13 面白がってますね?
久しぶりに王宮へ行った。
城門を抜けてお城の尖塔たちに迎えられると、少し緊張する。
猫好きの王太子殿下が会いたいと言ったそうで、オリヴェル様に連れられて王宮に来ている。
「殿下、参りました」
「待っていたぞ」
執務室に入ると、窓辺に立っていた男性が振り返って微笑んだ。白銀の髪に銀色の瞳の、色素が薄くて雪の精霊のような相貌の男性。この人こそが、ガランサス王国の王太子で未来の国王のリクハルド様だ。
オリヴェル様と同い年で、私とは一年だけ同じ学園生活を送ったことがある。その頃からオリヴェル様は殿下の護衛を任されていたから、婚約者として何度かお話をさせてもらっていた。
卒業してからも夜会やお茶会で顔を合わせることはあったけど、学園を卒業すると身分の差もあって、会話する機会は少なかった。
「ふむ、綺麗な猫だな」
殿下は私の頭から前足までをじっと見て、にこりと笑う。猫の姿だから気にしなくていいだろうけど迂闊にすり寄れない。思わず前足を揃えて背筋を伸ばしてしまう。伸ばしても猫背だけど。
「おやおや、気を張っているのか。私が何者かわかっているようだな。頭の良い猫だ」
殿下が背中を撫でてくれる。殿下の手はひんやりと冷たくて、じっと耐えていると抱き上げて膝に乗せてくれた。
図らずも王族の膝に乗ってしまいました。人間の姿に戻った時に不敬罪で処罰されてしまうんじゃないかと思うと足が震える。
「名はなんという?」
「イェレナです」
「そうかそうか、良い名をもらったな」
さすがは王太子、猫の名前が婚約者と同じでも全く動じていない。凡人とは器が違うらしい。
「気に入ったぞ、イェレナ。これまでどの猫も私の手が冷たいから逃げていたというのに、お前だけは触らせてくれるんだな」
殿下は上機嫌で撫でてくれる。なるほど、猫が好きだけど触らせてもらえなかったのね。ちょっと同情してしまう。
「オリヴェル、書類を取りに行ってくれ。イェレナは私が見ておいてやろう」
「殿下がその名を呼ぶと複雑な気持ちになります」
「相変わらず嫉妬深い男だな。猫のイェレナ嬢とでも呼べば気が済むのか?」
相変わらず?
ということは、殿下もこの不可解なオリヴェル様を知っていたの?
渋い顔をしたままオリヴェル様が部屋を出て行くと、殿下と二人きりになって心臓がばくばくと音を立てる。今まで何度か交流があったけど、二人きりになるのは初めてだ。
どうしよう。どうもこうもないか、いまの私はただの猫だもんね。それでも殿下の膝の上に乗ったままなのは居心地が悪い。奔放な猫のふりでもしてオリヴェル様が持って来てくれた籠の中に入っておこうかしら。
そっと殿下の顔を見ると、バッチリ私の顔を見ていて、視線がかち合う。
「イェレナ嬢、久しいな。昨年の茶会以来か?」
「にゃ?!」
私の正体がわかるんですか?
これは好都合だ、と思って今までの経緯を説明してみたけど、殿下はこめかみに指を当てて悩む仕草をし始める。「う~ん」と唸り声を漏らすだけで、うんとは頷いてくれない。
「生憎だが言葉はわからないんだ、容赦してくれ」
残念、色々と聞きたいことがあったのに。肩を落とすと、殿下は宥めるように顎の下を撫でてくれた。
気持ちがいいけれど、殿下の目がすっと細められているのが気になる。殿下がそういう顔をしている時は近づかないようにと、ずっと昔にオリヴェル様から教えられていたから、嫌な予感がする。
「気を落とすことはない。いい機会だから、このままオリヴェルを困らせてやれ」
「にゃっ?!」
「これまでそなたに素っ気なかった意趣返しにちょうどよいだろう」
「にゃにゃにゃ!」
仕返しはもちろん、したいですけど、まずは人間に戻る方法を探していただきたいところ。殿下、私にかけられた魔法について調べてください。
必死に訴えかけてみると、殿下はにこにこと笑って頭を撫でてくれる。
「なに、いつかはその魔法も解けるだろう。いつなのかはわからんがな」
いい加減だ。
全く動いてくれそうにない。
じとっと殿下を睨むと、殿下が私に人差しを向けた。そのまま指を振れば、銀色の光りの粒子が降り注ぐ。まるで雪のようで美しいその光はすぐに止んだ。
「案ずるな。そなたにとっておきの魔法をかけておいた」
「んにゃー?」
どんな魔法なんだろう?
困っている手を差し伸べてくださるなんて、殿下は慈悲深いお方だ。
「ガランサス王室に伝わる秘伝の魔法を使ってやったんだ。せいぜい私を楽しませてくれよ」
前言撤回。殿下、それがあなたの本音ですね。
この日、殿下は何度も猫のイェレナの名前を呼んでオリヴェル様をイラつかせるのでした(*˘︶˘*).。.:*♡




