1 どうして私の名前をつけた?
しんしんと雪が降る夜。
雪のせいで体はすっかり冷えてしまっていたけど、行く当てのない私はとにかく歩くしかなくて。
「あら、こんなところに猫がいるわ」
「汚らしい猫だね。あっちに行きな」
そんな私を道行く人たちは猫と呼び、追い払おうとする。
数時間前まではドレスに身を包んで夜会に出ていたというのに、今や路頭を彷徨う野良猫だ。
どうしよう。
誰も私だと気づいてくれないとなると、魔法を解いてもらえないかもしれない。
このままどうなってしまうんだろう。一生、猫の姿のままなの?
立ち止まって肩(と思われる部位)をがっくりと落としていると、急に体がふわりと浮き上がった。温かいものに包まれてホッとするのと同時に涙が出そうになる。
なんだか懐かしい匂いもして、思わずすり寄ってしまう。
「可哀そうに、こんな寒い日に捨てられてしまったのか?」
どくん、と心臓が跳ねた。
いま一番聞きたくない声が頭の上から降ってきたせいで、戻ってきた体温が一気に引いてしまう。
恐るおそる見上げればそこに、憎たらしいほどに顔が整っている、大っ嫌いな婚約者の顔があって、さらにムカつくことに、たまにしか私を見ない空色の瞳が、いまはしっかりと私を捕らえてるのだ。
オリヴェル様。
それがこの男、私の婚約者の名前だ。
「にゃっにゃにゃっ?!」
彼の名前を呼んでも口から出てくるのは猫の鳴き声で、こんなんじゃなにを言っているのかわかってくれないわね、と再び肩を落としてしまう。
「そうかそうか、それならうちにおいで。ちょうど今夜は、一人でいたくなかったんだ」
オリヴェル様はちっとも猫語をわかっていないくせに、いいように解釈して満足げに頷く。
お気楽な人ね。誰のせいで私はこんなことになったと思ってるのよ!
逃げようとしてもオリヴェル様ががっちりと抱きしめているもんだから手も足も動かない。
「フーッ!」
「怖がらなくていい。お前のことを大切にするから、俺のそばにいてくれないか?」
告白、してるの? 猫相手に?
婚約してから約十年間、一度も聞いたことのない愛の言葉を、猫の姿になって初めて、言ってもらった。
「にゃ……」
信じられない。
もう頭がついて行けない。
「そうか、ありがとう。これからよろしくな」
返事じゃないわよ。「うそだ……」って呟いただけなのに、またもやいいように解釈したオリヴェル様はとびっきりの笑顔を浮かべて頬擦りしてくる。
「名前はどうしようかな」
知らん、放してくれ。
確かに暖かい部屋に入れて欲しいとか、お腹空いたとか思っていたけど、オリヴェル様に叶えてもらうのはごめんだ。
一次欲求に苦しめられようがそばにはいたくない。
逃げる隙を探していると、不意にオリヴェル様は目線を合わせてきた。
「イェレナ」
「にゃっ?!」
「そうか、気に入ってくれたか」
ちがうちがうちがう、びっくりしたから鳴いちゃっただけよ。
仮にも婚約者の名前を猫につけてどうするつもりよ?
「イェレナ、イェレナ……」
これまでに一度も見たことのない、うっとりとした表情で名前を呼んでくるオリヴェル様に、微かな狂気を感じた。
「はやく人間のイェレナも見つけて会わせてあげよう。イェレナ、見つけたらもう、誰の手も届かない所に閉じ込めてあげるからね」
聞き捨てならない言葉を聞いた私は頭の中が真っ白になって、そのまま意識を失った。
初めまして!
冬の魔法世界のお話&ヤンデレなヒーローを書きたくて勢いで書きました。
お付き合いいただけると嬉しいです(*´˘`*)♡
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よろしくお願いします(切実)。