【電子書籍化記念SS】ひとりでお茶会へ
ご無沙汰しております。
このたび、本作がミーティアノベルス様より電子書籍として配信していただくこととなりました!
このようなご機会をいただけましたのは皆様が応援してくださったおかげです!
本当に本当にありがとうございます(*´˘`*)♡
――オリヴェル様と結婚してから、半年経った。
概ね順風満帆な新婚生活をしているが、不満がないわけではない私は、オリヴェル様とのティータイムの時間を利用して交渉することにした。
「オリヴェル様、そろそろ一人で外出させてください」
「イェレナが一人で……外出を……?」
「ええ、私一人で」
「俺はついて行けないのか?」
「私一人で外出するのですから、そうなりますわね」
私がそう答えるや否や、オリヴェル様は手に持っていたティーカップをするりと落としてしまった。
ガシャン、と音を立てて床の上に落ちたティーカップが壊れてしまう。
その拍子に紅茶が零れて、床の上に水たまりを作った。
「オリヴェル様、大丈夫ですか?!」
立ち上がってオリヴェル様の手を取ると握り返され、あっという間に抱きしめられてしまった。
(……いや、これは抱きしめると言うより拘束と言った方が適切ね)
オリヴェル様の膝の上に乗せられてしまった私は両腕の中に閉じ込められてしまい、身じろぎすらできない。
「なぜなんだ? 俺のことが嫌いになったのか?」
耳元に落ちてくる声には妙な緊張感が孕んでおり、背筋がひやりとする。
今のオリヴェル様はちょっとしたことで暴走してしまいそうだと、私の第六感が訴えかけてくるのだ。
「ご、誤解ですわ。私はただ、お茶会に参加したいだけですの。これまではオリヴェル様が屋敷の外に出ないでくれと言うから断っていましたけど、そろそろ侯爵夫人として社交を始めたいのですわ」
オリヴェル様は未だに、猫になっていた頃の私が誘拐されてしまったことで自責の念に苛まれている。
そんな彼を苦しませない為にも、私は一人での外出を自粛していた。
「イェレナがそのようなことをしなくてもいいのに」
「そうもいきませんわ。ロイヴァス侯爵領の領民たちの税で暮らしている以上、私の責務を果たしたいのです。それに、何もしないでダラダラとする生活は性に合いませんから」
結婚するまではお父様の仕事を手伝っていたけれど、今はその仕事もないから退屈で。
もちろん、侯爵夫人として帳簿の管理をしているけれど、それだけではなく社交もこなしたい。
そうして社交で得た情報が武器となり、ロイヴァス侯爵家に利益をもたらす可能性だってあるのだから。
「しかし……イェレナひとりで外出してもしものことがあれば、俺は正気を保てない。イェレナがいなくなってしまった世界を滅ぼしてしまいそうだ」
「軽率に世界を敵にまわそうとしないでくださいませ」
オリヴェル様の言葉を聞いて一瞬だけ、崩壊した世界に佇む、魔王のようなオリヴェル様を想像してしまった。
「心配してくださるのは嬉しいのですが、私はオリヴェル様が思っているほどやわではありませんわ」
「そうは言っても……」
「手始めに信頼できる家門から招待されたお茶会だけ参加しますわ。それなら問題ないでしょう?」
「ふむ……わかった。それなら、ロイヴァス家の騎士団から選りすぐりの人材で構成した特別部隊を編成して伴にしよう」
「はい?! 一人だけではないのですか?!」
貴族の外出に護衛の騎士を連れて行くのはなんら不自然ではない。
問題なのは、オリヴェル様が提示した人数だ。
「私兵で編成された部隊を引き連れろなんて、私が戦場に行くと思っているのですか?」
「お茶会とは、令嬢や貴婦人の戦場だろう?」
「それはものの喩えですわ。物理的に戦場にしないでくださいませ」
たしかにオリヴェル様が言う通り、お茶会とは令嬢・貴婦人の戦場。
