【発売2周年記念SS】類は友を呼ぶ
オルガが十一歳になる年のある日。
私はオリヴェル様とオルガの三人で、街に出かけることにした。
オルガに貴族の嗜みを学ばせるため、観劇した後に美術館へと向かい、その後は最近できたカフェで休憩する予定だ。
自室で身支度をしていると、扉を叩く音が聞こえた。代わりに出たメイドがオリヴェル様の迎えだと教えてくれたので、部屋に入ってもらう。
部屋に入ったオリヴェル様は、長い髪をいつも以上にきっちりと結わえ、白色のシャツに空色のジャケットとスラックスを合わせており、いつにも増してカッコいい。
素敵だと伝えようと口を開いたところで、ちょうどオリヴェル様が私の前で膝から崩れ落ちた。
「オリヴェル様、大丈夫ですか?!」
「どうしよう、重症だ。イェレナがあまりにも麗しくて、眩いから立っていられなくなってしまった! まさに、この世に舞い降りた女神! こんなにも素敵なイェレナを、誰にも見せたくない!」
そう言ったかと思うと、オリヴェル様は延々と私を称える言葉を述べ始めた。
周りにいるメイドたちが、微笑んで聞いている。
誰かが止めてくれたらいいのだけれど、使用人たちにとってこの屋敷の主であるオリヴェル様を止められない。
それ以前に、オリヴェル様のこのハイな状態を楽しんでいるように見えるのは、私だけだろうか。
「……いつもの発作のようで、安心しましたわ」
延々と続く賛辞の言葉に終わりが見えず、先に身支度を済ませたであろうオルガのことが気になった私は、少し屈んでオリヴェル様に片手を差し出す。
「はっ! 女神が手を差し伸べてくれている!」
オリヴェル様は冷たさのある美しい美貌を崩して笑みを浮かべると、両手で私の手を掬い上げて、自分の頬に触れさせた。
「もうっ、オリヴェル様が立ち上がるお手伝いをする為に手を差し出しましたのよ。そうしていると、いつまで経っても出かけられませんわ」
「こんなにも麗しいイェレナを誰にも見せたくないから、それでいい」
「そんなことを言っていると、今日の外出を楽しみにしているオルガが可哀想ですわ」
「うっ……」
オルガの名前を出すと、途端にオリヴェル様は名残惜しそうに私の手を見つめながらも頬から離した。
目に入れても痛くないと言って実践しようとし、家臣に止められたほど可愛い愛娘の望みは、自分の欲望を抑えて叶えてあげたいようだ。
そんなやり取りの後、オリヴェル様のエスコートで馬車の前まで行くと、先に支度を終えて淡い水色のドレスを着たオルガが、頬を膨らませて私たちを迎えてくれた。
「お父様がお母様を部屋まで迎えに行くと、いつも一時間は出てこないから困りますわ!」
「すまない、オルガ。イェレナがあまりにも美しいから、立っていられなくなったんだ」
「……お父様は本当に、重症ですわね」
オルガが少し引いた目でオリヴェル様を見ているが、オリヴェル様は褒められたと思ったのか、照れている。オルガの言葉のどこにも、オリヴェル様を褒める要素は無かったのだけれど。
話を変えようとした私は、オルガの身に着けているアクセサリーが初めて見るものであることに気づいた。銀色の魔法石に銀色の花の装飾があしらわれた美しいデザインだ。
「あら、オルガ。今日のアクセサリーは初めて見るけど、あなたによく似合っていて素敵ね」
「ありがとうございます。スヴァンテ殿下が贈ってくださったので、さっそく身に着けてみました」
「ふふふ、スヴァンテ殿下からだったのね」
私は微笑ましい気持ちになった。九歳になったスヴァンテ殿下は、どうやらオルガが初恋の相手のようで、彼女に想いを寄せる仕草を見せるようになったので、私もメイドたちも可愛いと思いながら見守っている。
