪の追放。心にぽっかりと穴が開いたように、空しい。
とぼとぼと街を歩く。僅かな手持ちで、この先どうするべきか。
悩んでいるクーロンの背後に、ドンという衝撃が走った。
「っ!?」
「見つけたっす、クーロン先輩!」
「ハンナ……? どうしてここに……?」
「そんなの、先輩を追ってきたからっすよ!」
にっこり笑い、背中から離れるハンナ。茫然とするクーロンにハンナはがばっと頭を下げた。
「すいません先輩! さっきは庇えなくって!」
「さっきはって……ハンナは、オレが無実だって、信じてくれるのか……?」
「はい! そんなことする人に見えませんもん!」
ハンナがしっかり言い切った言葉は、クーロンが一番求めていた物だ。その事実に、空しさが薄れていく。
代わりにジワリと沸き上がる喜びに、目から涙が零れてきた。
「ぎゃあー!? 先輩!? どっか痛いっすか!?」
「だい……じょう…………」
慌てふためくハンナを落ち着かせようとするも、声が全て嗚咽に変わる。
むせび泣く男とオロオロする少女。周囲の目線が集まるのはどうしようもない事だ。
場所が道の端だったのが幸いし、見られるだけで済むこと数分。
クーロンはようやく泣き止むことができた。赤くなった目をハンナが心配する。その心がとても嬉しい。
「ありがとう、ハンナ……。でもそろそろ、パーティに戻らないとまずいんじゃないかな?」
「平気っす。辞めるって書置き残したんで」
「え?」
「だからこのまま、先輩と一緒っす!」
言われてみれば、ハンナの荷物が多い。
最初からそのつもりで、Sランクパーティを捨ててまで自分を選んでくれたのか。また、涙腺が緩みそうになる。
「けど、本当にいいの?」
「問題ないっす! 正直、期待外れだったんすよ」
「……期待外れ?」
「そうっす。初めて見た時はB位? って思ったんすよ。でも、アタシは見逃さなかった! 先輩の料理を食べた連中がパワーアップ! きっと、先輩の料理は特別な物があるんす!」
「買いかぶりすぎだよ」
「いーえ! 絶対そうっす! なので、検証しましょう! 近くにアタシの師匠が住んでる町があるんで、そこに行きましょう! ね?」
ぎゅっと手を握って笑顔で提案するハンナ。温かい体温が伝わってくる。同時に、心の穴が埋まっていく感覚がする。
どうせ、行く当てなどないんだ。クーロンはハンナの提案に頷いた。
ハンナの勘は正しかった。ハンナの師匠にも料理を振る舞ったところ、何かあると検証が始まった。
そして分かったのが、クーロンの料理を食べるとステータスが強化されるのである。
【魔力が10%向上】といった軽い物から【全ステータス三倍】といった通常の支援魔法ではありえないものまで様々だ。
強化の内容は使った食材の質と料理工程が反映され、効果は驚きの丸一日。
その噂は瞬く間に広がり、多数のパーティから勧誘を受けた。だが、パーティ追放の過去からクーロンはその気になれず、全て断っていた。
噂はついに王宮まで届き、国王から直々に招かれ依頼をされた。その内容を聞き、クーロンはそれを聞き届けた。
国王の依頼、それはとある街で食堂を開くこと。
近くに無限迷宮というダンジョンがあり、初心者からベテランまで揃う冒険者の街だ。
食堂の建築費も国が持ってくれるという話に乗らない手はなかった。
そうして、クーロンの店『バフ盛り亭』ができて約一年。店の運営は順調すぎる程だった。
ダンジョンやクエストに臨む前に強化料理を食べ、帰って来てから酒と共に回復効果の料理を食べる。
簡単な弁当の受注販売、狩った魔物を使った特別料理なども当たり、店は笑い声の絶えない賑やかで安らぐ場所となっていた。
「スライムゼリー三人前できたよ、ハンナ」
「はいっす、クーロンさん!」
元気よく返事をし、ハンナはカウンターに置いた料理をお盆に載せて運ぶ。その左薬指には、クーロンと同じ指輪がはめられていた。
クーロンたちのやり取りに、カウンターに座る常連がニヤニヤと笑う。
「いやー。いつ見ても仲がいいなー」
「若いっていいもんだな、うん」
「からかわないでくださいよ」
「店主さんは謙虚だなー!」
ガハガハ笑う常連に、頬を赤らめ照れるクーロン。
追放された自分の味方で、気づかなかった才能を見つけてくれたハンナ。
その存在が大きくなるまでに時間はかからなかった。
完成した店の前でプロポーズした時、ハンナは泣きながら喜んで受け入れてくれた。
小柄な体を抱きしめながら、これが幸せなんだと心から実感したのを今でも覚えている。
「ハンナちゃ~ん、今度デートしなーい?」
「アタシはクーロンさんの奥さんなんで、お触りもテイクアウトも禁止っす! スマイルなら大金貨ゼロ枚っすよー!」
ハンナの明るいお断りに、店内がどっと沸く。それを見て、クーロンは胸の奥がジーンと温かくなった。
ハンナは自分を裏切らない。そう信じていても、過去のことで不安になることがある。
こうして目に見える形で信頼が見える事にほっと安心する。
