オークと思わぬ危機
荘厳……というには些か古びた、ただしっかりと掃除が行き届いた屋敷を、三人の巨体が動いた。その先には、若干脂汗をにじませた鎧を着こんだ兵士風の男が先導している。
「エッセン様、お客様が参りました」
「通せ」
その言葉に部屋に入ると、筋骨隆々な大男が机に座って書類に目を通していた。いや、正確に言えば先ほどまでそうしていたのだろう様子で、こちらを見据えて来た。そして、それを確認した直後に大きなため息をついてこちらに手を開く。
「あぁ、ようこそ、私がこの地を治める領主、シャウ・エッセンだ。自然の力の強いこの地において、冒険者の皆には大変助けられている。だからこそ、我々は冒険者に寛大だ」
なんとなく引っ掛かる言い方ではあったが、まあ、警戒されているのだろう。俺たちは一旦頭を下げ、さっさと予定を済ませてしまう事にする。
「暫定マンティコラ級冒険者、ジュモンジ様から領主様へお手紙を預かっています。どうか、お納めください」
「……ありがとう。それと、君たちは冒険者だ。そこまで堅苦しくせずとも、罰するつもりはないよ」
そう言うと、エッセンはそのまま手紙の封を開き、読み進め始め、そしてすぐさま顔色を悪くする。
「……あ、ああ、うん、そうか……。え、え~ご苦労であった。少し、気持ちを整理させてくれ」
そうしてエッセンは何度か気を彷徨わせ、何度も瞬きや深呼吸をした後で、勢いよく地面に這いつくばった。
「申し訳ない!」
「!?な、何をしているのですか!」
驚く俺たちの声を聞いていないかのように領主は声を大にして謝罪を続けた。
「今現在、君たちの故郷への攻撃作戦が進行している。騎士団一個中隊がオークの群生地に向かって進軍しているのだ!そして、もはや作戦が実行されてしまった以上、今現在の攻撃作戦を途中で止めることは私でもできない。つまり、君たちの故郷を無くしてしまったことになる」
「え?」
俺たちは驚き、事情を呑み込めた瞬間焦燥感が沸き上がってくる。だが、それは領主が思っているのとは全く逆の焦燥だ。
「早く現地の人を引き返させてください!」
「すまない、だがこればっかりは、現地の隊長に伝達するだけでも一日かかる。それに、危険な魔物により村が一つ消えたのだ。作戦遂行中となれば、もはや私の一存では……」
「そんな話は良いんです!今、俺たちのいたオークの集落には、黒き茂みの森の魔王がいて、オークを守っているんです!早く引き上げないと、人的被害が大きくなります!」
「な!?あ、え?……?」
驚いた表情で固まる領主が回復する前に、俺たちが飛び出そうとすると、そこに、先ほど案内してきた兵士が立ちふさがった。
「俺たちは君たちの同僚を助けるために森へ行くんだ、通してくれないか?」
「たとえそれが真実でも、オークが街中を闊歩しているのは無用な混乱を招きます!我らの役目はこの領都を安心して暮らせる場所にすること。そのために殉じたとなれば、黒き茂みの森に行った同胞も納得してくれるでしょう」
そう言った兵士は、据わった目で言葉を続けた。
「何も、見捨てると言っているわけではありません。黒き茂みの森の魔王は温和な魔王だと聞き及んでおります。領主様と今後の対策を考えてからでも、遅くはないかと思います。そもそも、わが領の兵士たちは、オークに声をかけられても戦闘をやめはしません。あなた方だけで言っても無駄足です」
そう言うと、兵士はつかつかと領主の所へ行くと、その頭をそこそこ強く小突いた。
「……はっ!……何をする!私は領主だぞ!?」
「この緊急事態に何を言ってるんですか!さっさとお客人と今後のことを話し合ってください!」
