14 王宮庭園の記憶
昼休み、オリヴェル様は私が退屈しないようにと、王宮庭園に連れて行ってくれた。
外は寒いからと、上着の中に入れられてしまっていたたまれない気持ちになる。オリヴェル様の匂いやら体温やらが濃く感じられるし、なにより、事情を知っている殿下がニヤついているのを見ると逃げ出したくてしかたがない。
王宮庭園は、昨夜雪が降っていたこともあり、粉砂糖をまぶしたような景色が広がっている。冷たい雪に覆われていても、優秀な庭師が管理している庭園には冬なのに花が咲いており、甘い香りを漂わせている。
「ここの庭園でイェレナと出会った」
私も覚えている。ここで令嬢たちに突き飛ばされた時、オリヴェル様は手を差し伸べてくれた。やられっぱなしのところを見られて悔しかったから手をとらなかったけど、それでもオリヴェル様は「礼儀知らずだ」と怒ることなく、それどころか会場までついてきた。
正直言って、鬱陶しかった。惨めな姿を見せてしまったし、彼の厚意を踏みにじるようなこともしたから後味が悪くてしかたがなかった。
だけど、後で知ったことだけど、オリヴェル様のおかげで私は無事に会場に戻ってこられたようだ。王宮の中にはいろんな人がいるから、一人でいる令嬢を狙って誘拐しては人攫いに売りつける無頼漢も紛れているらしい。平民上がりの男爵令嬢なんて格好の餌食になってしまう。実際にお茶会の数日前にも王宮に来た平民上がりの令嬢が色欲に目が眩んだ変態貴族に連れ去られそうになった事件があったらしい。
オリヴェル様がいなかったら他人事ではなかったかもしれない。ぞっとする事実を知ってからは彼に感謝したくなった。そんな折に彼との婚約を聞いて、良い人を夫にしてくれてありがとうございますと、女神様に感謝したのを覚えている。
のちのオリヴェル様の態度に嫌気が差して撤回したけど。
「俺はその時、イェレナと言葉を交わして恋に落ちてしまった」
オリヴェル様が私に恋をしたですって?
信じられない呟きが聞こえてきた。あの日の自分がオリヴェル様にしたことや行ったことを何度思い返してみても、惚れるような要素は一つもなかったはず。
「にゃ?」
「本当だよ。突き飛ばされても一人で立ち上がるイェレナの強さに惚れたんだ」
珍しく私の猫語を上手く解釈してくれたオリヴェル様がうっとりとした表情になる。
「あの日から何日経っても、イェレナは眩しくて、ずっと俺の頭の中を支配していていた。夢中なんだ。誰にも盗られたくなかったから、イェレナと婚約したいと、生まれて初めて父親に頼みごとをした」
「にゃ?」
ちょっと待って、あの婚約はオリヴェル様が仕向けたものなの?
再会したときにはいかにも親に婚約を決められた令息って顔していたくせに。いや、突っ込むべきはそこではない。当時まだ子どもだったオリヴェル様がどうやって私との婚約を持ちかけたというの?
「こればかりはお前にも内緒だ」
オリヴェル様は人差し指で私の鼻をちょんと押した。
「イェレナはずっと俺の物だ。昔も、今も変わらない」
急にオリヴェル様の声が低くなり、雲行きが怪しくなってきた。空気に凄みが増して、髭がピリピリとする。
「これまで幾人もの輩が俺のイェレナに手を出そうとするから始末してきたというのに」
そんな連中はちっともいなかったわよ。思い違いで制裁を喰らわされてしまったのなら相手に同情するわ。
「それなのに消えるだなんてあんまりだ。俺の物になると、その誓いを破ったイェレナには、罰が必要だと思わないか?」
……あ、オリヴェル様はずっと、覚えていたんだ。小さい頃の私の、おままごとの台詞みたいな言葉だったのに。
「二度と離れられないようにしないと。どこにも行けないように、俺のこと以外考えられないようにするには……どうすれば、いいと思う?」
自分に課そうとしている罰の相談を受けるなんて、それ自体が拷問だと思う。
覗き込んできたオリヴェル様の空色の瞳には輝きが全くなくて、空虚で冷たい、湖の底のような暗さが支配している。そんなオリヴェル様に気圧されたのか、腰が抜けてしまった。
その後王宮でどう過ごしたのか、全く覚えていない。
聞いておきながらも何をするのかは心に決めているオリヴェル様です。