断られた冒険者には申し訳ないが、仲間との会話を聞く限り、覚悟の玉砕だったようだ。後で割引券でも渡そう。
「クーロンさん! ちょっと裏に野良猫の気配するんで、追い払ってくるっす!」
「野良猫? 前にもあったけど、最近多いね」
「味占められたのかも! ちょっと遠くにお引き取り願うっすー!」
ぱたぱたと外に出て行くハンナ。その後ろ姿を見送り、クーロンは調理に戻った。
野良猫は、店の裏でうろうろしていた。客がいるのをわかっているのだろう。
静かになり、店が閉まった時間を狙う気だったようだ。
「お久しぶりっす、【聖女】ミア」
冷たい声色でハンナが声をかければ、ミアは身体を震わせてこちらに振り返る。そして、ハンナだと分かって硬直を解いた。
一年前とは違う、薄汚れた格好に疲労がありありと滲む顔。ミアは地面に跪くと、目の前のハンナに手を組んだ。
「お願いです! クーロンに、クーロンに会わせてください……!」
「ダメ」
「お願いします! お願い……!」
額を地面につけて土下座をするミア。だが、ハンナは表情一つ変えず、同じ声色で声をかける。
「今更、なんすよ。クーロンさんはやっっっっとアンタ達から受けた仕打ちを忘れて今を楽しんでる。過去の亡霊であるアンタに会わせるわけにはいかねぇっす」
「でも……!」
「どんな気持ちっすか? クーロンさんを追い出して、好き勝手に豪遊した気分は? クーロンさんの料理で上手くいってたクエストに連続で失敗した気分は? ランク下がって金なくなっても散財しまくって、借金まみれの今の感想は?」
矢継ぎ早に問いかければ、ミアが顔を上げて怯えた顔で見上げている。何を驚いているのだろうか。
店の利用客には口止めをし、クーロンには内緒で『焔の輝き』の話は仕入れている。
ナディルとミアは揃って博打、ガイダスは高級娼婦、ユユはアクセサリー。
各々が揃って沼にハマり、自由に金を使いたいと財布代わりだったクーロンを追い出した。
それが、あの冤罪のしょぼい裏側。
そして今、借金まみれでも全員止めず、パーティ名義で闇ギルドから金を借りる愚行まで犯している。このままでは借金で破産、全員奴隷行きだ。
それが分かっているのだろう。ミアが身体を震わせ、懇願する。
「ごめんなさい……クーロンに謝っても謝り切れません…………! 何でもします、助けてください………………!」
ミアの言葉は本音だろう。縋る目でハンナを見上げるミア。
それを見たハンナは、笑った。腹を抱え、大きな声で笑う。
心底楽しいとでもいうように。その様に怒りよりも恐怖を覚えるミア。
笑いが収まり、ミアを見下ろすハンナ。その目から光が消えている。
「元Sランクもここまで落ちぶれるんすねー! きっかけはアタシだけど」
「え……」
「ナディルを博打に誘ったのはアタシ。ガイダスに女の味を教えたのもアタシ。ユユに宝石店で着飾ることを教えたのもアタシ! クーロンさんの追放を唆したのも! アタシッ!」
思いもよらぬ告白。ミアは一瞬目を見開いた後、ハンナを睨みつけた。
「何故です!? 何故、そのような卑劣な真似をしたのですか!?」
「クーロンさんが好きだから」
空は青い。太陽は眩しい。当たり前のことのように、ハンナは言う。
そして、その顔を恍惚とさせて自分の身体を抱きしめる。
「優しいクーロンさん! 初めて会った時から好き! ずっと好き! なのにクーロンさんはアンタしか見てなくて! おまけにあのパーティでの扱いの酷さ! あり得ない! クーロンさんの強化なんて、初めて食べた時からアタシはわかったのに! アンタ達は何も知らずに食い散らかして! 絶対に許せなかった!」
「そんな理由で……!?」
「そんな理由? 自分がやりたいことをやる為に追放する奴に言われたくねぇっす。それに、アタシが誘ったのは最初の一回。そこから闇ギルドに金借りる程ハマったのは、アンタら自身にその資質があったってことっす」
「悪魔……!」
ミアの憎悪を込めた言葉に、ハンナはにっこりとほほ笑んだ。
「そうっすよ。だから、闇ギルドに教えておいたっす。もし、逃げたとしたらうちの店かもって」
「え」
すっと、ミアの背後に数人の男が立つ。それにミアが気づく前に、男がミアに樽を被せた。
暴れるミアを樽に詰め、蓋をして去っていく男達。
それを見届け、ハンナは一息ついた。これで、クーロンとの生活を脅かす奴らは二度とこないだろう。
「待っててください、クーロンさん!」
クーロンの事を想うだけで、笑みが零れる。満面の笑顔で、ハンナは店に戻った。
『焔の輝き』が全員行方知れずになったというニュースは一時期話題になったが、クーロンの耳には届かなかった。
やがて、そのニュースも新しい話に埋もれ、人々から忘れ去られていった。
ヤンデレが相手にバレないように敵を排除して自分と幸せな道を進ませる系が大好物です(真顔)
読んでいただきありがとうございます!
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