オークと追跡
俺は一直線に次階層の階段へとやって来た。すると、そこには慌てふためく茸人の姿があった。
「茸人……アンネは……」
そう言うと、茸人はアワアワと階段のほうを指さした。
「……そうか。なら、茸人、リストとボスをここまで連れてきてくれないか?俺は先にこの階段の先に行く」
茸人がガッツポーズで走っていったのを確認して、俺は門番の鬼人族の男に声をかける。
「そう言うわけだ。先に進ませてもらうぞ」
「……事情は分からんが、承知した。お連れの者にも、そなたが先に行った事は伝えておこう」
俺は男が開けた扉を抜け、次の階層へと進んだのだった。
階段を上ってしばらく、そこは今までの森といった様相とは異なり、巨大な沼地のようになっていた。
「さぁ、行くぞ」
俺は自分にそう言い聞かせ、はやる気持ちを抑えてあたりを見回した。
「っ!ッ畜生。あいつら、どこ行ったんだ!」
俺は猟師でも暗殺者でもない。鋭敏なオークの感覚は、生物の痕跡を拾いはするが、それがあの冒険者やアンネの物であるかは確証が持てない……いや、違う。たった一つ、たった一つだけ、意識して嗅いだ物……しかも、オークの本能に直結する物が一つある。
そして、それは今でもアンネが身に着けているもののはずだ。
「シィラの実のロケット……」
俺は改めて注意して匂いを嗅ぐ。そもそも、オーク避けに用意した物だったため、黒き茂みの森を抜けた段階で中身の補充をしていない代物ではあったが、その残り香は犬以上の嗅覚を持つオークなら、僅かに感じ取ることができる。
俺は嗅ぎ分けたロケットの匂いを追って、ゆっくりと動き出したのだった。
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「それにしても、沼地も久しぶりね」
「ん?嬢ちゃんはこの階層に来たことがあるのか?」
ふよふよと浮く私に声をかけた冒険者……このパーティ一番の年かさで、40台ほどの見た目をした壮年の男の言葉に、私は胸を張って頷いた。
「そりゃ、私はもともと塔の出身だしね。一応40階層まで上がったことあるわよ」
まぁ、何度もモグモグされたうえ、塔の住人ということでボス戦を免除してもらって(というかボスと仲良くなって通してもらって)何とか40層という所だが。
「そりゃすごいな。40階層ってことは、オーク級程度の実力は保障されてるってことだろ?」
「え?そうなの?」
詳しく聞くと、賢者の塔は昇級試験に使われたり、登った階層に合わせて初期の等級を底上げできる制度があり、簡単な試験はあるものの、40階層を越えられるようならオーク級くらいには匹敵するらしい。
「へーそうなんだ」
「そうなんだじゃないんだが……まぁいい。それじゃぁ、この沼地のことも知ってるんだな?」
それを聞いて、私は自信をもって頷いた。
「そりゃ勿論よ!この沼地は妖精村の次の階層だし、竜のじーじのところに行くために結構通ってたのよね。注意するべきなのはやっぱり沼地よ。私は羽根があるからあんまり関係ないけど、偶に底なし沼もあるから、基本沼にはいっちゃ駄目よ。あとは、モンスターだけど……」
私が解説を始めると、冒険者達はうんうんと頷いて聞いていた。
「なるほど。つまり、この階層からは、敵の魔物というよりは、特殊な地形での対処法を重視したほうがいいってことだな」
そう言うと、冒険者達は慎重にあたりを見回した。
辺りはもうすでに泥と僅かな木々、そしてその木々の立つ茶色の陸地程度しかない。
と、その泥の先からなにやらこぽこぽと気泡が湧き出していた。
「ん?なんです、あれ?」
それをいち早く見つけた魔術師の男がそう指をむけたことで、前衛の女戦士がそちらに体ごと視線を向けた。
本来なら全く問題のないはずのその動きは、しかし大きな変化をもたらした。気泡は大きな泡に変わり、そして急速に数を増やしながら、アンネ達の近くまで向かってきた。
そして、次の瞬間、人間を一吞みにできそうな丸々とテカる巨体が冒険者達、特に先ほど視線を向けた女戦士目がけて襲い掛かって来たのだった。
「!なんだこいつは……龍、か?」
何とか全員の退避を確認したリーダーが発したその言葉は、確かにと同意できるものではあった。
その生物を無理やり分類するのならば、龍と言っていいのだろうか。体躯は龍というには丸く、しかし滑らかな鱗とその巨躯、それに、口に携えた立派な髭が龍の風格を表しているようにも思える。
そんな不思議な生物だったが、アンネにはその魔物に心当たりがあった。そして、それはアンネが村で口を酸っぱくして言われていた注意すべき魔物として、であった。
「……あれはもしかして、大鯰!?」
その言葉に呼応するように、大鯰がその巨躯をうねらせたのだった。
☆ドワーフフィッシュ ランク オーガ級
その長い二本の髭と大地を操る力からドワーフフィッシュと呼ばれている沼地の魔物。ランク自体はオーガ級であるが、戦闘する場所は一般的な冒険者にとっては戦いにくい地形であることから、油断して返り討ちにあうものが多くいる。




