弓の少女と剣と盾
「よし、行くぞ!」
そんな掛け声とともに、盾が光り、巨大な猪の魔物がその盾にぶつかられてひっくり返り、じたばたともがいていました。
でも、そんなひっくり返された状態が放置されるはずがなく、私の弓とアベル先輩の剣が次々と大猪の体を傷つけていきました。
そして、私達が見ている間にその声はだんだんか細くなっていき、とうとうピクリとも動かなくなります。
「……」
「よし、これでいいな」
そう言ったアベル先輩が、私を心配そうに見つめました。
「?どうした、ウリエラ?」
「い、いえ」
そう答えた私の様子を見て、アンネさんがアベル先輩の頭をぽかりと殴ります。
「あのねえ、もうちょっとデリカシーとかないの?」
その言葉に、アベル先輩とアリシア先輩がそろってなんだかわからないみたいな顔をしていました。
「……まあいいわ。少し休憩を入れましょう。ほら、暖かい飲み物も用意するから」
そう言うと、まるで私に大猪を見せないようにするように、アンネさんは私を少し離れたところに誘導します。
アンネさんは小さいニコットさんに指示を出して、コップと何か茶色い粉、それに何かの乳を取り出して、温め始めました。
「あんた、ちょっと怖かったでしょ」
その言葉に、私はアンネさんが何を言っているのか分からず、思わず首をかしげました。確かに私は少しもやもやした気持ちを感じていましたが、それが怖いという感情に結びつかなかったのです。
「サスティナに聞いたわ。生贄にされかけていたあんたを助けて、それからも竜帝様から稽古をつけてもらったり、ジュモンジ様達と勧善懲悪の魔物討伐行脚をしてたらしいじゃない」
そのことに頷くと、アンネさんは温めている飲み物をかき混ぜながらぽつりとつぶやきました。
「あんまり好戦的じゃない魔物を倒したの。今回が初めてでしょ」
それを聞いて、私ははっとしました。確かに言われてみれば、今までの相手は殆どすべてこちらを見るなり襲い掛かってくるような魔物たちでした。つまり私は、必ずしも敵対しない相手を殺してしまったことに拒否感を感じている、という事?
その考えは私の中にすとんと堕ちました。確かにそれは、とても嫌です。だって……。
「もしかして、生贄を求めて来た魔物と自分が同じ何じゃないかって思ってる?」
そんなアンネさんの声に私はビクリと体を震わせます。だって、それは私がさっき思ったこととほとんど同じだったのですから。
その様子を見て、アンネさんは飲み物を取り分けて私に差し出してきました。
「はい、飲みなさい」
言われるままに口に運ぶと、ほろ苦い何かとそれ以上に甘ったるい香りが喉を駆け下りていきます。思わず熱さに口を話した後、再び口を寄せると、アンネさんが少し困ったように笑いながら自分もそれに口をつけていました。
少しだけ始まった沈黙の時間。でも、そんな時間の間に私の心は少しだけ落ち着いていきました。
甘味を飲んだことで、そして自分の心を察したうえで何も言わずに静かに待ってくれるアンネさん。それは、殺しという冒険者にとって避けえない事象を飲み込もうと思うには十分な希望でした。
「あなたは、それでもいいんじゃないかしら」
だからでしょうか、そんなことをいきなり言われて、私は思わずそちらを向いてしまいました。
「え?え、でも、いや」
そうどもると、アンネさんは「真面目ねぇ」とからからと笑いました。
「あのね、誰だって好きで殺しやってるわけじゃないのよ。……いや、まあ、あんたのとこのパートナーとかは多分嬉々としてやってるんだろうけど。でも、別にあんたがやりたくないならやらなけりゃいいのよ。幸いなことにあんたマンティコラ級でしょ?なら本当に自分で殺して良いと思えるくらいの相手だけをえり好みできるくらいの立場よ。それでも命を奪いたくないと思うなら、賢者の塔に登ればいいのよ。あそこは実質住人死なないから、いくら戦っても安心よ」
そう言うアンネさんは、それに、と続ける。
「あなたのパートナーは笑いながら弱いものを食い物にするあなたを喜ぶかしら?きっと違うわ。あなたは何のために戦うか。それが大事よ。……って、これ大猪関係ないわね」
そう言ってタハハと笑うアンネさんに、私は首を横に振った。
「いえ、ありがとうございます」
そうだ。私はジュモンジ様やサスティナ様と一緒に過ごす中で、忘れてしまっていた。もちろん修行や訓練は続けていたし、手を抜いたことは無いけれど。心のどこかで、ジュモンジ様やサスティナ様に守られている安心感を感じていた。今回だってそうだ。アベル先輩やアリシア先輩が大猪を狩ったのは食料にするためだ。そこに私の攻撃も加わっているだけで、実態は旅の最中、いつの間にか食事時にきれいにした処理されたウサギなどを持ってくるジュモンジ様や面倒だからと旅先の宿屋で大きな魔物を捌かせているサスティナ様と同じなのだ。
「……分かりました!これから一層、頑張らなきゃですね!」
「えt?なんでさっきので奮起するの?こわっ」
なんだか小声でよく聞こえなかったけれど、これからも頑張ろうと心機一転したのでした。