少女と決断
「……来たわよ」
アンネさんのその一言で全体に緊張が走ります。
目視や聴覚での索敵はアベルさんの方が良くできるそうですが、魔力による感知では圧倒的にアンネさんに分があります。
ただし、アンネさんでも魔力で人権印章があるかどうかは判別できないので、攻撃の合図はアベルさんに任せています。
「あれは、ゴブリン……20!?それに後ろにヒュージセンチピードがいるっす!逃げてるわけじゃなくて従えてるっぽいっす」
「センチピード。大ムカデか。アンネ、ここらに虫系の魔物を調教するゴブリンの集落はあった?」
アリシアさんのその言葉に、アンネさんは首を振って否定します。
「分かってるでしょ?聞いたこともないわ、そんな部族……。とりあえず、警告するわ」
そう言って、アンネさんは閃光球をゴブリンたちに放ちました。多少乱暴な方法ですが、殺傷能力のない魔法を相手に向けるのは、冒険者たちがそこそこ頻繁に使う威嚇方法らしいです。
そもそも権利部族や人権印章を得た魔物だと、自分がただの魔物だと思われていることを察した場合、何らかの反応をするはずなので、こういった威嚇は相手が人権持ちか否かを判断するのによく使われるのだそうです。
一瞬目を閉じ、そしてすぐに目を見開く。すると、ゴブリンたちは目を光に潰され、混乱しつつもなお前進し続けます。
「こちらの位置も光で示し、光という非殺傷の魔法での威嚇も無視。……というか、権利勝ち取れるくらい知能があるなら、突然の光の中で走り続けないわ。アレは権利種族じゃないわね。知ってたけど」
「よし、行くぞ!」
アリシアさんの一声で全員が大きく跳躍します。何はともあれ、20匹のゴブリンは多すぎです。接近しきる前に何匹か倒しておかないと被害が出てしまいます。
「はっ!」
私が弓を何本か射っている間に、アンネさんとニコットちゃんも攻撃を始めます。
「行くわよ!レイッ!」
「いっけー!株分け軍団!」
アンネさんの魔法は先ほどの光と似たような始まりでしたが光が拡散しないで一直線に敵に向かってゴブリンに向かっていきます。一方のニコットさんは、大量の小さなマイコニドを突撃させていきました。
アンネさんの光はゴブリンの一体の胸を焼き、貫通させ、それが致命傷になったようでそのゴブリンが倒れます。その横を通り過ぎたマイコニドさんたちは、すぐさまセンチピードに取りついてその動きを妨害します。本来膂力に優れた種族というわけではないので苦戦しているようですが、それでもマイコニドたちはセンチピードの動きを鈍らせているみたいです。そうすると、ゴブリンたちはセンチピードを降りてこちらに向かってきました。遠目で見る限りですが、突進性こそセンチピードが勝るものの、機動力という意味ではゴブリンに軍配が上がるようで、マイコニドの猛攻をうまく潜り抜けて私たちの方に向かってきます。
「っす!俺たちは、センチピードの方に行くっすよ!そっちは任せるっす!」
「了解!」
そう言って、アリシアさんとアベルさんはゴブリンを剣で威嚇しつつセンチピードの方に向かっていきます。
通り過ぎていった二人を攻撃しようとしているゴブリンに、センチピードに群がっていたマイコニドたちが翻って妨害を始めました。
「やっ!」
私は足止めされているゴブリンに向かって弓を引き絞ります。一射、ニ射、三射。数が多いものの、ゴブリンの防御は脆く、次々に弓の一撃で倒れていきます。
もう、ゴブリンの数も半分になったころ、私よりも後ろで魔法の光を放っていたアンネさんが、突然大声を上げました。
「はぁ!何言ってんのよ!ちょっと、今こっち戦闘中よ!あぁ!待って!」
そんな風に何か言い合っています。恐らく念話で、相手は……グォークさんたちでしょうか。もしかしたらジュモンジ様の方でも何か切羽詰まったことが起こったのかもしれません。
私は、心の中で頬を叩きます。
「アンネさん!そのまま話していてください!ゴブリンは私が倒します!」
そう言って、また二匹のゴブリンに矢を浴びせかけました。
「……っもう!!」
そう言いながらも、アンネさんは再び魔法を放つのではなく、やや後退して何かぶつぶつと話し始めました。
私は更に弓を射ます。どうやら、ゴブリンたちも次々と射られていく仲間を見て気後れしているようです。正直、一斉に襲い掛かれるのが一番困るので助かるところではあります。
残ったゴブリンは7匹。センチピードはどうやら4匹まで減っているみたいです。流石にアリシアさんとアベルさんはふんできた場数が違いますね。囲まれないようにうまく立ち回って、魔物を返り討ちにしているみたいです。
私はちらりと周囲を確認しました。ゴブリン7体はじりじりと後ろに向かっています。機を見て逃げたいのかもしれないですが、アリシアさんとアベルさんがいるので逃げるに逃げられないと言った感じの様です。
そのアリシアさんとアベルさんはセンチビード相手に絶妙な立ち回りで戦っています。恐らくあと数分で決着がつくでしょう。
それと、アンネさんは後方でお話し中。完全にフリーで……
「!?」
私は思わず振り返ってアンネさんの上を見ます。そして、今の状況を思い出して再びゴブリンの方に向き直ってそちらに弓を構えました。
今度はじりじりと近寄ってきていたゴブリンたちは、再びバッと飛びのきます。
私は、先ほど見えた光景を思い出しながら、もう一度アンネさんの方を盗み見ます。私の視線の先、アンネさんの頭上に、気に隠れるように女性の顔が見え隠れしていました。あれはいったい誰なのでしょうか?
私は静かに頭の中で考えます。
あれが味方なら構いません。ですが、敵ならばこれ以上ないほど厄介です。アンネさんは実力という意味では今いるメンバーの中で一番だと思いますが、耐久力という意味ではこの中で一番低いです。不意打ちをされてしまえば、抵抗する間もなくやられてしまう可能性だってあります。ですが、あれが権利種族だったら?そう考えると、弓を構える手が震えました。
……違う、そうじゃない!もしここにいるのがサスティナ様だったらどうする!何よりも優先する仲間たちのために、真っ先に行動するあの方なら!
私は静かに弓を引き、そしてすぐさま振り向いて弓を放ちます。
「っつ!?」
慌てて飛びのいたアンネさん。その先のいた女性が、アンネさんに向かって飛び込んできました。
そして、その眉間に間髪入れずに射った二発目の矢が吸い込まれていきました。
「……アラクネ!?」
私は決めました。私の大切なものを守れるなら、出来ることを全てして、地獄で笑おう。と。
覚悟ガンギマリ幼女爆誕