最近のスヴァンテ殿下は背伸びしたいお年頃のようで、オルガに贈り物を贈ったり、オルガのデビュタントのパートナーになりたいと言うようになったのだ。
オルガはまだスヴァンテ殿下を弟のようにしか見ていないようだが、一人っ子のオルガにとっては可愛くて大切な弟分となっている。
「スヴァンテ殿下め、子どもの癖にオルガに自分の色のアクセサリーを贈って独占欲を示すとは生意気な……!」
私の隣でオリヴェル様が地を這うような低い声で恨みがましそうに呟く。
オリヴェル様の言葉を聞いて気づいたのだが、たしかにスヴァンテ殿下がオルガに送ったアクセサリーはどれもスヴァンテ殿下の髪や瞳の色が使われている。
「確かにスヴァンテ殿下の髪や瞳の色を連想する色ですわね。ですが、そこまで気にしなくてもよろしいのでは?」
物心がついた頃から貴族の作法をスヴァンテ殿下なら、自分の髪や瞳の色のアクセサリーを贈ることは独占欲を示すことだと知っているはずだ。それを受け取るオルガもまた、知らないはずがない。
だけど、スヴァンテ殿下は初恋のオルガに気持ちを伝えたくて贈っているのだし、オルガも可愛い弟分のいじらしい贈り物を大切にしたいのだろう。
(少し驚いたけど、まあ子どもがすることなのだから可愛いものだわ)
それなのに、オリヴェル様は全く納得してくれない。
「いいや、あの生意気な王子はオルガを自分のものだと周囲に示してオルガを婚約者にするために贈ったに違いない。独占欲を示すために贈り物をするなんて、とんでもない奴だ。――オルガ、今すぐ別のアクセサリーにしてきなさい。そのアクセサリーはスヴァンテ殿下に送り返そう」
「いやですわ。大切な親友であるスヴァンテ殿下からの贈り物を贈り返したら、スヴァンテ殿下が悲しみますわ。それに、貴族の礼儀として無礼ですもの。絶対に、このまま身に着けますわ」
オルガは金色の瞳でオリヴェル様を睨みつける。
「お父様だって、お母様に自分の色を纏わせておいて、スヴァンテ殿下にはダメというのはおかしいですわ。わたくし、メイドたちから聞いていますのよ。お母様のドレスやアクセサリーや靴は、全部お父様が贈ったものだって」
「うっ……」
目に入れても痛くない我が子に指摘されて、オリヴェル様は苦しそうに呻いた。
たしかに、オリヴェル様は私がオリヴェル様の瞳や髪の色のドレスかアクセサリーを身に着けていないと落ち込むので、私は服装のどこかにはその色を使うようにしている。
「スヴァンテ殿下は、わたくしがよその令息と話していると、その令息にわたくしを盗られてしまうのではないかと不安になってしまうそうですわ。だから、スヴァンテ殿下の贈ったアクセサリーを身に着けてほしいと言っていましたわ」
「あらまあ、オリヴェル様が言いそうな事を言うのね……」
私は思わず呟いてしまった。
類は友を――いや、同類の義理の息子候補を呼ぶのかもしれない。
そう思ったが、オリヴェル様が聞けば「義理の息子にはしない! オルガは誰とも結婚させるつもりはない!」と言い始めそうだったので、私はオリヴェル様とオルガの手を引いて、二人を馬車に乗せた。
ご無沙汰しています。本作を応援いただき、誠にありがとうございます。
遅ればせながら、商業版発売2周年記念SSです。本当は5月に投稿したかったのですが、会社の仕事に追われてなかなか書けず申し訳ございませんでした…。
オリヴェル様とスヴァンテ殿下の戦いを、来年もまた描いていきますので、お楽しみにお待ちいただけますと嬉しいです。
天候が変わりやすい時期になりましたので、お体にお気をつけてお過ごしください。




