番外編:今日からまた、あなたに囚われます
お待たせしました!
後編です!
オリヴェル様の唇が離れた頃には一人で立てなくなってしまっていた。
「すまない。イェレナが俺のために誓ってくれるのが嬉しくて我慢できなかった」
「オリヴェル様はそろそろ加減を覚えてくださいませ」
口では謝っているが満面の微笑みを浮かべているオリヴェル様を見ていると腹が立つ。大勢の前であんなにも長ったらしいキスをされて、おまけによろけたところを見られてしまったのが恥ずかしい。
「加減なんてできない。イェレナへの気持ちはもう抑えるつもりはないからな」
溜息をついてみるけどそれにさえもオリヴェル様は反省するどころか喜んでしまい、どうしようもない。
この上機嫌な夫は私を抱き上げると、猫のようにスリスリと顔を擦り合わせる。
「さあ、俺の胸に頭を預けてくれ。こんなにも可愛い顔を誰にも見せたくない」
こんな顔を見せたくなかったのなら、あんなキスをしないでもらいたい。
そんな抗議を込めて睨みつけてみたけどオリヴェル様には逆効果で、「イェレナはどんな表情も素晴らしい」と言ってまた唇を啄み始める。
「ようやく、手に入れられた」
幸せを噛みしめるように囁くオリヴェル様を見ているとこれ以上は怒る気にもなれず、つくづくオリヴェル様には敵わないと思い知らされる。
「ようやくもなにも、以前からオリヴェル様の物だったではありませんか」
「ああ、そうだな。でも、まだまだ足りないんだ。もっとイェレナが欲しい」
”もっと”と言われたところで、私は一人しかいないんですけど?
そう言いかけたところで、一瞬、艶めいた解釈が脳裏を過って頬が熱くなる。もしかしてオリヴェル様は今夜のことを話しているんじゃないかと考えてしまい、これ以上はオリヴェル様の顔を見られなかった。そんな動揺した顔を観客たちに見せるのも憚られて、私はオリヴェル様のご希望通り、オリヴェル様の胸に顔を埋めて隠す。
「そんなにも愛らしい姿を見せられるとめちゃくちゃにしたくなりそうだ」
「オリヴェル様、時と場所を選んでくださいませ!」
諫めたところでオリヴェル様に効果はなく、オリヴェル様の鼻歌を聞きながら式場を後にした。
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教会での式が終わった夜、ロイヴァス侯爵家でパーティーが始まった。
今日のためにとオリヴェル様が半年もの間デザインを作らせたドレスに着替えて会場に入れば、温かな拍手で迎えられる。が、オリヴェル様の瞳の色を彷彿とさせる、空色のドレスや大きな空色の宝石がついた耳飾りと首飾りをつけている私の姿を見て、一瞬だけ言葉を失ってしまったのがわかった。
頭の先からつま先までオリヴェル様の瞳の色を纏う私の姿はさぞかし印象に残ったことだろう。
「ロイヴァス侯爵の独占欲が視覚的に訴えてくる……」
そんな呟きがあちこちから聞こえてきて、心の中で静かに頷いた。
これまで自主的にドレスの色をオリヴェル様の瞳に合わせていたけど、全身を固めたことはなかった。
ちなみに着替える時に「旦那様からの指示で……」と言って空色の下着を出された時は正気を疑った。
疑ったところで、オリヴェル様がとっくの昔に正気を捨てているのはわかっているんだけど。
わかっているけど、そこまで揃えてきたことにもはや狂気を感じた。
しかも会場には私が生まれてから今に至るまでの姿絵が並べられており、絵には騎士が二人ずつつけられて警護している。
そこまで大切なら出さなくてもいいのにと思うのは私だけではないはず。
そんな姿絵たちが視界に入らないように視線をずらしてみるけど、絶妙に視界に入ってくるレイアウトで配置されているから嫌でも自分の姿絵と目が合ってしまう。
やるせない気持ちのままオリヴェル様の隣に立っていると、殿下が現れた。
「イェレナ嬢――いや、ロイヴァス侯爵夫人、結婚おめでとう」
「ありがとうございます。殿下の御心遣いに感謝いたします」
すると殿下は私の手を取って甲に唇を落す。
「何度でも言わせてくれ。身勝手な理由でそなたに魔法をかけた罪は一生かけて償う。そなたとオリヴェルの危機があればすぐに私を頼って欲しい」
「殿下……」
人間に戻ってから、何度か殿下から謝罪の言葉を聞いた。国王陛下も一緒に現れて「そなたから罰を与えてやってくれ」と言われたものだから正直困惑してしまった。
確かに殿下のせいで命を落としかけたけど、今はこうして生きているし、なにより、他人の運命を左右するような大きな選択に震えそうになった。
だから私は、罰する代わりに借りにして欲しいと頼んで強力な切り札を得ることにした。
