魔王と領主
「あ、グォーク君!助けて!」
呆然と見ていると、それに気づいたリリスウェルナ様が余裕なさげに俺に声をかけて来た。
「えっと、これ、どういう状況なんですか?」
俺がそう言うと、リリスウェルナ様は困ったように唇に手を当てながら、後ろの死屍累々を見下ろした。
「それが私もさっぱりなんだけれど、オークたちを攻撃していたからちょっと気絶させて止めてたのよ。一応人間たちとオーク達が敵対関係にあるのは分かってるから、気絶で済ませているんだけど、帰ってくれないし」
そう言うサスティナ様の前に慌ててエッセン卿が飛び出してきた。
「皆の者!すぐさま武器を捨て、跪け!この方は偉大なる魔王!リリスウェルナ様であるぞ!」
そう言うとエッセン卿自身も土に頭を付け、土下座を始める。
「この度は、こちらの兵士が失礼した!私が指示したことだ、弁明の仕様もない!どうか、責任は私の命で勘弁してほしい!」
その言葉に、一旦面食らったような顔をしたリリスウェルナ様だったが、気を取り直したのか顔を厳めしく装ってエッセン卿に語り掛けた。
「顔を上げてください。そちらの謝罪を受け入れます。しかし、あなたの命は受け取りません。私は愛と繁栄を司る魔王。悪戯に命を奪うことを望みません。あなた方がやむを得ない理由によって討伐隊を編成したことも想像できます。それゆえ、此度はお互いの被害を水に流し、手打ちとしようではありませんか」
「お、おぉ、温情感謝いたします」
そう言って首を垂れるエッセン卿に、リリスウェルナ様はもう一度声をかけた。
「それで、あなた方が討伐隊を編成した理由を教えていただけませんか?いかなる理由があって、この森に攻め入ったのか。場合によっては魔王、リリスウェルナの名において動くこともやぶさかではありませんが」
「……それは」
エッセン卿がおずおずと話し始めると、リリスウェルナ様が困ったような顔を俺たちに向けて来た。彼女的には俺との約束とエッセン卿への協力が矛盾する形になるから、どうすればよいかと考えているのだろう。
「……グォーク。彼らに話しても良いですか?」
「?、ええリリスウェルナ様が知っていることなら……でも、何を?」
俺がよく分からないまま肯定すると、リリスウェルナはエッセン卿に対してこう切り出した。
「人間よ。そこのオークグォークは、オークに人間のように考え、自分なりの生活を出来るようにするための方法を模索して森を飛び出したオークです。つまるところオークの知能を上げるために旅に出た者。彼が帰ってきたという事はそれはそのようにオークに知恵を授ける目途が立ったという事。
人間よ。彼らを信じて、もう少しだけ待ってくれませんか?そうすれば、人間とオークの不可侵条約すら締結できるかもしれません。その間の両者の衝突は私が間に入りましょう」
そう言ったリリスウェルナ様に、しかしエッセン卿は苦渋の顔で頷いた。
「しかし……いえ。リリスウェルナ様のご配慮に感謝します」
「?何ですか、言いたいことがあれば遠慮なく言いなさい」
「……ならば、この首一つで不敬をお許しいただけますか」
その言葉に少し不快そうにうなずいたリリスウェルナに、エッセン卿が吐き捨てるように諫言した。
「知能を持ったオークが放っておいたら出現する、それは我が領にとってマイナスです。不可侵条約を締結できる?えぇ、できれば結構ですね、出来れば!できなければ狡猾になったオークが付近の集落を襲うようになるでしょう!我々は現状オークの一匹や二匹なら返り討ちにできますが、それが徒党を組んだら?知恵を使って、罠をかいくぐったら?失礼ですがリリスウェルナ様、あなたは魔物だ、それ故に私たちの恐れを完璧に理解することができないのです!あなたが善意でこれを提案してくれているのは、分かります。何しろ、あなたがその気になったなら私たちを存在ごと消してしまえばそれで済む、だから、今提案されているこれは、かなりの譲歩なのでしょう!ですが、我々が安心するにはそれでは足りないのです!」
そこまで言い切ってゼイゼイと息を吐くエッセン卿は懺悔するように首をリリスウェルナに差し出した。
「私の思いは以上です。さあ、一思いに……そして、出来ることならオークに知恵を授けるのを止めていただきたい」
そんな男の言葉に、リリスウェルナが麗人の様相を変えないまま目だけが助けを求めるようにきょろきょろと周囲を探っていた。
沈黙する事数秒。このクッソ重い空気の中名乗り出たくはなかったのだが、それでもこれだけは言わなければと、俺はおずおずと二人の間に割って入った。
「あ~、えっと、二人とも落ち着いて聞いてほしいんだが、俺たちはオークの知能向上の実験を黒き茂みの森じゃなくて、ユグドラヘイムの辺りでする予定なんだ」
「「は?」」
あまりにも突拍子もないその言葉に、リリスウェルナ様とエッセン卿の口から同じような木の抜けた声が響いたのだった。