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11 囚われの始まりは(※オリヴェル視点)

 イェレナと初めて出会ったのは、王太子殿下の誕生パーティーだった。


 招待客と挨拶を交わす殿下についていると、パーティー会場となった庭園に、一人の少女が家族と共に現れた。


「おや、ルッカリネン家のイェレナ嬢だな」


 殿下は会場に入ってきた少女を見るなり、すっと目を細めた。まるで退屈しのぎのおもちゃを見つけたかのような表情で、嫌な予感がする。殿下がこの顔をしている時は、なにか企んでいることが多い。


「お知り合いですか?」

「いいや、有名なんだよ。父君は天賦の商才を持っているし、なによりあの美貌だから噂が絶えなくてな」

「はあ、そうですか」


 イェレナのことは知っていた。ルッカリネン家は現当主が貿易で成功を収めて男爵位を授けられたので有名だ。


 社交界ではイェレナを成金の娘と言う者も少なくなかったが、それでもイェレナは持ち前の負けん気の強さを発揮して生まれながらの貴族令嬢と遜色ないほど優雅な所作と礼儀作法と教養を身につけていた。加えて、眩く輝く金色の髪と瞳を持ち、華やかな顔立ちの彼女に、のぼせ上がる令息たちが後を絶たないと聞く。


 それもまた、他の貴族家の反感を買う理由の一つだった。


「なんだ、興味がないのか?」

「ええ、それに今は殿下の護衛中ですし興味を持つ暇すらありません」

「ちぇっ、私の負けか。”黄金の君”ならお前も惹かれるはずだと父上と賭けていたのに」


 黄金の君とは、イェレナにつけられた呼称だ。賛辞も侮蔑も込められた呼び名を、彼女は幼い頃から背負ってきた。

 たとえ侮蔑を込めて呼ばれたとしても毅然と振舞うイェレナの姿に、何度も惚れている。


「親子そろって賭け事などお止めください」


 殿下と国王陛下は仲が良い。二人そろって父上に悪戯を仕掛けてくるものだから、いつのまにか俺も王宮に駆り出されて殿下のお目付け役を拝任することになり、その流れで護衛になった。


「はいはい、わかったからミートパイを持って来てくれ。腹が減った」

「俺は護衛であって、メイドではないんですが?」

「いいからさっさと持って来い。お前の方が足が速いからな」

「はぁ」


 他の護衛たちは誰も殿下を宥めてくれず、しかたがなくそばを離れてミートパイを取りに行った。しかしどのテーブルもミートパイが入っていた皿は空になっていて、そのまま厨房まで取りに行くはめになった。


 どうやら殿下は己の食い意地のために先視を使ったようだ。なくなっているのを見越してこんな命令をしたに違いない。


 そんなことを考えながら会場を離れて厨房まで向かっていると、数人の令嬢たちがぐるりと何かを囲んでいた。彼女たちの間からは、金色の髪が見える。


「成金のくせに王宮に来ないでくださるかしら?」

「媚びを売って王太子妃にでもなる気ですの?」

「身分をわきまえなさい!」


 令嬢の一人がイェレナを突き飛ばして、イェレナは体勢を崩して倒れ込んだ。地面に手をつくイェレナを見て令嬢たちは満足したようで、連なって会場に戻ってゆく。


「あ、オリヴェル様……」


 よもや見られているとは思っていなかったのだろう。令嬢たちは目が合うと一瞬にしてか弱い小鳥のように身を震わせた。変わり身の早さに恐ろしくなる。

 

 「殿下の祝いの席でこれ以上の問題を起こすのであれば見過ごすわけにはいきません。お忘れなきように」


 すっかり被食者のように怯えてしまった令嬢たちは返事もせず逃げるように去っていった。


「ルッカリネン嬢、お怪我はありませんか?」


 イェレナが起き上がれるように手を差し出したが、その手は触れられることなく、行き場をなくしてしまった。イェレナは手を取ることなく自分で立ち上がってしまったから。


 衝撃だった。


 女性には優しくするように、守るようにと教えられてきた。それが紳士としての礼儀で、疑うことなく身に沁みついたものだった。儚い彼女たちを守るべきだと、息をするのと同じように当然のことだと思っていたし、令嬢たちもまた、当たり前のように手を取ってくれていたから。

 

 それなのにイェレナは当たり前を打ち砕いて、目の前で立ち上がった。その一挙一動に心を奪われた。


 やや吊り上がった目に見つめられると、心臓が大きく脈を打ち、胸の中にざわめきを呼んだ。


「同情なら結構ですわ。これしきで泣いていたら生きていけませんもの」


 突き放すようなことを言うのに、彼女は綺麗なカーテシーをして。


「でも、お心遣いにお礼申し上げますわ」


 しかめっ面から一転して花が咲いたような笑顔を見せて、飛び切りの愛想を贈ってくれた。きっと同情して欲しくないのが本音だろうが、角が立たないように取り繕ったのだろう。商人の娘らしいと感心してしまう。俺よりも年下なのに、一人でも生きていけるようなくらい逞しい、そんな人だと思った。


 俺はすっかり、彼女に中てられた。眩く光り、目の奥に消えない痕を残す、黄金の君。


 これまではか弱く振舞う令嬢たちばかり見てきただけに、イェレナとの出会いは鮮烈だった。


 イェレナと出会ってから、これまでの日常は一変した。四六時中、彼女のことを考えるようになってしまったのだ。もう一度見たいと願うが、身分が違えば偶然出会うことなんてない。会うための必然を持ち合わせていなかった。


 そんなある日、殿下が前触れなくルッカリネン家の話をし始めた。


「男爵がついにトルエノとの取引にこぎつけたらしいな」

「そうですか」

「これでルッカリネン家は閉ざされた技術大国との唯一の繋がりになる。今ごろきっとイェレナ嬢の元には星の数ほど婚約の話が持ち込まれているだろうな」

「……そうですか」


 成金一家と蔑んでいたくせに、強国との繋がりを得れば掌を返したかのようにもてはやす。そのこと自体は気に留めていなかった。ただ、あの太陽のように輝く人が誰かのものになるということが、想像するだけで胸が締めつける。


 いっそのこと、奪ってしまいたい。


 そんなことを考えてしまうほど、この時からすでに、俺はどうかしてしまっていた。自分でも驚くくらいの衝動に突き動かされて、父上に頼みごとをしに行ったのだから。これまでなにもかも言われるままに、また、家の義務のままに受け入れてきた俺にとってはらしくないくらい、個人的な頼み事を。


「父上、一生に一度の、我儘を言ってもいいですか?」


 帰宅を見計らって執務室を訪ねると、目を丸くされた。無理もない。俺も父上も、必要以上に会話することはなかったのだから。


「内容によっては叶えよう」


 父上の探るような視線が注がれる。ただの子どもの頼みだとは思っていないらしい。それはそれで好都合だった。冗談と取り合ってくれないよりも数倍、希望がある。


「ロイヴァス家の利益にもなるお話です」


 嫌に歴史がある侯爵家の身分を呪ったのは、あの時くらいだろう。成金と呼ばれている男爵家の令嬢との婚約には壁が多い。


 立ちはだかるのなら壊してやろう。

 そう気持ちを込めて、父上と向き合った。


 あの眩い光を、この手に落とすために。

回想、もう一話続きます。

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挿絵(By みてみん)
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