25 銀色の瞳は捕らえた
その柔らかな感触が何であるのかはわかる。
驚いて見上げると、殿下の銀色の瞳が目と鼻の先にあって、予想は確信に変わった。
殿下、いま、私の額にキスしましたよね?
「ふふ驚いた顔も愛らしい。いや、たとえどんな姿でもそなたには惹かれてしまうだろう」
「にゃー……」
なんだか口説いているような台詞ね。こんな時にもふざけるとは、やはり王になる人は器が違う。褒めてはない。呆れているのだ。
ジロッと睨んでみたら、殿下は柔らかく笑った。機嫌を取るように顎の下を撫でてくるけど、私は中身が人間だからその手は通じないわよ。
そう身構えていたのに、条件反射でゴロゴロと喉が鳴ってしまう。
「イェレナ嬢は、定められた運命とやらをどう思う?」
いきなり真面目腐ったように聞いてくる。今度は何を企んでいるのかしら?
前科が多いだけに警戒してしまうけど、撫でてくれる手はただただ優しくて、抗えずに瞼が閉じていく。
「絶対に振り向いてもらえないとわかっている相手が心から消えてくれない苦しみを、味わったことはあるかい?」
殿下の声色に違和感を感じ取った。気づけば、殿下の瞳はしっかりと私を見据えていて。
その瞳の奥に、ゆらりと揺れる影を見た。
「イェレナ嬢、そなたの幸せのために私は耐えていた。しかしオリヴェルと一緒にいても幸せになれないのであれば、私が攫う」
聞き間違いなのか、それともまたもやふざけているのか。ふと浮かんだ考えは殿下の瞳を見て可能性を失った。かつてないほど真剣で、どこか余裕がなくて、いつもと違う雰囲気に完全に飲まれてしまった。
なぜ?
これまでに殿下とお会いした時には微塵も感じなかった彼の気持ちが、今、堰を切ったように迫ってくるから、考えがまとまらない。
いつから?
どうして?
疑問は次々と浮かびあがっては頭の中を埋め尽くす。
そうしている間にも殿下はしっかりと抱きしめてきて、私の背をゆっくりと撫でた。
「可哀想に。オリヴェルに傷つけられたからこんなに冷たくなったんだろう」
ちがう。そんなことはない。否定の言葉を込めて見上げているのに殿下の表情は変わらず、じっと、昏い瞳で捕えてくる。
「定められた運命とやらが傷つけるのであれば、私が断ち切ろう。たとえそなたに嫌われたとしても構わない。もう諦めたくないんだ」
まるで、殿下の方が傷つけられたような顔している。
弱り切った声が近づいてきて、もう一度、殿下は額にキスをした。優しくも、決して逃がすつもりはないと言わんばかりに触れてくる感覚に、なおさら混乱する。
「だからイェレナ嬢、雪になって私のそばにいてくれ」
追い打ちをかけるように迫る殿下の声になにも答えられないでいると、戸口のそばから息をのむこえが聞こえてきた。
「殿下、どういうことですか?」
振り向くと、外套のフードを脱いだオリヴェルが、呆然とした表情で立ち尽くしていた。
殿下派のみなさま、お待たせいたしました。




