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10 君が狂わせたんだ(※オリヴェル視点)

 イェレナは雪が溶けるように忽然と、俺の目の前から消えてしまった。


 頭が真っ白になった。ちょうどあの時、「婚約破棄したい」と言っていたイェレナを説得するための言い訳で頭の中はいっぱいだった。それなのにその言い訳たちは、イェレナが脱ぎ捨てたドレスを見た瞬間に蒸発してしまった。

 イェレナのドレスを見つけたのはレピスト家の使用人で、知らせを聞いて一緒について来てくれたレピスト夫妻に宥められてどうにか思考を取り戻した。


 イェレナになりすました何者かが残した手紙なんて信じるつもりはなかった。イェレナはきっと、何者かに連れ去られたんだ。婚約破棄をしたいと言っても、俺の同意を待たずに逃げ出すような人ではない。イェレナはそんな人じゃないんだ。


 それなのに、どこを探してもイェレナは見つからず、まるでこの世界から消えてしまったかのように、手がかり一つさえ掴めない。


 早く見つけ出したい。

 日に日に喪失感が増して、苦しくて、しかたがないんだ。一刻も早くイェレナを見つけて、閉じ込めて、満たさなくてはならない。


 そうあるべきなんだ。

 イェレナ、君は俺から離れられない。離れてはいけないんだ。


 俺に全てを捧げると、君はそう言って俺の心を雁字搦めに縛りつけたのに、その誓った言葉を覆すだなんて、許さないから。たとえどのような理由であったとしても。


 そう、イェレナが悪いんだ。

 君が俺の心を乱すから。


 もう紳士の仮面を被って我慢することはできない。イェレナを閉じ込めて、どこにも行けないように、誰にも会わせないようにして、俺だけを見てもらおう。俺のことだけしか考えられないように。


 そうすればきっと、この胸の苦しみから解放される。


「イェレナ……」

「オリヴェル、溜息をするか婚約者の名前を呼ぶか、どっちかにしろ」


 殿下は手に持っていた書類を机の上に置いて不敵に微笑んだ。休憩がてらにからかおうとしている魂胆が見え隠れしている。この厄介な主人の前では気持ちを切り替えたつもりでいたんだが、やはりイェレナのことを考えずにはいられない。


「イェレナ嬢のことで頭がいっぱいのお前を呼ぶのは気が引けたが、そろそろ仕事に戻らないと気持ちが沈む一方だろう?」

「仕事に戻ったとしてもイェレナが消えた事実に苦しめられるのは変わりありません」


 和やかに話していた殿下の銀色の瞳が、すっと細められた。


「ここ数日、妙な噂を聞いたんだが」

「はい」

「年頃の令息たちが一人になったところを狙って数名の不届き者たちが取り囲んで、イェレナ嬢を出せと脅してくるそうだ」

「はい」

「かなり手練れの連中のようで、すぐに姿をくらますから足取りが掴めないらしい」

「それは物騒ですね」

「お前だろう?」

「……いえ、私ではありません」

「言い方が悪かったか。お前の手の者だろう?」

「……」


 殿下はわざとらしく溜息をつくと大儀そうに椅子の背に体を預けた。


「久しぶりに酷い嫉妬だな。学園にいたとき以来か? ことが大きければあの時のようにもみ消してはやれないんだから、ほどほどにしてくれ」


 諫めるようなことを言う口元は笑っている。どうやら殿下はこの状況を面白がっているらしい。


「家臣に王国の平和を脅かされてはたまったもんじゃない。手を打ってやるから大人しくしろ」

「しかし、こうしている間にもイェレナが危険な目に遭っているかもしれません」

「はぁ、あくまで連れ去られたのだと思いたいんだな」


 違う。俺の思い込みじゃない。

 イェレナは連れ去られたんだ。

 あの輝く太陽のような人を傍に置きたいのは、俺だけではないはずだから。


「よし、長年仕えてくれている忠臣のためにここはひとつ、先視をしてやろう」

「……よろしいのですか?」


 殿下は――ガランサス王国の王族は、雪の女神の末裔とされる特別な一族だ。その証拠に王族はみな雪の女神のような銀色の髪と瞳を持ち、女神から託された水晶を通して先視することができる。


「当り前だ。乳兄弟でもあるそなたの苦悩を放っておくわけにもいかないからな」


 殿下は執務机の隣に置いてある水晶台の前に立ち、聖水に浸された水晶を覗き込んだ。


「ふむふむ、失せてはおらんようだがな」

「っ本当ですか?!」

「可愛い家臣に嘘はつかないぞ」


 嘘はつかないだろうが、この一族は総じて悪戯好きなのが難点だ。雪の精霊たちと同じ性質タチで、人を困らせて喜びを感じるきらいがある。きっとなにか企んでいるに違いないが。


「ただし、そうだな。簡単には見つからないようだ」

「俺はどうすればいいですか?」


 いつまでこの渇きに耐えねばならないんだ。


 この四日間でさえ地獄の業火に炙られ続けているような苦痛を感じているというのに。一年も一カ月も耐えられない。ましてや十年や二十年先になるとしたら、もう死んでしまうかもしれない。


「そういえばオリヴェル、お前は猫を飼い始めたと言っていたな」

「ええ、イェレナが消えた日に、拾いました」

「私は猫好きなんだ。会わせてくれたら力になるぞ」

「わかりました。明日には連れて来ましょう」


 殿下は気まぐれだが頼もしいお方だ。殿下のお力があればきっと、イェレナの行方は掴めるだろう。

周囲と解釈違いを起こしているオリヴェル様。

次話、病に至った経緯を回想します( ˘ω˘ )

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挿絵(By みてみん)
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