番外編:今日も今日とて夫がどうかしている
ご無沙汰しております。年の瀬に本作を読んでくださりありがとうございます。
以前マシュマロにて、「彼ら(オリヴェル様たち)に子どもが産まれたら、どうなるのか見たい気もします」と書いていただきましたのでぜひに書いてみたいと思い書かせていただきました!
「――ああ、天使だ。いや、女神なのかもしれない。それとも私の心を狂わせる妖精だろうか?」
オリヴェル様はボロボロと涙を零し、彼の腕の中に居る私たちの子どもを抱きしめる。
金色の髪に金色の瞳の、私の色彩を受け継いでくれた可愛い我が子。すやすやと眠る姿を見ていると癒されて、笑ってくれると幸せな気持ちにさせてくれる。
世界で一番この子の事を愛している、と言いたいところなのだけど、私以上に溺愛しているのがオリヴェル様だ。娘と接するオリヴェル様を見ていると彼の愛情には到底敵わないと思わざるを得ない。
「早く君の名前を呼びたいのに……くっ、未だに名前を決められない俺を叱ってくれ」
「オリヴェル様、赤子はまだ話せませんわ」
この子が生まれて早三週間ほど経ったのだが、一向に名前が決まらないようで、息抜きと称して抱き上げては涙ぐんでいる。
「この天使に似合う最上の名前を贈りたいが――私が知る限り、この世で最上の名前と言えばイェレナしか浮かんでこない……」
……こんな具合に、訳の分からない事を言って嘆いているのだ。娘にまで私の名前を付けるのは止めてほしい。
「相変わらず重症ですわね。他の名前が思い浮かぶよう努力してくださいませ」
「できうる限りの努力をしているのだが……どうしてもイェレナの名前ばかりが頭の中を占めるんだ」
どうしてそうなる、と言いたくなるところだが――そのようなことを口にすれば、いつものように小一時間は私の魅力について語り始めるとわかっているので黙っておく。
「それなら、私も一緒に決めますわ。悩んだときは他の人の意見を聞いてみたら解決の糸口になりますでしょう?」
「イェレナと一緒に……なんて幸せな時間なんだ」
先ほどまではこの世の全ての業を背負っているような面持ちをしていたオリヴェル様が、一転して楽園に踏み入れた巡礼者のような喜びを見せる。
何気ない提案だったけれど、こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。少しこそばゆくなるのと同時に、胸の中に温かいものが広がっていく。
私にも決定権を譲ってくれるのがオリヴェル様の好きなところの一つでもある。
魔法で猫にされたのは実に不本意な事件だったけど、おかげで私とオリヴェル様はお互いの気持ちを伝えるようになった。
オリヴェル様の直接的な気持ちには未だに困惑させられるけど、心の底から愛してくれているのが伝えてくれるのは嬉しくもある。
男性の中には私が意見を口にするだけで顔を顰める人だっているけれど、オリヴェル様は私の意見を聞いてくれる人であるのがわかって更にオリヴェル様の事を愛おしく思うようになった。
オリヴェル様はさっそく私と一緒に名前を決めるべく、例の――姿絵が所狭しと並ぶ部屋に連れて行ってくれた。
相変わらず異様な雰囲気の部屋の中に足を踏み入れると、早くも部屋から出たくなる。先ほどまでの穏やかな気持ちを返してくれ。
「さ、さあ。オリヴェル様が考えた名前を教えてくださいな」
「ああ、書いた紙を見てくれ」
オリヴェル様は部屋の奥にある棚から天鵞絨張りの美しい装飾が凝らされた箱を持ってきた。
蓋を開けると、中には候補の名前が描かれた紙切れがいくつも入っている。
「え~っと。ユリア、イェンナ、イェレナ……」
紙を取り出しつつ名前を確認してみると、なぜか私の名前まで書かれている。
ひとまず突っ込まないで他の名前も見てみることにした。
「ヴィリヤ、ユスティーナ――イェレナ……」
またもや私の名前が入っている。一枚目ならいざ知らず、二枚目となると胸騒ぎが起こる。
「オルガ、アンティア――イェレナ……あの、オリヴェル様、なぜか私の名前が入っているのですが?」
「ああ、ついイェレナの名前を書いてしまうのだよ」
つい、と言うには多すぎるだろう。三つに一つは「イェレナ」が混ざっているこの状況に狂気を感じる。
……オリヴェル様は本当に、どうかしていると思う。
「イェレナは除外しますからね」
私は「イェレナ」と書かれた紙を取り除いて候補の名前を睨んだ。
残りの名前はどれも素敵で、迷ってしまう。
隣に居るオリヴェル様が「真剣に考えているイェレナの横顔が尊い」だなんて零しては熱い視線を送ってくるのを無視した。
「――オルガ、はどうでしょう? オリヴェル様の名の一部を受け継いだ素敵な名前だと思いますわ」
「私の名を……いいのか?」
「ええ。その方が強く美しい子に育つと思いますから」
「……っ。イェレナ……!」
オリヴェル様ははらりと涙を零した。自分の名前の一部が子どもに受け継がれるのが嬉しいのか、何度も口にしている。
オリヴェル様が呼んだからなのか、はたまた偶然か、我が子が応えるようにあうあうと声を発した。
感極まったオリヴェル様は何も言わずに私ごと我が子――オルガを抱きしめた。
名前を決めた私たちは義家族や使用人たちを集めて名前を発表した。各々の顔には「ようやく決まったか」と安堵の表情が窺える。
和やかな雰囲気になりみんなに見守られるなか、オリヴェル様はオルガを抱きあげて彼女のふっくらとした頬にキスをした。
慈愛に満ちた眼差しで見つめており、普段は仏頂面のオリヴェル様もこのような表情をするのか、と驚かされる。
「オルガ、君はイェレナに似て美しく気品に溢れ周囲を魅了してやまない女性になるだろう。そんな君に下心を持った狼たちが群がるだろうから――俺が全力で君を守る」
……なぜだろうか、娘を想う父の気持ちを伝えているはずのオリヴェル様の瞳が翳ったような気がして、寒気を覚えた。
「オルガの周りは全て女性の使用人・騎士で固めよう。お茶会も舞踏会も護衛騎士を置いて男との接点を全て潰す。それでもオルガにつきまとう輩が出てきたら――亡き者にしよう」
「堂々と犯罪宣言をするな!」
早くも盲目的に娘を愛で始めたオリヴェル様に、私と義家族と使用人たちは、とある不安を抱く。
この子は生涯、オリヴェル様に邪魔されて結婚できないのではないだろうか、と。
「あのね、お父様は重症ですの。愛が重いから覚悟しなさい」
私はオリヴェル様からオルガを取り上げ、何も知らずにすやすやと眠っている我が子にそっと囁いた。
久しぶりに読み返すとオリヴェル様が想像していたよりも数倍大変なド変態ヒーローだったので、ちょっぴり恥ずかしくなり読みながらベッドの上で転げまわっていました。こんなオリヴェル様にお付き合いいただき、本当に本当にありがとうございました……!
どうぞよいお年をお迎えください。
来年も皆様が沢山の物語と出会えますように!




