トカゲと植物と粘体
「はい、許可貰ってきたわよ。とりあえず10匹からね」
そう言いながらかえってきたアンネとニコットの後から、ドサドサと何匹かのトカゲの魔物が……トカゲ?
それは、大雑把に見てもとてもトカゲには見えない存在だった。そもそも毛深い。
見た目はおおよそサイに似ており、赤銅色の体毛から鼻先とその少し上に盾に連なる様に二本の角が生えそろっている。
「……なぁ、アンネ。なんか注文と違うんだが」
そう言う俺をしり目に、リリスウェルナ様が感心したようにその魔物に近づいて撫でまわした。
「なるほど、流石に竜帝と言われて調子乗ってるだけあるわ。確かにこの子は都合がいいわね」
魔王たる彼女にとっては、丁度良かったらしい。……なんなんだこいつ?
無言でアンネに説明を求めると、アンネは手を広げて経緯を話し始める。
「えっとね、竜のジージにいろいろ説明して交渉したら、『黒き茂みの森辺りなら、ここらが適任じゃろう』ってこのドラゴライノを召喚したのよ」
「ドラゴライノ、って言うのか、こいつら」
おとなしく草を食んでいるドラゴライノ達を見ながら、俺はその毛並みをなでる。直後、天地が逆転した。
「うおっ!?」
「あ、危ないわよ!一応簡易の従魔契約してるから私の命令はある程度聞くけど、ほぼ野生と変わらないんだから!」
「お、おう」
どうやら服の袖を咥えられ、引き倒されたらしい。アンネが止めたのか、それともそもそもがそこまで狂暴でないのかは知らないが、それ以上の攻防は無く、のんびりと草を食むドラゴライノの横で俺は立ち上がる。
俺はオークの中では割と軽量だと思うが、それでもオークを引き倒すとなるとかなりの力持ちだ。
ドラゴライノを見ると、リリスウェルナ様が頭を撫でながら言葉を続ける。
「ドラゴライノはカトブレパスがドラゴンの魔力に影響された魔物。草食だけど縄張り意識が強く、その強靭な肉体は殆どどんな魔物の攻撃も受け付けない。その代わり石化の能力は失われているけど……今回の場合は特に問題ないわね」
「カトブレパスって言えば、確か……」
それを聞くと、アンネが大きく頷いた。
「確か、グォークには話したことがあったわよね。そうよ。火竜山脈と、黒き茂みの森の間に住んでるやばい魔物よ」
なるほど、つまり、ドラゴライノを据えれば、火竜山脈方向から変化したドラゴライノが下ってきたということにできるわけか。スライムも生息しているし、ニコットに関しては結局出所不明にはなるが、一応トレントなんかはこの森にもいるし、何だったら出戻りしたオークが謎の種を植えた、みたいなほぼほぼ真実を流布したって構わない。
つまり、比較的納得できる形で、生態系の変化を説明できるということだ。
「確かに、それならありだな」
そんなわけで、俺は随伴していた兵士を振り返った。エッセン卿?彼は結局新たな魔物を抑止力として新たに黒き茂みの森外縁部に定着させるという話が出た後、街へと帰っていった。そもそも彼としては、紅薔薇ことリリスウェルナ様と敵対することを何よりも恐れたがための何を捨てても飛び出してきただけの話であり、アンネの準備や交渉次第で数日経ってしまいかねない状況で彼にできることはほぼ何もなかったのである。
まあ、それでも自領にほど近い場所に厄介な魔物が出現するとなれば気になるのは間違いないようで、滞在の計画を立てていたのだが、リリスウェルナ様の「領主たるものがこんなところで時間をつぶしてはダメ。森の魔物の管理は魔王や魔物たちにしかできないのだから、あなたはあなたの領地や国での新体制の周知徹底のための仕事を進めて」という言葉と共に無理やり送り返してしまったのだ。
まあ、実際足手まといであったことは否定の仕様がない。そもそもエッセン卿は別に戦闘要員でもないし、魔物の誘導や招致はそれこそ魔王であるリリスウェルナ様や特殊な伝手を持つアンネくらいしか対応できる存在はいないだろう。
というわけで、ここに残った兵士は結局どうなったかをエッセン卿に伝えるメッセンジャーということになる。
「ちょっと予定は変わったが、一応これで生態系の面はクリアだな。後は、ニコットに手伝ってもらって、オーク達をユグドラヘイムに移住させればいいわけだ」
まだ始まりに過ぎないが、少し進展したことを思うと、なんとなく達成感がある。とはいえ、現在こちらに向かってウリエラを始めとした別働組が動いているころだ。結局ネタ晴らしするにしろなんにしろ、ウリエラたちが到着した後まで移住計画は一時凍結だ。それくらいならリリスウェルナ様が手を回してくれるのと、ボスの命令権と俺の知能向上魔法を使えば、新集落辺りまでは誘導できることが分かっている(ただし、現在新集落はリナが所属していたゴブリンの新拠点になっているのでそっちには誘導しないが)
とりあえず前のオークキングの集落があったところ辺りを目標にしつつ、移住の準備をひそかに進めていこうと思う。