【発売3周年記念SS】年に一度の、どうしようもない祭
初夏の爽やかな風が木々の青い影を揺らすある日の朝。
私と夫のオリヴェル様と娘のオルガは、ロイヴァス侯爵領の領都にいる。
今日から一週間ほど、ロイヴァス侯爵領で祭があるため、領内にある各街を訪ねて領民たちに声をかけるのだ。
ちなみに、この祭はつい最近できたもの。
その名も――イェレナ祭。
私の誕生日を祝うためのもので、オリヴェル様が当主に就任してから開催されるようになった、私情でしかない祭だ。
祭の期間中、領民たちには無料の食べ物や飲み物が提供されるほか、最終日である私の誕生日は休日となる。
私があずかり知らないところで祭と休日の制定に向けて準備が進められており、知ったときにはすでに制定されていた。
すでに領民たちにも知らされていたため取り下げることができず、頭を抱えたものだ。
幸にも……と言っていいのだろうか、領民たちは新しい祭や休日ができて喜んでいる。
初めて祭が行われる年に領地へ行った際に、老若男女問わず領民たちから感謝の言葉をかけてもらった。
領主邸で働く使用人たちの話によると、ロイヴァス侯爵領は他領に比べて祭が少ないため、領民たちは新しい祭を歓迎しているそうだ。
領民たちが好意的に祝ってくれるのは嬉しいけれど、私情に巻き込んでしまった申し訳なさと、自分が祭の主役になってしまった気恥ずかしさがあり、素直に喜べない。
「どうしよう……今年も始まってしまいますわ。羞恥で逃げ出したくなる祭が……!」
今はちょうど、領主邸にある私の部屋でメイドたちに身支度をしてもらっているところ。
これからオリヴェル様やオルガと一緒に領都の中央広場へ行って、領民たちの前で話す予定だ。
「奥様、私ども含め領民たちはみな、奥様が権力を振りかざしたとは全く思っておりませんのでご安心ください。旦那様が暴走して祭と休日を制定したことを誰もが知っております」
領主邸で働くメイドが髪を結わえながら話しかけてくれた。
「待って、少しも安心できませんわ。どうしてみんな、領主の暴走を止めませんの?」
「見ていて楽し……ゴホン。奥様を大切にしている姿が微笑ましいからだと思います」
メイドはすぐに言い直したが、最初の「見ていて楽しい」が本音だろう。
見世物になっているのは不本意だが、領民たちにとって領主であるオリヴェル様を身近に感じる機会となっているのならいいのだろうか。
……いや、やはり恥ずかしいからどうにかしてほしい。
身支度を終えるや否や、オルガを抱き上げたオリヴェル様が部屋に入ってきた。
オリヴェル様は私を見るなり、目からダバーッと涙を零し始める。
「ああ、イェレナ! なんと美しいのだろう! いつも眩いほど美しいが、今日は一段と輝いている! このままここでずっと見つめていたい!」
「もうっ! 領民たちを待たせているのに、急に祭を中止するおつもりなんですの? 領主なのだから時間と約束を守り、領民たちに誠意を見せてくださいませ!」
そんな父親を見ても、オルガは冷静だ。ハンカチを取り出し、オリヴェル様の目元を拭ってあげている。
なんて優しい子に育ったのだろう。
「オルガ、オリヴェル様の面倒を見てくれてありがとう」
私はオルガの頭を撫でると、二人と一緒に屋敷を出て、中央広場へ向かうため馬車に乗った。
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少し移動すると、祭のために色とりどりの花や旗で飾りつけられた街並みが現れる。
領民たちが道の両端に立って迎えてくれたため、私たちは馬車の窓を開けて手を振った。
「奥様、お誕生日おめでとうございます!」
「今年も奥様を想って精一杯飾りつけしました! ぜひお楽しみください!」
「いつも私たちを気遣ってくれてありがとうございます!」
領民たちからの温かな言葉を、嬉しいけれどやはり気恥ずかしい想いで聞いていると、どこからか歌が聞こえてきた。
初めて聞く歌だ。平民たちの間で流行っているのだろうか?
