16 彼の未来計画
部屋から出て来たオリヴェル様は入っていった時より顔色が良くなっていた。
「はぁ、生き返った」
充足感にみちた溜息をついているから、元気を取り戻したようだ。あの部屋でなにをしていたのか考えただけで私の気分は最悪である。複雑な気持ちで見守っていると、オリヴェル様は私を抱っこして長椅子に腰かけた。手にはブラシを持っている。
「じっとして。綺麗にしてあげるから」
撫でながらそっとブラシをかけてくれる。絶妙な力加減が気持ちよくて、悔しいけどゴロゴロと喉が鳴ってしまう。するとオリヴェル様がクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「イェレナと結婚したら、毎晩こうやって髪を梳こうと思っているんだ」
「にゃ……」
「それから、お互いの一日の出来事を振り返って話して、抱きしめて、イェレナの匂いで肺を満たして眠りた……あっ、その前にキスして味わいたい」
「……」
私を大切にしたいと思ってくれていたのかと感動していたのに、余計な思惑が挟まれて台無しになった。私の感動を返してくれ。
オリヴェル様は私の気も知らず、未来の計画を長々と話し始めた。お屋敷の模様替えのことから、私の誕生日は領地でお祭りを開くなど割と正気じゃない計画まで、しごく丁寧に教えてくれる。
「あと、動物はなにを飼おうだとか、休日の予定はどうやって決めようだとかもね、ずっと悩んでいるんだ」
そんなこと、ちっとも話してくれなかった。婚約を結んで十年近くになるのに、結婚してからのことを話していたのは私だけで、オリヴェル様は聞くだけで返事をくれることも、オリヴェル様から聞かせてくれたこともない。
「イェレナは本当に、俺と結婚したくなくて逃げ出したんだろうか?」
震える声に驚いて見上げると、オリヴェル様の目から涙が零れ落ちて頬を伝った。彼のそんな顔を見てしまうとたまらなく胸が騒めいて、落ち着かなくなる。胸がツキンと痛くなって、私も泣きたくなった。
婚約した日からずっと、オリヴェル様には笑っていて欲しくて、必死になっていた。夫になる人には幸せでいて欲しかったから。お父様とお母様みたいな支え合う夫婦になりたかったから。その気持ちと共に育ってきたせいでオリヴェル様の涙を見ると苦しくて、心がぐちゃぐちゃになる。
私はオリヴェル様から離れたかった。嫌いなのに嫌いになりきれなくて期待してしまう自分の気持ちに、疲れていたから。オリヴェル様は普段は冷たいクセに泣いていたら優しく慰めてくれて、だからいつかは変わってくれると、期待し続けてしまっていた。
嫌だ。もう振り回されたくない。
オリヴェル様なんて嫌い嫌い嫌い嫌い――。
そう思うのに、体が勝手に動いてしまう。
「イェレナ、俺を慰めてくれるのか?」
「にゃ」
あなたがみっともない姿を見せるせいよ。内心毒づきながらも目元を舐めて涙を拭うと、オリヴェル様は抱きしめてくれた。頭にスリスリと頬を摺り寄せてくるオリヴェル様は今まで見たことがないほど幼気で弱々しくて。
抱きしめ返してあげられたらいいのにと、猫の姿を呪ってしまった。
どんどん不安定になっていくオリヴェル様。
このままじゃ一週間ももちませんね。