【発売1周年記念SS】夫にライバル出現?!
ご無沙汰しております。
発売1年の記念SSをお届けです!
オルヴェル様の様子がおかしい。いつもおかしいのだけど、最近は輪をかけて挙動不審だ。
庭園の垣根に張り付くようにして隠れつつ、垣根の先の様子をチラチラと窺っている。その先にあるガゼボにいる人たちが気になるらしい。
「もうっ、オリヴェル様ったら何を見ていますの?」
「シッ……声を抑えてくれ。アイツに気取られてしまう」
アイツことオリヴェル様の視線の先にいるのは、十歳になった私たちの可愛い娘のオルガ、の隣にいる彼女の友人のスヴァンテ殿下――リクハルド陛下のご子息だ。
王族特有の銀色の髪と瞳を受け継いでおり、顔立ちは人形のように整っている。
今は愛くるしい見目だけど、大きくなったら陛下のような美人になりそうだ。
性格は明るく社交的で、スヴァンテ殿下に会った人は誰もが殿下を好きになる……と言いたいところだけど、オリヴェル様は例外だ。
スヴァンテ殿下の年齢はオルガより二歳年下の八歳。陛下から恐れ多くもオルガを友人にしてほしいとお願いされて二人を会わせたのは三年前のこと。
初めはオルガに人見知りを見せていたスヴァンテ殿下だが、今では毎週遊びに来てくれている。
それにスヴァンテ殿下が望んで、オルガにも王宮の教育を受けさせてもらうようになった。二人は同じ授業を受けているのだ。
オスヴァンテ殿下はオルガを実の姉のように慕ってくれており、会うたびに嬉しそうにオルガに抱きつく姿が本当に可愛らしくて頬が緩む。
しかしオリヴェル様はそうではないらしい。歯をギリリと軋ませてスヴァンテ殿下を睨みつけているのだ。
子どもが見たら泣くから止めてほしいと言っているのだけれど、全く止めてくれない。
おまけに、「あのクソガキは肝が据わっているからこれしきでは泣かない」と、超ド級の不敬発言をする始末。
そんな大人げないオリヴェル様を見ても、天使なスヴァンテ殿下はにこにこと微笑みかけてくれる。それどころか、オリヴェル様に挨拶を交わして世間話までしてくれるのだ。
自分を睨みつけている大人に歩み寄ろうとするとは、なんていい子で大人びているんだろう。将来はきっと聖君になること間違いなしだ。
王子殿下ばかりに足を運んでもらうのは悪いから、オルガを王宮に連れていくこともある。
と言うのは建前で、本当はオリヴェル様が仕事を休まないようにするため。オリヴェル様はスヴァンテ殿下がうちに来るとわかると、護衛の仕事を休もうとするのだ。
実はオルガをスヴァンテ殿下の婚約者にする話が何度か持ち上がっているけれど、その度にオリヴェル様が断固拒否している。
陛下は私とオリヴェル様に数年前の事件の負い目があるから強要こそしないが、代わりに小出しで提案してきている。よほどオルガを気に入っているみたい。
それもそのはずだ。十歳になったオルガはますます美人に育ち、持ち前の勤勉さで礼儀作法は家庭教師のお墨付きだし語学が堪能で女性初の外交官になれるのではと噂されているのだ。
親の贔屓目なしに見ても才色兼備の素晴らしい令嬢になっていると思う。
「くっ……番犬が仕事をしていない! オルガにあのクソガキがくっついているのに、暢気に昼寝しているじゃないか!」
番犬というのは、オリヴェル様が五年前のオルガの誕生日に贈ったフェンリルのことだ。
オルガからハーヴェと名付けられたフェンリルはすくすくと育ち、今は私の背丈よりも遥かに高く大きく育った。
子フェンリルだった頃から特別な訓練を受けたハーヴェは、今ではオルガの番犬としてあらゆる男性をオルガから遠ざけている。
遊びに来た令息たちや執事たちにも牙を剥くのでやりすぎなのではと思ったものの、二年前にオルガを誘拐しようとした男性をハーヴェが捕まえてくれたおかげで事なきを得たので、そのままにしている。
ハーヴェは今、オルガの足元に伏せて昼寝している。その前目の前では、スヴァンテ殿下が椅子を動かしてオルガの隣に座っているのだけれど。
男の人からオルガを守るよう訓練されているのに、スヴァンテ殿下のことは警戒していないようだ。スヴァンテ殿下は天使だから、警戒対象として見ていないのかもしれない。
「オルガ護衛部隊は何をしているんだ!」
オリヴェル様の視線は、レーヴェのさらに後ろ――メイドたちと護衛騎士たちへと移る。
彼女たちはオリヴェル様がオルガのために雇った精鋭部隊。
騎士たちはもちろん、メイドと侍女も戦闘能力に長けている。
オルガに男を近づけたくないというオリヴェル様の切実な願いを叶えるために召集され、厳しい試験を通過して特別な訓練を受けた実力者ばかりだ。
そんな最強の戦士たちは、オルガがスヴァンテ殿下と隣り合って楽しくお茶を飲んでいる様子を、温かな眼差しで見守っている。