やがて周りにいる領民たちも歌い始め――それが、私の名前が盛り込まれた歌であることに気づいた。
「なっ、なんですの! この歌は!」
「今年はイェレナを称える歌を作ったんだ。実に素晴らしい出来だ。念入りに監修した甲斐があった。領民たちはみな熱心に練習してくれて、いまでは誰もが暗唱できるようになったんだ」
日々の仕事で忙しい領民たちに、なんてことをさせているんだ。
領民たちは、もっと怒ってもいいと思う。
「歌詞はイェレナの魅力を余すことなく伝えるために全部で十番まで作った。どうか全て聞いてくれ」
「お、多すぎますわ」
「それほどでもない。これでも、かなり絞ったほうなんだ」
と、オリヴェル様は照れくさそうに話す。
もともとの歌詞が気になるが、延々と聞かされると恥ずかしいので、尋ねないことにした。
「オルガ、この祭は後世にも語り継ぐのだぞ。我々はイェレナの素晴らしさを歴史に刻まなければならない」
さすがに当主の座を譲ったタイミングで廃止して新しい祭を別に作るか、残すとしても別の名前と趣旨にしてほしい。
「わかっていますわ。お母様は女神ですもの。伝説として残していきますわ」
オルガが幼い頃から、オリヴェル様が口癖のように「オルガのお母様は女神なのだぞ」と言い聞かせたせいで、オルガはすっかりその考えに染まってしまった。
このままではいけないと思い、私はオルガに「お父様が言っていることは、ただの喩えよ」と言い聞かせたのだが、あまり効果がない。
成長して、いつかオリヴェル様の戯言なのだと思ってくれるといいのだけれど……。
そんなことを考えていると、馬車は中央広場に辿り着く。
オリヴェル様のエスコートで降りた私は、領民たちに感謝と労いの言葉をかけた。
ちょうど話し終えたとき、領民たちからどよめきが聞こえ始める。どうしたのだろう。
どよめきが大きいほうを見ると、そこにいた領民たちが左右に分かれて道を作り――その間から、花束を抱えたスヴァンテ殿下が現れた。
「ロイヴァス侯爵夫人、誕生日おめでとうございます。私の大切なオルガの母君の誕生日を祝いたくて、お忍びで来ました」
そう言い、スヴァンテ殿下ははにかんだ笑みを浮かべる。今日も天使のように愛らしい。
お忍びとはいえ王族が訪問してくれたことが嬉しいようで、領民たちが歓声を上げた。
一方で、オリヴェル様は地の底を震わせるような低いうめき声を上げる。
「領地だったら家族水入らずの時間をアイツに邪魔されないと思っていたのに!」
「オリヴェル様ったら、不敬ですよ。それに、領民たちはスヴァンテ殿下が来てくださって喜んでいるのだから、いいではないですか」
宥めたが、オリヴェル様は威嚇する番犬の如くスヴァンテ殿下を睨みつけている。
普段から仏頂面のオリヴェル様が顔を顰めると怖い顔になるのだが、スヴァンテ殿下にはまったく効果がないようで、笑みを浮かべたままだ。
傍から見ると、オリヴェル様がとても大人げない。
「先ぶれもなく来るのだから、こちらから出迎える義理はない! 無視するぞ!」
「いや、ありますよ。そのようなことをすれば不敬です。――それに、スヴァンテ殿下ばかり構って、私の誕生日を祝ってくださらないのですか?」
「――っ!」
ジトリと睨んでみると、オリヴェル様は溢れ出ていた覇気をしまいこみ、すぐに私を抱きしめてきた。
間近に迫るオリヴェル様の瞳は蕩けており、その瞳の奥でなにやら禍々しいものが蠢いているような気がしたのだけど、気のせいだろうか?
「拗ねているイェレナも美しい。ああ、独り占めしたい! 俺の時間もなにもかも、全てイェレナのものだ。あの悪魔は放っておいて、イェレナへの祝福に全てを捧ぐ!」
王子を悪魔呼ばわりするなんて不敬なのだけど……と言いたかったが、オリヴェル様が何度もキスしてくるせいで、指摘できなかった。
お久しぶりです。引き続き本作を応援いただき誠にありがとうございます……!
また遅刻してしまいましたが、商業版発売3周年記念SSをお届けします!
オリヴェル様という珍獣を描く、年に一度のこの機会が毎年楽しみです。
イェレナのための祭にはしゃぐオリヴェル様や、スヴァンテ殿下を見つけて威嚇するオリヴェル様をお楽しみいただけましたら嬉しいです(*ˊᗜˋ*)
暑い日が続きますのでお体ご自愛くださいませ!




