27 白銀の城の中で
殿下は王宮の中にある塔の一室を私にくれた。猫一匹が生活するには広すぎる部屋で、調度品も王族が使うものと遜色ない。部屋から出てはいけないと言われたけど、その代わり使用人をつけてくれている。
使用人はどうやら、私は殿下が拾ってきた猫だと思っているらしい。それでもこの国のやんごとなきお方が飼う猫だからと、人間のお姫様と同じように扱ってくれる。
こんなにも良い待遇で迎えてくれた殿下にはとても感謝している一方で、物申したいこともある。
私を猫かわいがりしないでくれ、と。
食事は一口一口、殿下が手ずから食べさせてくれて、おまけに夜は私が眠るまでずっと抱っこしていて、恐れ多いほど甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだ。私は猫の見た目をしているけれど、中身は人間なのに。
ここ数日の出来事を思い出して、羞恥のあまり身悶えしてしまう。耐えきれず窓に頭をぶつけていると、扉が開いて殿下が部屋に入ってきた。
「イェレナ嬢、夕食の時間だ」
殿下は窓辺に歩み寄り、ちらと外を見遣った。
「外に出たいのか?」
「にゃあ」
外に出たいとは思っている。王宮の外とは言わず、庭園まででもいいから、気分転換がしたかった。ずっと室内にいると、オリヴェル様のことを思い出してしまって、その度に気持ちが沈んでしまうから。
視線で訴えかけると、殿下はすっと目を細めた。
「ダメだ。そなたをどこにも行かせない。また何者かに攫われては困るからな」
そう言って私を抱き上げると、頭に顔を埋めてくる。以前はあんなにも冷たく感じた殿下の手は、今ではなんとも思わなくなってしまった。それほどまでに、私の体は刻一刻と、雪に近づいている。
「雪になるその日まで、いや、雪になってからも永遠に、そなたは私の物だ」
散々な人生だったけど、死ぬ間際に自分を求めてくれる人が現れてくれた。だけど、殿下の言葉を聞いても、胸を覆う分厚い雲は消えてくれない。そんな晴れない気持ちを隠して、殿下が囁いてくれる言葉を受け取っている。私も大概、ずるくて最低な人間だと思う。
心の中で殿下に懺悔していると、殿下は私をふかふかした椅子の上に降ろしてくれた。
「さあ、口を開けて」
彼はメイドが持って来てくれた煮込み魚の料理を切り分けると、スプーンを口元まで持ってくる。
今日こそは自分で食べさせてもらおうと顔を背けて拒んでみたけど、殿下はクスクスと笑うだけで一向に引かない。
「料理が冷めないうちに食べないと、口移しするぞ?」
それどころか、衝撃的な発言をするものだから顎が外れそうになった。さすがに冗談だと思いつつ、それでも殿下は何をしでかすかわからないだけに本気のような気もしてしまい、しかたがなくスプーンから食べた。
「いい子だ。そなたは私に世話をされていればいい」
殿下は綺麗な金色の刺繍が施されたナプキンで私の口元を拭う。
「私だけを頼り、私のことだけで、その心を埋めておくれ」
溢れんばかりの気持ちを、どう受け取ったらいいのかわからない。甘く優しく、けれど毒のように危険をはらむその気持ちは、喪失感に苛む私を包み込んでいった。
食事が終わっても殿下はまだ部屋にいて、私を膝の上に載せて本を読んだり、一緒にチェスをして遊んでくれた。
やがて私の体が睡魔に負けて瞼が降りてくると、殿下は抱っこして寝台に移動する。寝台に腰かけて、ゆっくりと背中を撫でてくれた。
「おやすみ、イェレナ嬢」
薄れていく意識の中で、彼が話しかけてくれる声が聞こえてくる。
「愛している。そなたをこうやって腕の中で眠らせられて、幸せだよ」
それから殿下は壊れたオルゴールのように、「愛している」とばかり呟き続けた。その言葉に包まれながら、私は夢の中へと落ちていく。
銀色の瞳に見守られながら。
イェレナをベッタベタに甘やかして自分無しではいられないようにさせたい殿下です。




