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12 太陽に枷を(※オリヴェル視点)

 結論から言うと俺は父上を説得し、殿下の力添えを得てイェレナを婚約者にした。


 婚約者として初めて会いに行った日、再会したイェレナは水色のドレスを身に纏っていた。今日この日のために新しく買ったのだと、はにかみながら教えてくれた。じっと見上げてくる目には以前のような敵意はなく、それどころか愛情が込められている。すぐには受け入れてもらえないものだと思っていた身としては嬉しい誤算だった。


 後で男爵夫人から聞いた話によると、俺の瞳の色に合わせてドレスを仕立てたらしい。そんないじらしい一面を知ってさらに溺れてしまった。


 お互いの両親を交えて会食した後、俺とイェレナは二人で庭園を歩いていた。ガゼボの中に入ると、イェレナは両手を掴んで微笑みを向けてくれる。


「オリヴェル様、これから末永くよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「まさか王宮で出会ったあなたと婚約することになるとは思いませんでしたわ。運命の巡り合わせなんでしょうね」


 そう、イェレナにとっては偶然の婚約だ。侯爵家の後ろ盾が欲しい父親と、トルエノとの繋がりが欲しい侯爵家の利害が一致したから持ち上がった縁談を、真面目な彼女は貴族の義務として受け入れた。


「政略結婚ですけど、私はオリヴェル様に恋をして、愛したいと思いますの」

「いまから恋を?」

「ええ、だからこの身も心もなにもかも、全てオリヴェル様に捧げますわ」

「っどうしてそこまでするんですか?」

「生涯を共にする夫ですもの。私、お父様やお母様のような夫婦になりたいですの!」


 ルッカリネン夫妻はおしどり夫婦として有名だ。幼い頃から二人を見ていたイェレナにとって理想の夫婦像なのは納得できる。イェレナは俺に惚れていたわけではないけど、この婚約を前向きに考えてくれていることが何よりも嬉しかった。


「それなら夫婦らしいことをしよう。イェレナ、おいで」


 両腕を広げてみると、イェレナは頬を染めて遠慮がちに抱きついてくれた。

 大人びた話し方をするのに、両親に憧れて夫婦ごっこにつき合ってくれるのは少女らしくて、かわいかった。


「イェレナ、さっきの言葉は一生忘れないでくれ」

「ええ、私は一生オリヴェル様の物ですわ」


 やがて緊張が解けてピッタリと寄り添ったイェレナの体は柔らかくて温かくて、花に負けないくらい良い匂いがする。誘われるように頬にキスするとくすぐったそうに笑い、胸に頭を預けてくれる。甘く重苦しい酔いに支配されて、額や鼻にも口づけて夢中でイェレナを味わった。



《このまま貪って、喰らい尽くしてしまいたい》



 心の奥底からそんな醜い欲求が飛び出してきて、顔を離した。すでにイェレナは耳まで真っ赤にしていて、腕の中で微かに震えている。潤んだ目で見つめられとまた、心の奥底でどす黒い気持ちが頭を持ち上げてしまう。


 俺はどこまでも欲深く、恋に恋する純粋なイェレナの心を利用して、ひどいことを考えている。歯止めが利かなくなる前に抑えないといけない。きっとこの本性をしればイェレナは傷つくし、離れてしまうだろうから。


 それから、甘美と苦悩がない交ぜになった日々が始まった。


「オリヴェル様、お会いしたかったですわ」

「ああ、久しぶりだな」


 週に一回はイェレナと会う日を設けてもらい、お互いの家を行き来した。イェレナは美しい声で何度も名前を呼んでくれて、その度に幸福と渇きが押し寄せる。


「この前はエリアスと乗馬をしましたの」

「そうか」

「エリアスったら本当に動物のことが好きで、馬に乗るなんて可哀想って泣きましたのよ。そうしたら馬がエリアスことを心配してくれて、私が乗馬をしている間ずっとエリアスに寄り添っていましたの」

「そうか」


 己の凶悪な一面を表出させまいとするほど、口数が減って冷たい返事になり、自己嫌悪に陥った。それでもイェレナは明るく話しかけてくれていた。そんなイェレナに甘えてしまっていたのだと自覚している。


 婚約者としてのイェレナは無邪気で愛らしくて、太陽のように温かく照らしてくれる。彼女の笑顔を見れば、声を聞けば、心が溶け落ちていった。俺はどんどんイェレナに溺れていった。


 不安もあった。


 イェレナはいつ、本当に恋に落ちてくれるのだろうか、と。どれだけイェレナと顔を合わせても、イェレナとの間には微かな緊張があって、家族のように心を開いてくれている実感がなかった。


 もしかしたら別の人に惚れてしまうかもしれないと、恐ろしい未来を予想して苦しむ日もあった。


 そんな中、イェレナが飼っていた猫のアルヴィが死んだとき、初めて俺の前で泣いてくれて、確信した。強がりなイェレナは他人に涙を見せないから、俺は他人から脱却したのだと、この時初めて気づいた。


「そんなに泣いているとアルヴィが心配してしまうぞ」


 どさくさに紛れてイェレナを抱きしめた。服を濡らす涙も聞こえてくる嗚咽も全て愛しい。 


「オリヴェル様、明日からは泣きませんので、もう少しこのままでもいいですか?」

「ああ」



 初めて甘えてくれた日でもあった。

 


 イェレナは俺のことを好いてくれている。

 心を開いてくれている。



 やっと太陽を手に入れた。手に入れてますますイェレナに溺れてゆき、もっとイェレナの心を独り占めしたいとさえ思ってしまう。


 満たされてもなおイェレナを求めている。

 病気か、

 呪いか、

 魔法か。

 尽きることのない渇きの正体に気づくのは、もう少し年を重ねた時のことだった。


 

 そうして大人になったいま、尽きることのない渇き――イェレナへの執着はますます強くなった。年を重ねるごとに美しくなるイェレナを見ていると、心が落ち着かなくてしかたがない。


 一日でも早く手に入れたい。

 誰かに奪われる前に閉じ込めてしまいたい。


 父上と交わした約束のせいでまだ妻として迎えられない日々に焦燥を募らせているというのに、イェレナは姿を消してしまった。


 そして今日も、イェレナを見つけられていないままだ。


「別邸の準備はどうだ?」


 屋敷の少し離れた場所に今は使われていない別邸がある。改築の進捗を聞くと、執事は一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「順調ですが、その、このまま続けるのですか?」


 つまり、イェレナが見つからないかもしれないのに進めるべきではないと言いたいのだろう。


「続けてくれ。イェレナは絶対に見つけ出すからな」


 見つけ出して、連れてきて、どこにも行けないように閉じ込めておく。そのために用意している別邸。イェレナのための場所だ。


 イェレナが好きな装飾、好きな色、好きな物を全て詰め込んだ。


 イェレナ、君の好きな物はなんだって知っているし、君の嫌いな物だって全て知っている。俺のことが嫌いということも知っているが、だからと言って諦めるつもりはない。



 イェレナ、君が何をしても、どう抗っても、君は俺の物なんだ。

 それなのにこの手から逃げ出すのなら、あらゆる枷を使って繋いでおこう。

ちびオリヴェル様はとっても腹黒い恐ろしい子でした( ˘ω˘ )

エリアスが余計に天使に見えます。

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挿絵(By みてみん)
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