オリヴェル様は私の選択を「イェレナらしい」と言ってくれたけど、こうして私が殿下と話すたびに、かつて猫の姿だった私が殿下について行ってしまった時のことを思い出してしまうようで、不安げにピッタリとくっついてくるようになる。
一見すると可愛らしいんだけど、この後が大変なのだ。
「そなたの幸せを願っているぞ。今日のような良い日が、これからもそなたを迎えますようにと」
そう言い残して殿下が立ち去ると、オリヴェル様は嚙みつくようにキスをしてきた。
「イェレナはもう、どこにも行かせない」
宝石のように美しい空色の瞳は私を取り込んでしまいそうなほど力強い執着を滲ませていて。
「さすがに一歩も出られないとオリヴェル様を嫌いになりそうですわ」
「嫌われてでもいい。誰にも奪われない場所に閉じ込めておかないと気が狂いそうだ」
それに溺れてしまいそうになるのに耐えて言い返せど、胸の奥には重苦しい甘さが広がっていく。
私はすっかり、オリヴェル様の毒に蝕まれてしまったらしい。
「それよりも私と一緒に出掛けることにして二人で仲睦まじく過ごす方がお互いに幸せではありませんか?」
そう言ってキスを返してみると、オリヴェル様は落ち着いてくれた。
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やがてパーティーを終えて招待客たちを一人残らず見送ると、私は再び湯あみをさせてもらい、別邸にある主寝室に通される。
オリヴェル様が私との時間を誰にも邪魔されないように作った居城で私を閉じ込めるための檻、その最深部に、再び戻って来てしまった。
「ついに、その時なのね」
覚悟はしていた。
なんせ、この別邸に閉じ込められていた一年間、「貪り喰らい尽くしたい衝動に駆られるが、結婚するまでの辛抱だ……」と自分に言い聞かせて苦悶するオリヴェル様を見続けてきたんだもの。
いつかはこうなることくらい、わかっていた。
「イェレナ」
扉を開けた先で待っていてくれたオリヴェル様は心なしか、いつもと違って見える。そんなオリヴェル様を見て心臓が早鐘を打つのを聞きながら返事をすると、長椅子までエスコートしてもらって、座ると横を向くように言われた。
オリヴェル様の意図するものがわからず戸惑っていたが、オリヴェル様が私の髪を一房とって櫛がけ始めたから、自然と笑みが零れる。結婚したら毎晩、私の髪を梳きたいと話してくれたのを思い出したのだ。
「また一つ夢が叶った」
「ええ、そうですわね」
優しい手つきで髪に触れてくれるのが気持ちよくてオリヴェル様に身を預けると、「これでは髪を梳けないではないか」と嬉しそうな声で咎めてくる。
やがて諦めてしまったオリヴェル様に後ろから抱きしめられると、視界に入ったオリヴェル様の手の甲に痛々しい引っ掻き傷があるのが見えた。
「この傷、まだ治りませんのね」
猫の姿の時に私が引っ掻いてしまってできた傷は、一年経った今でもなかなか消えてくれない。申し訳ない気持ちで触れていると、オリヴェル様は優しく手を握ってくれた。
「そうだな。治って欲しくないと思っていてな、イェレナがつけてくれた傷だと思うと治すのが惜しくて、治癒を遅らせる呪いをかけているんだ」
「え?」
予想外の事実を知って素っ頓狂な声が出てしまう。
この人、本当に正気か?
自分に呪いをかけてるなんて、考えるだけでもぞっとする。それなのに、「イェレナがつけてくれた傷を失うわけにはいかない」といって愛おし気に傷口にキスをする。
狂っている。
この人は本当に、私に狂っている。
震える私を寒さのせいでそうなっているのだと勘違いしたオリヴェル様は抱きしめる力を強めて唇を塞ぐ。
「イェレナ、愛している。貪り喰らい尽くしてしまいそうなほど、愛おしくてやまないんだ」
と、まあ不穏な言葉を口にしたオリヴェル様は私をそっと抱き上げるとそのまま寝台に運んだわけでして。
「このまま囚われてくれ」
その言葉を合図に、夜が明けて陽が高く昇るまでオリヴェル様に召し上がられてしまい、翌日は丸一日寝込む羽目になってしまう。
恨み言を聞かせたい気持ちになったけど、目覚めた時に心底愛おしい気持ちを滲ませた空色の瞳で見つめられたら、言葉はどこかに消えてしまった。
どうやら私はすっかり、オリヴェル様に心まで囚われてしまったようだ。
結
これまで本作を読んで頂きありがとうございました!
このお話をもっていったん区切りとします。
(リクエストを頂くともしかしたらまた番外編を更新するかもしれません)
この作品は、「とにかくヒロインが好きすぎて狂ってるヒーローを書こう」と何気ない気持ちで書いた作品ですが、たくさんの方に読んで頂き、また素敵な感想やレビューを頂けて感動と感謝の連続でした。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




