24 鋼鉄の騎士の襲来
それから私は、お屋敷の中にあった鳥かごの中に閉じ込められた。狭い場所では身動きも取れず何もすることがない。小太りの男は「狭いところに入れてごめんね」、と何度も謝るけど、決して許してやるもんか。このまま雪になったら猫アレルギーになるように呪ってやると呪詛を込めた。
鳥かごの中から観察していてわかったのは、オリヴェル様の暗殺に加担しているのはどうやらこの二人だけではないらしい。傭兵らしき男たちが数名、部屋に入ってきたり外で話している声が聞こえてきた。気性が粗そうで、彼らから怒声が聞こえてくるたびに小太りの男が肩を跳ねらせている。
また、この二人が主犯格ではないようで、二人の会話を聞いていると「依頼主はこう言ってる」だの「依頼主の計画ではこうだから」だの話しており、黒幕が更にいるようだ。
「おい、依頼主からはなんて話があったんだ?」
強面の男が手紙を開けていると、小太りの男は腕に齧りつくようにして聞いている。
「ロイヴァス家に、猫は預かったと書いた手紙を置いていっただろ? あれでロイヴァス家は今、大騒ぎになっているらしい」
「うへぇ~。ロイヴァスが怖い顔してきそうだな」
「あいつは一人で来るんだからこっちの数には勝てないはずさ」
卑怯だわ。気性が粗そうな傭兵を使って数でねじ伏せようとするなんて。あんたは来世でも禿げになるように呪ってやる。そんな呪詛をかけられていることを知らない強面の男は、手紙にもう一度視線を落とすとニヤリと笑う。
「それと、この計画が上手くいったら国外に逃げる手配と一生遊んで暮らせる金をくれてやるだとよ」
「よかったぁ~。さすがに僕たちだけで逃亡はできないもんね~」
この人たち全員を国外に逃がせる上に莫大な金額の報酬を支払えるとなると、主犯はかなりの貴族家か、もしくは大富豪かに絞られる。いずれにしても厄介な相手には違いないわ。
オリヴェル様は来ないと思う。でももし、もし来てしまったら、どうしよう?
押し寄せる不安を頭から追い出そうとしていると、不意に強面の男と目が合った。
「なんだよ、睨みつけやがって」
目が合っただけで威嚇してくるなんて野生動物と一緒ね。呆れて溜息をつきそうになるのを堪えた。すると強面の男が突然、鳥かごを掴んで揺さぶってきた。
「ダメだよ~! 猫ちゃんに乱暴しないで!」
小太りの男が必死になって鳥かごを奪い返そうとするけど、背が届かなくてピョンピョンと跳ねるだけ。
最悪だ。
このまま叩きつけられて死ぬかも。
そんなことと考え始めたその時、ガッと音がして扉に剣が刺さった。男たちは言い合いを止めて扉の方を向く。私も扉を見つめていると、剣は引き抜かれて、扉が蹴り開けられた。黒いローブを羽織った男が入ってきて、手に持っている剣を振って血を飛ばす。
「イェレナは、どこだ?」
地を這うような低い声がフードから聞こえてくると全身の毛が逆立った。オリヴェル様の声だ。男たちは抱き合うようにして身を寄せ震えあがっている。その拍子に強面の男が鳥かごを落したものだから、私は地面に真っ逆さまだ。
「にゃにゃっ!」
落下する感覚が怖くて目を開けていられなくなって、ぎゅっと閉じる。地面にぶつかってしまう。そう思って身構えていたのに、ふわりと体が浮いて事なきを得た。
見上げると、銀色の瞳がこちらを覗き込んでいる。殿下だ。殿下も来てくれたらしい。
「おいおい、レディーを鳥かごにいれるとはいい趣味をしているな」
殿下はこの張り詰めた空気がわかっていないのか、拍子抜けするようなことを言う。ジト目で睨んでいると、「迎えに来たよ」と言って鳥かごから出してくれた。
「ひ、卑怯だぞ! 一人で来るように手紙に書いていたじゃないか!」
強面の男が悲鳴のような声で言った。どっちが卑怯なのよ、と言い返してやりたいところだ。
「そうだったのか。私はその手紙とやらを読んでいなくてな。ついうっかり家臣について来てしまった。すまんな」
殿下はあっけらかんと笑う。彼にルールは通用しないと改めて思い知らされた。なんたって、殿下自体がルールって感じだものね。
「殿下、もうこの罪人を黙らせても良いですか?」
殿下によってこの部屋の空気がすっかり狂わせられていたのにも関わらず、オリヴェル様の怒気は乱れていない。それどころか、フードの下から覗く空色の瞳は鋭さを増していた。
「いいや、捕らえろ。殺してしまっては裏で手を引いている人間がわからないからな」
殿下がそう命じるや否や、オリヴェル様は二人の男を気絶させて縄で縛る。一瞬の出来事だった。
「オリヴェル、外の奴らも縛っておけ。私がイェレナを見ておこう」
「仰せのままに」
オリヴェル様は小太りの男と強面の男を引きずって部屋を出て行く。私は殿下と二人きりになった。
「無事でよかった」
殿下はゆっくりと頭を撫でてくれる。男たちにはああ言ったけど、私が誘拐されたのを聞いて助けに来てくれたようだ。銀色の瞳は優しく細められていて、いつもの殿下らしくない。きっと、とても心配してくれたんだと思う。
「んにゃあ」
感謝の気持ちを込めて返すと、殿下の顔が近づいてきて、額に柔らかなものが押しつけられた。
殿下だけは敵に回したくないと思う今日この頃です。