勢力図を把握し、情報を武器に会話してお互いを牽制し合う。
とはいえ、物理的に戦場にしてしまってはガランサス王国で内戦が勃発してしまうから止めてほしい。
「私兵を引き連れてお茶会に行く貴婦人なんて聞いたことがりませんわ。宣戦布告していると思われてもおかしくなくてよ。だから護衛は一人で十分です」
「最愛の妻を守るのに一人だけでは足りない!」
「ロイヴァス家の騎士団は優秀ですから彼らを信じてください。心配なら団長を私の護衛にするといいでしょう?」
「団長……あのおじさんを?」
「おじさんとはいえロイヴァス家の私兵の中で一番強い方ですもの」
「……ダメだ。護衛とはいえ、イェレナの隣に俺以外の男がいると気が狂いそうになる。今、団長を殺そうか真剣に悩んでしまった」
「何十年も仕えてくれている忠実な家臣に対してなんてことを。暴君もいいところですよ」
可哀想な団長はきっと今頃、鍛錬場でオリヴェル様の殺気を感じ取って震えているに違いない。
私の夫は本当に、融通が利かなくて困る。
「では、女性の騎士を連れて行きますわ」
「しかし――」
「反対すると、もうオリヴェル様に髪を触れさせてあげませんからね?」
「うっ……」
私の髪の手入れはオリヴェル様の毎晩の楽しみだから、それを取り上げられることは耐えがたいようで。
オリヴェル様は渋々と、護衛を一人つける条件でお茶会への参加を認めてくれた。
こうして私は、お茶会に参加する権利をもぎ取ったのだった。
もぎ取るまでは良かったのだけれど――。
(どうしてこうなったのかしら……?)
私は今、招待されたお茶会の会場で、周りの貴婦人たちから生温かい眼差しを送られて頭を抱えている。
そんな私の後ろに控えているのは、護衛騎士――ロイヴァス家の私兵の制服を着ているオリヴェル様だ。
用意された馬車の前にこの姿のオリヴェル様が立っているのを見た時は、驚きのあまりひっくり返ってしまいそうになった。
オリヴェル様が言うには、一番信用できる護衛を考えた結果、自分しかいなかったそうだ。
「皆様、私の護衛のことはお気になさらず」
普段のオリヴェル様はリクハルド殿下の護衛をしているから、護衛としてのお作法はわかっているはずだ。
きっと静かに見守ってくれているはず。そうだと信じている。
――しかし、私のその考えは甘かった。
「ロイヴァス侯爵夫人は本当に美しいですわね。美の秘訣を教えてくださらない?」
と、一人の貴婦人が話しかけてくれると、私が答えるよりも先にオリヴェル様が答えてしまう。
「ええ、そうだとも。イェレナの美しさは女神も嫉妬するほどだ。生まれ持った美しさに磨きをかけるよう、日々自分の健康と美容管理を徹底して、食事の栄養価が偏らないように料理人と相談している。おまけに体調に応じてメイドたちに手入れの指示を出して美しさに磨きをかけているし、自ら栄養や美容について学んで実践している。体型管理にも厳しく、日々運動をしていて己に厳しく鍛えているんだ。その姿が尊くて毎日陰ながら見守っているよ。運動しているイェレナの動きは洗練されていて美しく、画家に描かせて残したいほどだ。指先、髪の一房の流れる動きまで美しく、瞬きするのを忘れて見入ってしまう。それに――」
「オリヴェル様! 護衛なら会話に参加せず静かに控えていてくださいませ!」
「なぜだ! イェレナの魅力を存分に語らせてくれ!」
私の記念すべきロイヴァス侯爵夫人として参加した初めてのお茶会は、オリヴェル様による私への賛辞の言葉を披露する会となってしまった。
この黒歴史はあっという間に社交界に広まり、後に、オリヴェル様の妻自慢を聞くために国王陛下からお茶会の招待を受ける羽目になる。
私の夫は、相変わらずどうかしている。
発売日や書影などの詳細は続報にてお知らせいたしますのでお待ちくださいませ。
これからも婚猫をよろしくお願いいたします…!




