33 とてつもなく重い愛
この別邸には私とオリヴェル様しかいないらしい。
静まり返った廊下を歩いていると、私たちの足音とオリヴェル様の声しか聞こえてこない。そのどちらも心地よく耳に届く。
目的の部屋に向かう道すがら、オリヴェル様は私が王宮にいたときのことを教えてくれた。
殿下から猫の姿をしていた私の正体を聞かされてから、オリヴェル様は混乱していたそうだ。本当にあの猫が私なのか、半信半疑だったという。そんな中、屋敷に戻るとヒルダ様が門の前で待っていて、私に魔法をかけて猫にしてしまった事や、なんらかの魔法に阻まれて元に戻せなかったことを告げられたらしい。
そこでオリヴェル様は決心して、塔の外壁を登って私を迎えに来てくれたそうだ。私が塔の中にいるのは知っていたけど、中に入らないように殿下に命令されていたから強硬手段をとったらしい。
来てくれたのは嬉しいけど、もしも登っている最中に足を滑らせていたら、と想像するだけでぞっとする。
オリヴェル様はもう一つ、衝撃的なことを教えてくれた。
「ハーポヤ嬢はじきにこの国を去るらしい」
「ど、どうして?」
「イェレナに危害を加えた罪を償うそうだ。身分も捨てて平民になると便りに書いて送ってきた」
「べつにかすり傷一つついたわけでもないのに」
魔法をかけられた時は許すものかと思っていたけど、魔法の解き方を探したりオリヴェル様に打ち明けてくれたのだ。それだけしてくれたらもう十分なんだけどな。
「結果として危険に晒してしまったから後悔しているんだ。それに、あらゆるしがらみがなくなるから、むしろこれからの生活が楽しみだと手紙に書いていたよ」
ヒルダ様が教えてくれたヒルダ様の秘密を思い出すと、何とも言えない気持ちになる。
いろいろあって苦手な人だと思っていたけど、ヒルダ様との関係を気まずいままにしておきたくない。
「出立前に会いに行こうかしら」
「そんなことはさせない。イェレナはどこにも行かせないからな」
「え?」
不穏な言葉が聞こえてきて胸騒ぎがする。どこにも行かせないって、どういうこと?
ヒルダ様には会わせない、というだけではないように聞こえるんだけど。
「イェレナ、もう目を開けていいよ」
目を開けると、広い部屋の中にいた。大きな寝台に、二人掛けの長椅子に、趣の良い調度品が並んでいる。その一点一点はとても素敵なんだけど、それらよりも遥かに存在感を主張するあるものが、視界を占拠する。
「えっ? 檻?」
足元から天井まで、縦じまのように並ぶ鉄の柵は紛れもなく檻のそれだ。それらは天井に向かって口をすぼめていて、鳥かごのような造りになっている。
私、今、檻の中にいる……?
柵を触ってみるとひんやりと冷たく、多少のことでは傷一つつけられそうにないくらい頑丈で。
「あの、オリヴェル様。ここは何ですか?」
「イェレナと俺の寝室になる場所だ」
「それは察しましたけど、この檻はなんなのです? グリフォンでも飼うつもりですか?」
「いいや、違う」
そう言って、オリヴェル様はうっとりとした表情で檻を撫でた。
「これはイェレナのために用意したんだ」
「……はい?」
「綺麗だろう? 特別に装飾も施してもらった」
思わないわよ。それどころか、正気の人間なら誰だって引くわよ。こんな大きな鳥かごのような檻なんて見たら、猫でも犬でもドン引きするはずだわ。
もしやと思ってもう一度部屋の中を観察すると、窓には全て花の意匠が凝らされた鉄の柵がついていて、外に出られないようになっている。花の模様になっているだけで、鉄格子がつけられているのに変わりはない。しかも出入り口の扉を見てみると、中から鍵を締められない仕様になっている。
「さすがに俺も檻を用意するのはやりすぎかもしれないと思っていたんだ。しかし、イェレナが猫にされるのも他の者に触れられるのも、もう耐えられない。俺が仕事でいない間はこの中にいてくれ。イェレナにもしものことがあると、次こそ俺は死んでしまう」
「いや、やりすぎです。こんな檻はすぐにでも壊してください」
他にもこの部屋に変なものがあるんじゃないかと視線を巡らせていると、背後でガチャンと鍵が締まる音がした。振り返ると、オリヴェル様が上着のポケットの中に鍵を入れている。視線がかち合えばにっこりと微笑みを向けてくれるけど、こっちはちっとも笑えない。
「オ、オリヴェル様? なぜ鍵を締めるんですか?」
「鍵があるから締めただけだ。大切なものをなくさないように容れ物の鍵を締めるのは当たり前だろう?」
オリヴェル様の当たり前は当たり前になっていない。どこの世界に婚約者を鳥かごの中に閉じ込める人間がいるというんだ。きっとオリヴェル様くらいだ。
ひたりとオリヴェル様が近づいてきて、その瞳の奥にまた影を見つけてしまう。恐ろしくなって後ずさると、背中には冷たい檻の柵が当たる。
「こっちにおいで。そんなに背中を押しつけていると怪我をするかもしれない」
「それならこの檻から出してください。そもそも、檻はいらないでしょう?!」
オリヴェル様の手が背中と檻の間に差し込まれる。そのままぐいと引き寄せられれば、抵抗する間もなくオリヴェル様の胸に飛び込んでしまった。
「もう逃がさないし、誰にも触れさせない」
「逃げたりしないんで家に帰してください。エリアスも心配していると思うので」
「俺の前で他の男の名前を呼ぶのか?」
「弟の名前くらい呼ばせてください!」
それから一年ほど、オリヴェル様にごねられて、私は家に戻れなかった。幸いにも檻は部屋から出してくれたけど、ずっと別邸に住まわされることになって。
しかも実家に帰った次の日は結婚式で、そのままこの別邸に戻ることになってしまった。
結局は、オリヴェル様に翻弄される日々が続くのである。
-結-
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