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19 昨日の敵は今日の

 このままだと雪になってしまうのはほぼ確定事項だ。


 怖い。自分の体が溶けてなくなっていくことを想像するだけでも怖くて怖くて、泣きたくなる。どうしたらいいのかもわからないし、いつ雪になってしまうのかもわからなくて。ただ絶望だけが胸の中に充満する。


 視界が滲んで、頬に濡れた感触が広がる。唇を噛みしめても声が出て、嗚咽は漏れてしまう。もう我慢ができなかった。あとからあとから涙が出て、目の前の景色は形を失ってぐちゃりと混ざる。


「ううっ……ひっく……」


 目が痛くなるまで泣いていたのは覚えている。それからなにか温かなものにずっと包まれていた記憶もあるけれど、泣き疲れて頭がふわふわしていたこともあって、その正体がわからないまま、意識は途切れてしまった。 


   。*。゜゜☆。*゜。*。゜゜☆。*゜。*。゜゜☆。


 翌朝、起きて手を見てみれば薄紅色の肉球が復活していた。


 すでにオリヴェル様の姿はなく、もう王宮に行ったみたい。メイドの話によると、今日は仕事が終わるとそのまま私の行方を探しに行くようで。本当は今すぐにでも私を探しに行きたいと零していたらしい。その時のオリヴェル様はこれまで以上に深刻そうな顔をしていたのだとか。


 それ以外は変わりなく、私はご飯を食べるとこれまで通り、何もすることがない。猫らしく昼寝をしたり外を見るだけの生活で。


 残酷な行く末を聞いた後だというのにこの日常が昨日までと全く変わらないのがまた恐ろしい。こうやって誰にも知られずに消えていくことを思うと絶望にのまれそうだ。



 嫌だ。雪になりたくない。



 このままじゃいけないわ。部屋の中でただ時が流れるのに身を任せていたら、雪になってしまう。少しでも可能性があるかもしれないし、藻掻いてみるしかないわ。


 外に、出よう。

 情報を集めたら解決の糸口が見えてくるかも。


 そうと決まればすぐに行動だ。


 幸いにももうすぐでメイドが洗濯物を交換しに来る。死角に隠れたら部屋を出てもバレないはず。どうか今日は洗濯物がたくさんありますようにと願っていると、案の定、扉が開いてメイドが入ってきた。手には交換するシーツを持っていて、恐らく足元は見えていないはず。


 鼻歌を交じりに仕事をするメイドに足音を忍ばせて近づき、足の間を通り抜けると、メイドは気づかずに扉を閉めた。


「にゃにゃ……!」


 成功したわ。

 我ながら上手くやったと、心の中でこぶしを握る。 


 冒険小説の主人公さながらの身のこなしで隠れながらお屋敷の中を歩いていると、廊下の窓が開け放たれたままなのに気づく。少しの力を入れて飛べばすぐに窓にまで届いて、そのまま外に出られた。


 外は相変わらず雪が積もっていて寒い。それでもひんやりと冴えわたる朝の空気を吸い込むと、気持ちがよく、心が軽くなった。外に出られた開放感で足取りも軽くなる。ふわっとした新雪に足跡を残しつつ庭を横切っていると、お屋敷を囲む塀の柵の合間から視線を感じた。顔を上げて見ると、ヒルダ様が柵にはりついてこちらを見ている。


「……あなた、イェレナ嬢でしょう?」


 押し殺した声で呼びかけてくる様子はいつもと違っていて。それに、こんな時間に彼女がここにいる理由がわからず、警戒して近づいた。オリヴェル様のことが大好きな彼女なら、オリヴェル様はこの時間、仕事でいないことくらい知ってそうなのに。


 何をしに来たのかしら?


 黙って見上げていると、彼女は泣きそうな顔になって俯く。


「……ごめんなさい。完全に八つ当たりだったの。夜会が終わる頃にはあなたを元に戻すつもりでいたわ。それなのに、どこを探してもいなかったから怖くなって……」

「フーッツ!」


 謝っても許さないわよ。こちとら散々な目に遭っていたんですから。誰にも気づいてもらえなくて辛かったし、雪になってしまうかもしれない魔法をかけられて絶望もした。ごめんで済んだら傭兵団はいらないわ。

 

「オリヴェル様に大切にされているあなたのことがずっと、羨ましかった」

「……」


 そんなことない、と以前の私なら言えたんだけど。オリヴェル様の知らなかった一面を見た今となっては、否定はできない。


「私ね、わけあって引き取られた養女なの。先王と下級使用人だったお母様の間に生まれた子どもなんですって。育ててくれたお父様もお母様も優しいけれど、お兄様と比べるとどこか他人行儀で接してくるから、寂しくて。だから友だちを作るのも怖かったわ。みんな、私には一線を引いて接してくるような気がして怯えていたの。そんな時、オリヴェル様は私のことを気にかけてくれていて、よく声をかけてくれたわ。オリヴェル様なら私のことを大切にしてくれると思ったから、私は、彼が欲しかった」


 オリヴェル様が話していたことが思い出される。国王陛下の命令で話しかけていたというけど、そういうこと、だったんだ。


「でもね、オリヴェル様は優しいけれど、愛まではくれなかった。それに二言目にはあなたのことばかり話すんですもの。だからずっとあなたに嫉妬していたわ」


 わざわざ婚約破棄するように言いに来るし、挑発するようにオリヴェル様と一緒にいるところを見せつけてくるから嫌いだったけど、彼女の立場を聞くとなんだか、同情してしまう。


「オリヴェル様が取り乱してあなたを探しているのを見たわ。くやしいけど、きっと何をしてもあなたには敵わないって思い知らされた。だからもう魔法を解くわ。これ以上オリヴェル様が悲しむ姿を見たくないもの」


 ヒルダ様は私に人差し指を向ける。そのまま指を振るけれど、何も変化が起こらない。もう一度、もう一度、と何度もやり直すけれど変わらない。やがてヒルダ様は「あれっ?」とか「どうして?!」と言い始めて、泣きそうな顔で指を振るけれど、やっぱり何も起こらない。


「な、なんか別の魔法に阻まれてるわ!」

「にゃにゃっ?!」

「あなたにかけた魔法が解かれないように、強い力が私の魔法を弾いているのよ」


 誰かに何かされなかったかと、ヒルダ様が聞いてくる。ええ、いますとも。強い魔力を持ったこの国のやんごとなきお方です。王太子殿下、だわ。きっと例のとっておきの魔法とやらの仕業だわ。


 なんてことを、してくれるのよ! 

 せっかく人間に戻れると思ったのに。


 ヒルダ様は諦めたのか、指を下ろしてそのまま手を握りしめる。


「魔法の解き方を調べるわ。だからそれまで狙われないように気をつけて」

「にゃー?」


 気をつけるって、どういうこと?


「あなたを狙う輩がいるの。オリヴェル様が飼い始めた猫を溺愛してるって王宮では噂になっているのよ。オリヴェル様の命を狙う連中があなたを人質にするかもしれないわ。くれぐれも出歩かないようにね」


 つまり人質にされるってこと?


 人間の姿の時ならまだしも、猫を人質にするなんてことはないと思うわ。


「いい? 別にあなたのことを心配しているんじゃないんだからね。オリヴェル様にこれ以上悲しい思いをさせたくないから教えてあげただけよ!」


 別にそんな補足はいらなかったんだけど、ヒルダ様はそう言い捨てると踵を返して、立ち去ってしまった。


オリヴェル様不在の回でした。

次話はオルヴィル様視点です。お楽しみに!

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挿絵(By みてみん)
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