オークと作戦会議
俺たちは、車座になって話し合いを始めていた。なにしろ、リリスウェルナ様が危惧するほどの大ごとだ。ある程度準備してきたこととはいえ、「はいそうですか、大変ですね」とオーク達を移住させるわけにはいかなかった。
「一応確認しとくぞ。オーク達を移住させるには、オークに変わる何かを抑止力として置いておかなくてはならない。その際リリスウェルナ様が用意したと思われるような形でなく、あくまでも自然に出現した、あるいは自然に出現したとしても不自然ではない程度の状況としなければならない。こんな感じで良いか?」
俺の確認に、リリスウェルナ様は難しそうに顔をゆがめた。
「それでは確認事項が足りないわね。まず、オークの抑止力の対象は二つ。一つは魔物に対するもの。黒き茂みの森は大量の魔物たちがいるけれど、頭でっかちの所と違ってこっちはまっとうな生態系を築いているわ。それ故に、魔物の大量発生もする。そんなとき、ある程度大きな力で増えすぎた魔物を除くことができて、大量に増えたところで、簡単に数を減らす、そんな魔物が外縁部にいることで、人間への被害を抑えている。
そして、もう一つが人間へのけん制。魔境である以上、手軽に入られてしまっては魔王という存在の威厳もなくなるし、実力の伴わない者が魔境に入るのは自殺と変わらないわ。つまるところ、オークをあしらえることが黒き茂みの森へ入るための試験ということね」
そう言い切ったリリスウェルナ様に、エッセン卿が悩みつつも言葉を紡いだ。
「ふむ、魔物側の事情については、我らはどうにもできぬな。だが、人間へのけん制に関しては我らも手を貸すことができるんだろう。少なくとも、魔王様を敵に回すよりは手伝って心証を良くした方が良いと考える程度には懸命なつもりだ」
そう言うと、後ろの兵士たちを振り向きつつ、言葉を選びながらリリスウェルナ様に話かけていく。
「我らの領の兵であるなら、オーク級に対応できる者が正規兵の最低ラインとなっている。とはいえ、逆にオーガ級に至っている者は少ない。ほとんどがオーク級の戦力ということだ。そして、冒険者は常在している者はオーク級以下が殆どで、領を通過する冒険者はシーサーペント級以上が多い印象だ。少し前にジュモンジ殿が来られていたが、それは例外中の例外だな。
それと、ある程度の被害が出たとしても、森を出ない確証があるのならば各方面への説得も可能だ。流石に、森を出る可能性が高いとなると領主として動かざるを得ないが」
そう言うエッセン卿の答えに、今度はボスが口を開いた。
「魔物側、となると、相手にするのはゴブリンとアント等ですかな?どちらも繁殖力が高い魔物ですが、オーク級であればどのような魔物でも目的は達成できそうですな。繁殖力が弱いともう少し力を持つ物の方が良いかもしれませぬが、あまり数が増える魔物だと逆に増えたその魔物が人間を襲いそうですな……」
「動く木、あれはどう?」
ボスの言葉を受けて発せられた蘇芳の言葉に、俺たちはなるほどと手を叩いた。確かに、あれはオーク級程度の実力があり、相手を感知できれば攻撃を仕掛け、そして植物のように根を張っているため、おいそれと移動することもない。今回の話にぴったりだ。
「あぁ、あれはダメね。正確に言えば、今のオークがいる場所の代わりにはならない」
そう言ったリリスウェルナ様に聞くと、少し申し訳なさそうにその理由を説明する。
「さっきオークを黒き茂みの森へ入るための試練と言ったけれど、人間たちが完全に通行できないようになるのも避けたいのよ。トレントは確かに封鎖には向いているんだけれど、封鎖に使うためには周囲の森の半分以上がトレント、みたいな状況じゃないと封鎖にならないわ。そして、それをすると、一般の冒険者が周囲全ての木から襲撃を受けることになるのよ」
「……それは、なんというか、今のオークを搔い潜って森の奥へ進むよりも厳しそうだな」
そういうこと、とため息をつくリリスウェルナ様に、俺は腕を組んだ。
要するに、人間に対しても脅威だが縄張り意識が強いオーク級の魔物で適度な繁殖力のもの、しかも、出来れば知識や実力があれば戦いを避けられればなおよい……。
俺は考えて、ちらりとニコットの分身体を見る。
「分身能力や対応能力だけならニコットもいい所まで行きそうなんだがな」
ニコットは非常に高い分身能力や再生力を持っており、基本的に滅びるということが無い。そして、大量に集まることで魔力を吸い尽くし、その魔力を糧に分身を増やしたり、自身の魔法を使うときのエネルギーとして使用することができる。そして、ニコットに紐づけされているため、冒険者を襲うも素通りさせるもニコットの匙加減で何とかなる面がある。まあ、尤もそうなると、ニコット自身にある程度継続して管理をお願いする必要があるし、彼女自身は殲滅力がないのでこの場で即決というわけにはいかないが。
そんな風に考えていると、集落の奥から一匹のゴブリンが姿を見せた。身構える領主一行だったが、他のメンバーは落ち着いたものだ。
「もしかして、新集落の?」
「族長、レビアド」
俺の言葉に、蘇芳が答えた。どうやら、新集落にできていたゴブリンのコロニーはリナがボスが蘇芳と共に抜けるということで、新しく族長を選んだらしい。そのゴブリンは俺たちに向かって頭を下げ、言葉を発した。
「魔王サマ、グォークサマ、ヒサシク、ゾンジマス」
「久しく……あぁ!もしかしてリナと一緒にいた取り巻きの!」
考えれば族長候補だったなら前族長だったリナの近くにいたわけで、このゴブリンと俺は実は前からの知り合いだったようだ。ついでなので、俺はレビアドにこの森の近況を聞くことにした。
「チカクノ魔物……オーク、ワレラゴブリン、トレント、アント、ヴァイパー、フライングアイ、スライム、サラマンドラ、名前シラナイケド、クモ、ソレトイノシシ、シカ」
結構種類がいるようだ。魔物も人間も相手にするなら、どちらかというと肉食の魔物の方がいいだろう。そうでなければ冒険者に逃げ出す可能性もあるし。そう言う意味ではハイドスネークの上位種を……と考えたが、例えユグドラヘイムに家出しているフォーチュンバイパーにそれらを呼び出させたとしても、危険度的にどうだろうと思い至る。
やはり、冒険者相手がネックだ。冒険者が踏み込むのを躊躇う強さのだが、縄張りからは出ない丁度良い魔物と、ザコ魔物を簡単に屠れるほどの勢力を拡大できる魔物、だとどうしてもそれに合致するものが思い浮かばなかった。アンネの知恵に頼ろうと思っても、今は別行動中だ。
「……いや、ちょっと待てよ」
俺はふと思いついたことを口にする。
「なあ、これって、別に一種類で対処する必要って無いんだよな。要はオーク級冒険者くらいの実力で奥深くまでは入れないようにするって言うのと、中にいる魔物を出さないようにするって話なんだから、それぞれが別の魔物が対応してもいいわけだよな?」
「それはそうだけど、そうそう都合よく2種類も魔物を入れることができるかしら?それにお互いの影響を考えなくちゃいけないわよ」
俺の言葉に反論したリリスウェルナ様の言葉を受けて、俺は一つの考えを答えたのだった。




