死にました。
漸く本編スタートです。
「ここは……病院じゃ、ない?」
気が付くと、俺は見知らぬ場所にいた。見渡す限り広がる白い原野は、よく見ると綿のようにたゆたっている。そう、雲の上に立ったならばこんな光景になるのかもしれないと思える光景だった。
「聞こえますか?揺蕩う魂よ」
ふと気が付くと俺の背後に女性が立っていることに気が付いた。その姿は俺の大きさの倍近い背丈をした女性だ。その巨大さを除けばその見目はとても美しく、胸元を大胆に開いたドレスのような衣装にドキッとしてしまう。
慌てて目線を下げ声を発しようとして気付く。声が出ない、それどころか、視線の先には体と言えるものがなかった。
「そう恐れる必要はありません。あなたは死に、ここに呼ばれたのです、言葉を発する必要はありません。話そうと頭の中に思い浮かべれば伝わります」
俺はどれだけ混乱していたのだろうか。少なくとも何度か目の前の女性が同じことを繰り返して俺に伝えていたような気がする。
正気に戻ってすぐ、俺は彼女に頭を下げた。
「すみません。取り乱してしまって」
「いえ、この世界に来る魂は、不幸にも天寿を全うせずに、死の覚悟など何もなく肉体から離れた魂ばかりですから、動揺し、混乱し、錯乱する魂はありふれたもの。気にしてはいませんよ」
それを聞いて、俺はやはり死んでしまっているというのを改めて自覚し、心身状態が不安定になるが、一通り動揺した後だったからか、発狂することなく彼女に向き合った。
「それで、あなたは誰で、私はなぜここにいるのでしょうか?」
「それは、あなたにご褒美を上げるためです」
唐突なご褒美という言葉に頭を捻る俺に、彼女はにこりと微笑み俺の顔を見て言葉を紡ぐ。
「私の名前はカオス。あなたが今まで生きていた世界を管理する神の一人。私の望みはただ一つ。世界が生き生きと動き、混ざり、劇的な変化を迎えること。あなたはそれを成し遂げ、世界はまた一つ躍動したのです。その褒美として、あなたには新たな生を授けます。あなたの望みを一つ叶えましょう。そしてその特別な力を持って、次の生でも世界に躍動をもたらしてほしいのです」
「……いや、身に覚えがないのですが、記憶の限りじゃ、俺ただの病気がちの学生でしたよね?世界を揺るがす発見も発明もしていないはずです。人違い……とか?」
俺は生前、良く風邪を引いたり、病院に定期的に通院するような病弱さを除けば、ごく一般的な学生だった。学生運動をしたり芸術の道に進んだりもしない。
勿論海外の大学に入ったり論文を書いたりもしたことがない、むしろ健康面のせいでバイトなどは人よりも少なかったし、部活動なんかも参加できなかったくらいの、クラスに一人いても気づかれないくらいの人間だった。
さらに言えば、俺の死の原因もその病気……のようだ。
大学2年の期末試験の時に無理をしすぎて病院に搬送され、そこでこじらせた風邪がもとで朦朧とした中で意識を失ったのが俺の最後の記憶だった。
「いいえ、あなたで間違いありません。まあ、あなたのような死に様なら、確かに私の言うことにも疑問符がつくかもしれませんね。
あなたが世界にもたらした変化は、まさに劇的、数多くの人が死に、世界を変容させたのです。つまるところあなたが死ぬ直前にかかっていた病気、本来は多少の熱を引き起こすだけだったそれは、あなたの病弱さ故に長い間生き残り、そして驚異の殺人ウイルスに変異したのです。その結果、世界の4割の人口が死に絶え、感染性を拡大させたウイルスは他の生物にもかかり、数億の命を奪いました」
「ちょっ……嘘だろ!?」
そのことを聞いて、俺は愕然とした。俺が病弱なせいで、そんな危険なウイルスが拡散するなんて信じられない。
「いいえ、あなたがいたからこそ、世界は新たな段階へと向かったのです。世界は流動、世界は不変。どうかあなたにはもっと混沌を齎してほしい。だからこそ私はあなたをここに呼んだのです。ご褒美と、お願いをするために」
再びの混乱。しかし、今度は錯乱まではいかず、打開策を探すために頭をフル回転させる。
「……女神……様、もし俺が病弱じゃなかったら、俺の病気は殺人ウイルスになってなかったんですか?」
「なっていなかったとは断言できませんが、少なくとも、あれだけ劇的な世界の変化を、劇的に、かつ大規模に起こすことは、まずなかったでしょう」
「……そうですか」
それを聞いて、俺は彼女に向き合った。
「なら、俺は病気にならない体を望みとして願います!俺が掛かった病気で誰かに迷惑がかかるなんて、もう耐えられない!」
それを聞いて目を見開く彼女は、しかしすぐさまニコリとほほ笑んだ。
「分かりました。それでは、転生先の世界でも、劇的な変化をもたらすことを期待しています。揺蕩う魂よ。あなたの来世に幸あらんことを。病なき種族の肉体を持ち、世界に混沌を齎す存在にならんことを」
「……今、なんて」
最後の最後で爆弾発言をかました彼女への問いかけも空しく、俺の意識は急速にほどけて行くのだった。
カオスさん「まあ、人間種で病気ゼロとか、ありえませんよね。オーク種ならば、全ての病気にかからないという特性を持っていますし、身体の構造も人間に近いので適任でしょう。本来は同種族への転生でなければロスが大きいのですが、まあ、あれほどのことをしてくれた方なのですからこれくらいのサービスは構わないでしょう」
感性と嗜好はずれてるけど基本的に(本人的に)善良な意志で動く邪神カオス様です。分類は古代神。




