【電子書籍発売記念SS】夫の心配事、妻の心配事
ご無沙汰しております。
本日から電子書籍が配信スタートしますので、記念SSをお届けです!
私たちの娘のオルガはすくすくと育ち、ついに五歳の誕生日を迎えた。
誕生日を迎えた今日、私は朝一番に彼女の部屋を訪ねた。オリヴェル様はオルガの誕生パーティーの会場の仕上がりを確認するため、後から彼女を訪ねるそうだ。
「オルガ、おはよう」
オルガの部屋へ行くと、天使のように可愛らしい我が子が出迎えてくれた。
「お母様、おはようございます!」
「誕生日おめでとう。小さかったあなたがこんなにも元気に育ってくれて嬉しいわ」
私はオルガを抱き上げて頬擦りした。彼女の腕の中に、私がプレゼントで贈った人形がいることに気づく。
「プレゼントは気に入ってくれた?」
「はい! 素敵な人形をありがとうございます!」
そう言い、オルガはふにゃりと笑った。
「お母様あのね、人形にレーナって名前を付けました」
「まあ、素敵な名前ね。きっとレーナも喜んでいるわ」
私たちのやり取りを、オルガ付きのメイドと侍女と騎士たちが微笑みを浮かべて聞いている。
彼女たちは皆、オリヴェル様がオルガのために雇った精鋭部隊。
オルガに男を近づけたくないというオリヴェル様の切実な願いを叶えるために召集され、厳しい試験を通過して特別な訓練を受けた実力者ばかりだ。
騎士たちはもちろん、メイドと侍女も戦闘能力に長けている。
そんな最強の戦士たちだけど、オルガを前にすると揃って目尻を下げ、優しい表情になる。
年々美しさが増す我が子は、ロイヴァス侯爵家の人気者なのだ。
「オルガ様は今日も美しいですね」
「本当ね。まるで天使のようだわ」
私は彼女たちが囁くオルガへの賛美に同意して、首を大きく縦に振った。親の贔屓目なしに、オルガは日々美しく成長しているのだから。
ぱっちりとした目は長く綺麗にカールした睫毛に縁どられており、鼻筋は通っていて彫りが深い。陶器のような白い肌は、頬のあたりがほんのりとバラ色に染まっている。おまけに形の良い唇は薄紅色だ。どこをとっても整っている。
そして艶やかな金色の髪は腰のあたりまで伸びており、髪質はオリヴェル様に似て真っ直ぐでさらさらだ。
ロイヴァス侯爵家のメイドたちは毎朝、オルガと一緒に彼女の髪型を決めるのを楽しみにしているらしい。
どんな髪型にしても似合うから、色々な髪型を試したくなるそうだ。
「さあ、お父様に会いに行きましょう。きっとオルガにお祝いの言葉を言いたくて待ちきれないと思うわ」
なんせオリヴェル様はオルガを溺愛しており、お屋敷にいる間はオルガを抱っこして放そうとしない。
きっと今も、パーティーの準備をしながらそわそわしているだろう。
オルガを抱っこしたままパーティー会場へと向かおうとしたその時、オルガの部屋の扉が勢いよく開き、オリヴェル様が飛び込んできた。そのまま、私とオルガを抱きしめて交互に私たちの頬にキスをする。
「オルガ、誕生日おめでとう! ああ、今日もなんて可愛いのだろう。地上に舞い降りてきた天使のようだ。お父さんのもとに生まれてきてくれて本当にありがとう。そしてイェレナ、この尊い命を産んでくれてありがとう。愛している。イェレナの存在に感謝――」
「オリヴェル様、そこまでにしてください。オルガの誕生日が終わってしまいますわ」
いつもの如く長い愛の言葉が始まりそうだったから、私はオリヴェル様の言葉を遮った。オルガがオリヴェル様の気迫にビックリして、目を見開いたまま固まってしまったではないか。
赤子の頃はオリヴェル様の重い愛の言葉を聞いても無邪気に笑っていたオルガだが、成長して言葉を理解してきた今では若干引いている時もある。
「オリヴェル様、パーティーの準備はいかがですか?」
「完璧だ。オルガのために最高の会場に仕上げたから見てくれ」
自信満々のオリヴェル様に案内されて会場であるロイヴァス侯爵家の庭園へ行くと、薄紅色と白色と水色の薔薇で装飾された美しいパーティー会場の真ん中に、大きな箱が鎮座している。
「オルガ、誕生日プレゼントだよ。受け取ってくれ」
そう言い、オリヴェル様が箱にかけられているリボンを魔法で解くと、蓋が開いて中から銀色の毛並みが美しいフェンリルの子どもが出てきた。
「わあっ! 可愛い!」
オルガは金色の瞳を輝かせた。
以前から動物を飼いたがっていたオルガは、すっかりフェンリルの子どもに心を奪われてしまい、目が釘付けになっている。
「さあ、挨拶しておいで」
オリヴェル様に促されてオルガがフェンリルに近寄ると、フェンリルは尻尾を振ってオルガに頭を擦り付けた。
「とても人懐っこいのね。それに大人しいわ。オルガに甘えているけど、飛びつかないでいるもの」
「ああ、実は猛獣使いに頼んで、訓練させたんだ。だからオルガに忠実なフェンリルだよ」
するとなぜか、オリヴェル様の瞳が微かに翳った。
「オルガに近づく男を追い返すようにしつけている。これで俺がいない間もオルガに近寄る虫はいなくなるだろう」
「待ってください。オルガはこれから社交の環を広げていくんですよ? フェンリルが追い返してしまっては、オルガが友人を作れません」
「安心してくれ。あのフェンリルは男を追い返すだけだ。オルガに下心を抱き、尾行するような不届き者たちからオルガを守ってくれるんだよ」
その言葉に、かつてオリヴェル様の日記を読んだ時のことを思い出してしまった。
オリヴェル様は人を雇って尾行させ、私の動向を事細かに探って日記に記していた。
同族嫌悪だろうか、と思ったことは黙っておく。
「全ての男性がそうとは限らないでしょう?」
「用心するに越したことはない。あんなにも愛らしいオルガに惚れない男はいないだろうからな」
「このままでは、オルガは結婚できませんよ?」
「それでいい。オルガは誰にもやらない!」
オリヴェル様は力強く宣言すると、オルガをぎゅっと抱きしめた。どうやら、オルガが結婚する時のことを考えてしまい、寂しくなったようだ。
実際には、オルガに求婚する者が現れたらオリヴェル様が追い返してしまいそうなのだけど……。
やはりこのままでは、オルガは結婚どころか恋愛すらもできないような気がする。
オリヴェル様はこれからも徹底して、オルガに男の子たちを近寄らせないつもりだろうから。
オリヴェル様がオルガの未来の恋人の前に立ちはだかる姿を想像してしまい、思わず溜息をついた。
この愛が重い父親を超える強者が現れてくれますように――。
電子書籍版には結婚後によりパワーアップしたオリヴェル様を書いておりますので、お手に取っていただけますと嬉しいです!
よろしくお願いします!




