17 束の間の奇跡
それから私とオリヴェル様は眠った。
今日こそは長椅子でのんびりと眠ろうと思っていたのに、オリヴェル様に魔法で引き寄せられてまたもや一緒に寝ることになる。不本意だけど、布団にくるまれると睡魔に抗えなくて、すぐに眠りに落ちてしまった。
「イェレナ……? どうしてここに?」
頬に誰かの手が触れて目を開ける。まだ夜で、部屋の中は暗くてカンテラの明りが灯されている。まどろむ中でオリヴェル様の声が聞こえてきた。ひどく困惑した声で、泣きそうな顔で私を見つめていて。
「(どうしてって、オリヴェル様が無理やり連れて来たくせに)」
抗議の声を出そうとしても鳴けなかった。とても眠くて、もう一度声を出そうとするよりも先に瞼が自然と閉じていく。あと、オリヴェル様が起き上がった拍子に冷たい風が布団の中に入り込んでくるせいで寒くて、震えてしまう。
熱を求めてオリヴェル様にくっついた。
「っこれは夢か」
オリヴェル様が頭を撫でてくれる。そのまま髪を梳き流して……あれ、髪ってどういうこと?
違和感がぽこぽこと顔を出す。猫に髪なんてないのに、髪に触れられた感覚がする。
薄目を開けてみると、オリヴェル様と視線がかち合う。
「そうだ。イェレナが俺の部屋にいるわけがない。それも、こんな誘惑するような姿で」
は?
誘惑?
私、どんなかっこうをしてるの?
物騒な言葉のせいで完全に目が冴えた。気づけばオリヴェル様から熱のこもった眼差しを注がれていて。受け止めた途端に本能的な何かが疼いて「逃げろ」と伝えてくる。
自分がいま、どんな姿をしているのかわからない。それにいつもと違う感覚がするのだ。肩になにかが当たってくすぐったくて……いままでこんな感覚なかったから変な感じだ。ためしに手を動かすと意外にも肩に届く。昨日までは前足は肩にまで届かなかったのに。しかも触れた手には毛も肉球もない。人間の指だ。私の指が、肩にかかったオリヴェル様の髪に触れている。
「(人間に、戻っている?!)」
「声が出ないのか? 残念だ。夢でもいいから君の声を聞きたかったのに」
そのままオリヴェル様の手に取られて、掌や指先にキスされる。唇の温度も感触も生々しく伝わってくるのに、夢であるはずがない。ついでに言えば、布団の下は一糸纏わぬ姿であって、非常に非常に危険だ。
「イェレナ、君は俺の物だ」「ああ、夢だから面と向かって言えるな」「嬉しい。また君の姿を見れて本当に嬉しいよ」「イェレナ、俺の前から消えるなんてもう許さない」「夢の中のイェレナも、もう逃がさない」
目を潤ませたオリヴェル様の顔が近づいてくる。寝台が軋む音が聞こえ、気づけば顔の両側にオリヴェル様の腕があって、完全に逃げ道を塞がれてしまっている。まずい。これはまずいぞ。
もうお腹を蹴るしか逃げる手段はないかもしれない。そう思い至った時、オリヴェル様の動きが止まった。
「うっ」
「(オリヴェル様?)」
呻き声を上げると、ぐったりとして横に倒れた。崩れていくオリヴェル様の背中越しに姿を見せたのは、王太子殿下だ。どうやら後ろから頭を殴って気絶させたらしい。
「危ないところだったな」
「(殿下がどうしてここに?!)」
不法侵入だし、家臣の寝込みを襲うしで、恐ろしいことをする人だなと思ったけど、助けてくれたのには感謝する。
「魔法の具合を見に来たんだよ。どっちに転ぶのか観察したかったからな」
「(どっちって、どういうことですか?)」
「そなたが人間に戻れるか、それとも雪となって消えていくか、だ」
「……?!」
猫になったのでさえ災難なのに、私、雪にもなってしまうんですか?
さらに悪い事態が待ち受けていると宣告されたショックで、頭が真っ白になった。
オリヴェル様の夢は続かないようで…。