それを聞いて、やっと本当に正気に戻ったらしい、領主は頭を抱えてため息を一つついた後、覚悟を決めた顔で兵士に話かけた。
「よし、私が行く。客人たちが乗ってきた馬車はまだ停めてあるな?あれを使う。御者を用意してくれ。お客人たちもついて来てくれ」
そう言うと、そのまま俺たちに目線を向けて階下へと向かってしまった。
「よ、よし、俺たちも行くぞ」
俺たちがあたふたしながら馬車に飛び乗ると、すぐさま馬のいななきが続き、そこそこの勢いで馬車が進み始めた。
馬車内には領主のエッセン卿と俺、ボス、蘇芳の4人、ついでに追いすがってきた例の兵士の計五人がいる。皆黙り込んでいて、沈黙が痛い。
「……現場に着いてからの動きだが」
皆が黙り込んでいると、エッセン卿がそんな風に話し始めた。
「まず、私が声をかける。仮に兵士たちが全滅していたとしてもだ。そして、その後に君たちが魔王様を制止してくれ。もし仮に、魔王様に私が殺されたとしても、領都に攻め入ることだけは防いでくれればありがたい」
「……うん?」
領主の口から出たその言葉に、俺たちの口から間抜けな声が飛び出した。
「……あの、なんかちょっと絶望的な想定過ぎませんか?相手はリリスウェルナ様ですよ?」
「リリスウェルナ様だからだろう?」
俺たちは顔を見合わせて、お互いに疑問符を浮かべながら言葉を続けた。
「12魔王の一人、紅薔薇のリリスウェルナ。魔王随一の面積を誇る魔境を保有しており、その実力も上位のものとされている偉大な魔王だ」
「いや、確かに強いでしょうけど、話が通じないわけじゃないような……」
そう言うとエッセン卿は信じられないという顔をした。
「いや、ありえんだろう、魔王だぞ?話が通じるからといってなんだというのだ」
俺はそれ以上言っても平行線であることを察して、それ以上の言葉を止めた。
そして、黒き茂みの森に到着してすぐ。
「……えーっと、その、そこまで怯えないでくれると嬉しいんだが……」
死屍累々に諸所転がっているオークと兵士たち、そしてその先にいる黒いスーツの麗人に歩み寄られるたびに這いずって逃げようとする兵士の姿だった。
別視点
ニコット「それじゃあ、オークの出迎え準備するよ!」
ジュモンジ「で、何をするんじゃ?」
ニコット「……えーと?」
リナ「とりあえずシィラの実を幾つか準備しておくべきかと」
サスティナ「いけ!そこじゃ!ウリエラ、ナイスなのじゃ!」
分かれた割にはやることは大してないチーム。ユグドラヘイム周辺の生態系なんかの調査や、もしもの時の修行組のサポート待機がメイン。多分閑話的に出てくることは無い。
アンネ「よし!倒したわね」
アリシア「ふむ、アンネ殿の魔法はこういった形でも使えるのだな。私達だとここら辺の魔物はそこまで強くないし、安全に配慮できるなら修行にもってこいだ」
アベル「……あの、今長旅の途中ってこと忘れてないっすか?」
アンネ「ここら辺、知り合いの屋敷があるから大丈夫よ。アリシアも離宮には一回行ったことあるでしょ
?」
アリシア「……あ?あぁ、もちろんだ。そうじゃなければ、こんな無茶はしないさ」
ウリエラ(これ、完全に忘れてましたね)
アベル(忘れてたっすね)
旅修行チームは順調に旅進行中。
領主様の動きが遅いと思われる方もいると思いますが、実際遅いです。アルトバイアン村の被害者が猟師一人だから仕方ないね。
全部領都で養えるくらい余裕があった+被害者が極端に少なかったし行方不明者もいなかった+厳密に言うと黒き茂みの森は領都じゃないの理由が重なって半年以上の準備期間がかかった。みたいなトリプルパンチだったと思ってください。
最近執筆ができてない……。気合を入れなおさなければ。