21 手の届かないひと(※リクハルド視点)
この世の全てが手に入ると謳われる立場であっても、決して全てが手に入るわけではない。
人の心や、運命とやらでそう定められた者であれば、どれほど手を伸ばそうと、落ちてきてくれはしないのだ。
イェレナ・ルッカリネン。
彼女は幼い私にその挫折を教えてくれた、憎くも愛おしい存在だ。
彼女を初めて見たのは、戯れにオリヴェルの未来を視た時のことだった。オリヴェルに微笑み労わるように寄り添う彼女を見て心を奪われた。太陽のように輝く金色の髪は眩く、力強い瞳に魅せられたのだ。眼の奥にその姿を強く焼きつけ、頭の中から消えずに私の心を支配した。
やがて彼女の噂が耳に入るようになって、いよいよ心が騒めいた。彼女はきっとオリヴェルの前に現れる。そうして彼と結ばれていく様を見せつけられることを思うと息がつまりそうだった。
現実の彼女との初めての出会いも覚えている。私の誕生日パーティーに来た彼女は何者にも負けないほど優雅なカーテシーを見せてくれた。凛と名乗る声が耳を通して体の中に入れば、心臓がせわしなく脈を打ち、彼女の姿を目で追ってしまう。
実際に会うとなおさら彼女に惹かれ、未来を変えてみようか、と魔が差してしまった。
皮肉にもオリヴェルとイェレナ嬢の出会いも私の誕生日パーティーだ。会場に来た彼女が人にぶつかってよろめいたところをオリヴェルが支えて、二人は恋に落ちる。
試しにオリヴェルを会場から外に出してみると、イェレナ嬢の行動も先視とは変わってしまい、彼女は会場からいなくなり、一緒に戻ってきた。
初めて見た時は興味が無さそうにしていたオリヴェルが、戻ってきたときには瞳に熱を込めてイェレナ嬢を見つめている姿を見て悟った。定められた運命とは、こういうものなのかと。
この日初めて、自分がどれだけ望んでも手に入らないものがあるのだと教えられた。
それでも私はイェレナ嬢が心の中から消えてくれず、未練がましい心を持て余し続けている。
オリヴェルが羨ましかった。それと同時に、オリヴェルとならば認めようとも思った。オリヴェルとは赤子の頃からの付き合いだ。ずっと一緒にいるうちに気づいたのだが、オリヴェルは他の子どもたちと違って、あきらめと役割を知っている、聡い子どもだった。
そんなオリヴェルがイェレナ嬢と出会ってから変わってしまった。イェレナ嬢を欲しいと言い、我が妹との婚約がもうすぐで結ばれるから無理だとロイヴァス侯爵から反対されると、ロイヴァス侯爵と父上に取引を持ちかけた。オリヴェルには敵わないと、思い知らされた。出会いを邪魔した後ろめたさもあって、オリヴェルの望みを叶えて欲しいと父上に頼みごとをした。
諦めることを、私も学んだ。
そもそも王太子と言う身分の私がイェレナ嬢を手に入れることなどできない。
国王になることを見据えれば、政略結婚が普通だ。イェレナ嬢が有力貴族家の娘か外国の姫ならまだ望みはあったが、男爵の娘となると、正攻法では手に入らない。そんなことをすれば彼女が傷つくことも知っている。それは望まない。愛した人には笑顔でいて欲しい。
オリヴェルに話しかけるイェレナ嬢を見るたびに、オリヴェルからイェレナ嬢の話を聞かされるたびに、黒くインクのような嫉妬が胸を染めていったが、イェレナ嬢には幸せであって欲しいからオリヴェルに譲ったというのに。
「逃げられてしまうのであれば、私も諦められないではないか」
神にも等しい力を持って生まれたとしても、何者も敵わない程の権力を得るとしても、手に入れられない人。
彼女は私が先に見つけた。
運命とやらに阻まれて手の届かない魅惑の存在。
オリヴェルならと認めていたが、そんじょそこらの奴らにくれてやろうものなら、私の手で雪にした方がいい。雪にして、永遠に溶けないように器の中にしまっておこう。そうすれば初めて、そなたを手元に置いておける。
ずっと伝えられなくて、苦しくて苦しくて、しかたがなかったんだ。
イェレナ嬢、愛している。
柔和な笑みを浮かべる闇深いイケメンも好きなので殿下に詰め込みました。
みなさんもお好きになってくれたら嬉しいです⁽⁽ ( *ˊᵕˋ ) ⁾⁾




