31 想いを聞かせて
着替えが終わると、オリヴェル様が部屋に入ってきた。
首の怪我も手の怪我もちゃんと手当てをしてもらったようで安心した。
オリヴェル様は私の隣に座って手を取ると、目を閉じて指先一本一本にそっとキスをする。温かな唇が触れる度に、心臓がうるさく音を立てた。
「手が元に戻って良かった」
続いて自分の頬に触れさせたり、指先でなぞったりして、私の手があるのを確かめている。私の手が消えていたのを見てひどく落ち込んでいたものね。まるで自分の体の一部を失ったかのようにいや、それ以上に嘆いてくれていた。
そして目が合えば、淡く微笑んでくれる。
正直言って、こんなオリヴェル様には免疫がなくて狼狽えてしまう。手に触れるのはエスコートの時くらいだし、目を見てくれることも稀だったから。猫の姿の時はさんざん見てきたけど。
人間の姿で、人間の目線の高さでオリヴェル様の瞳をじっくりと見るのはなかなかないことだったから、たまらなく胸の奥が疼く。
「私に伝えられてないことがたくさんあるんでしょう? 聞かせてくださらない?」
照れ臭いせいで、口を開けば可愛げのないことを言ってしまう。けれどオリヴェル様は喜色を隠さずに答えてくれた。
「愛してる……かわいい、いじらしい、美しい、食べてしまいたい、尊い、眩しい、存在に感謝、大好き、めちゃくちゃにしたい、」
怒涛のように流れてきた言葉は聞いていてますます恥ずかしくなる。しかも中には物騒な言葉も混じっているんですけど。
隠すことなくあけすけに告げられてしまえば、さすがにときめくどころか頭を抱えたくなる。
「なんでもいいとは言ってないわよ。言う前に精査しなさい!」
「選ぶなんて無理だ。言いたいことが多すぎて考えているうちに溢れてしまう」
オリヴェル様は箍が外れてしまったのか、止まることなく気持ちを伝えてくれる。こっちはその言葉を聞かされるのに慣れていないというのに容赦がない。
「初めて会った日からずっと、イェレナは強くて逞しくて、美しい。一人で生きていけるくらい力強くて、だけど恋に恋する女の子でもあって、いろんなイェレナを知れば知るほど、溺れていった」
「あの日の私はちっとも可愛げのないことを言ったのに。それなのに好きになったの?」
「ああ、イェレナの一言一言に惚れたんだ」
それに、とオリヴェル様は付け加える。
「俺がどんなに不愛想でも、イェレナは明るく接して、話しかけてくれていた。そんな姿にも惚れてしまって、どんどんイェレナに夢中になってしまったんだよ」
鬱陶しがられていると思っていたから、そんな風に言ってくれるのが嬉しい。
その気持ちを伝えたくて、照れ臭い気持ちに抗いながら彼の手に触れる。すると両腕を背にまわしてしっかりと抱きしめてくれた。猫の姿の時よりもオリヴェル様の匂いを嗅げなくなってしまったけど、それでも微かに包んでくれるこの香りが愛おしい。
話せばまたつっけんどんなことを言ってしまうだろうから、ただ黙って頬をすり寄せてみた。するとオリヴェル様の胸にぴったりとくっつけている耳には、オリヴェル様の鼓動が早く脈打つ音が聞こえてくる。
「イェレナを独り占めしたい。ずっと俺だけを見て欲しい」
オリヴェル様は頭に顔を寄せて、唇で柔らかに触れてきた。その優しい感触を受けとめていると幸せで泣きそうになる。
ずっと夢見ていた。愛する人とこうやって愛し合う未来を求めていた。
だから今、この温かさも彼の言葉も私の胸の中に広がる気持ちも、すべてが嬉しくて愛おしくて、この上ない幸せだ。
しかしその気持ちに浸っていると、オリヴェル様が腕の力を強めてきて少し苦しくなる。
「誰にも盗られないように隠しておきたい。このままここに住んでくれ。お義父様には連絡してある」
こころなしか怪しげな声色に変わってきて、本能が危険を察知して体を離そうとするけど、どれだけ身を捩ってもオリヴェル様の腕はしっかりと巻きついている。
「あ、あの、オリヴェル様?」
見上げた先にある空色の瞳の奥には、ゆらゆらと影が揺れて蠢いている。ぞっとすると同時に震え上がった。狂気めいた眼差しもまた、オリヴェル様の美しい顔でされると様になっている。言葉も意識も奪われそうになってしまった。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。ただならぬ身の危険を感じるのだ。
「これからはイェレナが嫌がったって一緒にいる」
「節度を覚えなさいよ!」
その宣言通り、オリヴェル様は腕から逃げようと藻掻く私の様子を、微笑みながら見守っていた。
イェレナはきっと逃げられないですね:( ;´꒳`;):




