18 白雪の魔法
女神様、私が何をしたと言うんでしょうか。
前世の罪が~とか説明されても納得し難い仕打ちだ。
「大丈夫か?」
殿下に頭をポンポンと叩かれて現実に戻された。
「案ずるな。上手くいけば雪になることはない」
「(そもそも、なぜ私は雪になってしまうんですか?)」
「試練を乗り越えられなかった代償だ」
「(試練?)」
そんなもの、挑戦した覚えはない。
騎士や魔法士ならともかく、私はただの国民だ。試練を受ける機会なんて全くないはず。
「ああ、私がそなたにかけたのは神の技にも等しい魔法。つまり、試練を与える魔法なのだ」
「(なんてことを……!)」
あなたの仕業か!!!!
とっておきの魔法をかけたとか言ってたけど、雪になるかもしれないならもはや呪いよ。善良な民になんてことをするの?!
試練とか体のいいように言っているけど、こんなの許されないわ。殿下なんて暴君よ、暴君!
「そう睨むな。試練を乗り越えたら人間に戻るという悲願が叶うんだ。いい魔法だろ? 挫折したら雪になるがな」
ちっとも良くないです。上手くいかなかった時の代償が大きすぎます。雪になったら、雪になって消えるのって、死ぬと同然のことなのに。私、まだやり残したことがいっぱいあるのに。このまま死にたくない。
「(嫌です。雪になりたくない)」
魔法を解いて欲しい。そう殿下に伝えようとして顔を上げると、殿下は無表情でじっと私の顔を見ていた。銀色の瞳は昏く、その奥にある得体の知れない何かにのまれそうになった。
畏怖の念とは異なる恐ろしさに身が震える。
すると殿下は指先で私の目元を拭う。体温を奪われそうなほど冷たい手に触れられると、ますます震えが止まらなくなる。冷たいからとか、寒いからとか、そんな生理的なものではない。恐怖を抱いた時ににた感情が、体を冷たくする。
「やはり私では、違うのか」
「(え?)」
真意のわからない言葉のことを問いかけても返事はなくて。
「怯えるでない。とって喰うわけじゃあるまいし?」
いつもの柔和な微笑みを浮かべて首を傾げる殿下。そんな仕草をしたって騙されないわよ。加害者が何を言うのやら。私にかけた魔法のことをどう説明してくれるのよ。
「そなたはオリヴェルと真に結ばれたら人間に戻れるんだ。簡単なことだろう?」
「……」
終わった。
無理だわ。
そもそも私はもうオリヴェル様と婚約を破棄するところなのに今さら結ばれるなんて無理よ。終わったわ。もう希望なんてない。
「気を落とすな。束の間だがこうやって元の姿に戻っているということは試練を上手く超えつつあるということだ。このまま頑張ればどうにかなるはずさ」
他人事だからって軽く言ってくれるわね。愛し合うだなんて、そう簡単なことではないのに。それに、魔法が判断する基準が全くわからないわ。
「(それらしいことなんてなかったんですけど?)」
「さあな、そなたがわかってないだけなんじゃないか?」
ああ、もう。適当ね。残酷な魔法をかけてきたというのに殿下からはちっとも罪悪感を感じ取れない。こっちは不安な事ばかりなのに。一番の不安はやはり――。
「(あの、いつ猫の姿に戻るんですか? さすがに朝もこのままならオリヴェル様に説明した方がいいですよね?)」
「ダメだ。それではつまらんではないか」
それは殿下の都合です!!!!
誰が楽しくてこんな不安満載な状態のままでいたいものですか。もう一切がっさい言って欲しいんですけれども。
「安心しろ。戻るのは魔力が高まる夜の間だけだ」
いやいやいや、安心できませんから。夜にいきなりオリヴェル様の前でこんな姿になるなんて二度とごめんだわ。他の人に見られるのも嫌よ。なにより、そんなことになったらもし人間に戻れたとしても社交界で生きていけないわ。
「(この魔法を解いてください! 人間に戻る方法は自分で見つけますから!)」
「そうもいかないんだ。私はイェレナ嬢に笑顔になって欲しくてな、その一心でこの魔法をかけたのだよ」
「(本当にそう思ってます?!)」
こんなことされても笑顔になれないわよ。むしろ笑顔になるのと程遠いことだわ。どう考えてもあり得ない。ひどい。ひどすぎるわ。
「黄金の君、怒らないでくれ。雪になれば私と同族だ。それもまた良いではないか」
銀色の瞳がほのかに光る。月明かりに照らされる殿下は人間じゃないみたいで、言葉を失ってしまう。
「面白くはないがいい結果になりそうだ」
殿下はそう言い残して、雪に姿を変えて消えてしまった。殿下が立っていた場所には白い雪が落ちていて、それが未来の自分の姿になるのかもしれないと思うと、ただただ泣くことしかできなかった。
オリヴェル様、次話はちゃんと起きてます(❁´ლ`❁)たぶん