「あのクソガキ、俺が編成したオルガ精鋭部隊を突破しやがった……! このままオルガと一緒にいられると思うなよ!」
と、オリヴェル様は三文小説に出てくる悪役のような台詞を吐くのだった。
子ども相手にこんなにもムキになるなんて、本当に大人げない。
この先どうなってしまうのだろうか。
娘の将来は、狂おしいほど娘大好きな父親のせいで前途多難だ。
このままでは、オルガの恋も邪魔されてしまいそう。
オリヴェル様がオルガの片想いの相手を血眼になって追い回している様を想像してしまい、私は思わず空を仰いだ。
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スヴァンテ殿下がうちに遊びに来た翌日、俺はいつも通り王宮に出仕した。陛下の執務室へ向かっていると、回廊の柱の陰にスヴァンテ殿下の姿を見つけた。
こちらに背を向けていたが、俺が声をかける前に振り返って俺を見た。
イェレナが「天使のようだ」と形容する、胡散臭い笑みを浮かべて。
「おはよう、ロイヴァス侯爵。昨日は招いてくれてありがとう。おかげでオルガと楽しい時間を過ごせたよ」
「……楽しんでいただけたようで、何よりです」
別に俺は招いていない。むしろ俺にとってスヴァンテ殿下は招かざる客だ。
本当はオルガと関わらせたくなかったが、イェレナがどうしてもというから会わせてやった。
そうして初めてオルガに出会った時、コイツはオルガに不遜な態度をとっていた。
心優しいオルガは、そんなスヴァンテ殿下に根気強く向き合った。庇護欲を掻き立てられたのか、スヴァンテ殿下を気にかけるようになったのだ。
その結果、スヴァンテ殿下はオルガに甘えるようになった。
スヴァンテ殿下がまだ手紙を書いたことがないと言えば、自分と手紙交換をするといいと言い、文通を始めた。
オルガ以外の人といると心が休まらないと言えば、定期的に会いに行くようになった。
おまけに、オルガと一緒に勉強したいと言い始めたせいでオルガも一緒に一部の後継者教育を受けている。
頭のいいオルガはスヴァンテ殿下に仕える教師たちからも評判がよく、彼らはオルガを次期王妃にと推している。絶対にそうさせるものか。
他家にはスヴァンテ殿下と同い年の令嬢がわんさかいるというのに、彼女たちが候補に挙がった試しがない。スヴァンテ殿下があからさまに興味を示さないからだ。
そのせいで社交界でも、オルガとスヴァンテ殿下の婚約が秒読みだと噂されている。そのうち噂を根絶やしにしてやる。
「オルガと仲良くしてくださってありがたいのですが、そろそろ交流の輪を広げてはどうでしょうか?」
「すでに必要最低限の関りはあるが……そうだな。オルガと一緒になら会ってみてもいいかもしれない。私たちの仲を周囲に知らしめるいい機会だろう」
「私たちの仲だと?! 殿下、言葉は慎重に選んでください! まるで恋仲とでも言っているように聞こえてしまいます!」
お前なんかをオルガの相手と認めるものか。いや、誰であってもオルガの相手と認めるつもりはない。
愛するオルガを他人に奪われるなんて、想像すらしたくないからな。
「オルガは殿下を弟のように可愛がっているのです。なのにそのような発言をされると、周囲が勘違いしていまします」
「むしろ好都合だ。私はオルガに異性として意識してもらいたいからね」
「――っ?!」
目の前の男は、オルガに甘える弟のような子どもの王子ではない。
大人顔負けなほど狡猾で腹に一物抱えている権力者だ。
俺は衝撃のあまり言葉を失った。
勘づいていたことだが、本人の口から聞くことになるとは思わなかった。
スヴァンテ殿下はやはり、オルガを狙っている。
害のない弟のような存在を装いながら、着実に外堀を埋めようとしているのだ。
「ロイヴァス侯爵は私がオルガと付き合うことをよく思っていないようだね。あんまりしつこいと、オルガと一緒に外国に留学してしまうよ?」
「王命で脅迫して娘を奪おうとするのなら、無理ですよ。俺には通用しません」
「そんなことわかっているよ。だからオルガの意思でそうさせてみせる。勉強熱心なオルガは、留学の話を出すと喜ぶだろう。そして自分の望みを頑なに叶えてくれない父親を、少なからず疎ましく思うだろうね?」
「くっ……卑怯なことを!」
スヴァンテ殿下はくつくつと笑った。
「娘に嫌われたくなかったら、私たちを温かく見守ってくださいね? 義父上?」
みんなは騙されている。
コイツはみんなが思っているような天使のような明るい光属性の王子ではない。むしろオルガへの想いを募らせ過ぎて澱んだ闇を抱えている。
俺は歯を食いしばり、踵を返してこの場を去るスヴァンテ殿下の背中を睨みつけた。
スヴァンテ殿下はこの後も順調にヤンデレに成長していく予定です。




