オークと一般女性
「そっちのオーク達はお仲間かい?」
「……いや、ちょっと待ってくれ。あんたは、あれだよな?あの時の村の、残ってた誰か、ってことで良いんだよな?」
相手の名前どころか村の名前すら知らないが、今ここにいて、そんな話をする人物にそれしか心当たりがなかったので、そう問いかけた。
「あぁ、そうさ。アルトバイアン村のターサさ。あんたに助けられた四人のうちの一人だね」
遠い記憶のかなたではあるが、確かにこんな女性に会ったことがあったような気がする。というか、まあ、ここで嘘を吐く理由もないし、実際そうなのだろう。
「一つ聞くが、なんで出て来たんだ?正直、ここに出てくるメリットはあんたにはないだろ?」
そう聞くと、ターサはあきれたように顔をゆがめた。
「そりゃ、実利的なものはないだろうけどね。でも、恩人に礼も言わずに門前払いしたとあっちゃ、ちょっとばつが悪いだろう?」
確かに、そんなものなのかもしれない。しかし、こちらとしてはかなり戸惑う状況だった。先ほど彼女も言っていたが、俺たちは直前まで門前払いされる前提の状況に置かれており、また、実際現在も慌てたように門前に集まっている兵士たちからして、あまり歓迎はされていないだろう。
これが、俺たちと親交が深い人物、例えば賢者の塔での一件で俺たちに声をかけたアベルのような状態であるなら、まあ、納得できることだ。
だが、今回現れた女性は別にそうではない。彼女自身にとっては命の恩人なのかもしれないが、俺の認識的には「変な動きをしているオークがいたからついて行ったら、村を襲撃というとんでもないことをしていたため、被害を逸らしつつオーク達を回収した」だけで、正直住人は生存が望ましいとは思っていたが、その大部分が「あんまりやりすぎると兵士がオークの集落を襲撃しに来る可能性がある」ことであり、生存は望んでいたが安否はあまり気にしていなかったという微妙な考えから助けたので、はっきり言ってそこまで感謝されても困ってしまうのだった。
「まあ、あれは俺たちの目的のためのものだ、あんたが気にすることじゃない。さて、あんまり話しててもあれだな。俺たちはオーク集落の方に帰るから、この手紙を領主様に渡してくれるか?もちろん直接じゃなくていい。なんなら、そこの兵士に渡してくれればいいから」
俺がそう言ってジュモンジからの手紙を手渡そうとすると、女性は呆れたように俺の腰辺りを優しくたたいた。
「そんなこと言うんじゃないよ。ただ言葉で礼をしてはい終わり、で済むもんかい。しっかりお礼を受けてもらうよ」
「いや、だからそれは」
俺が兵士たちに入場を拒否されていることを伝えようとすると、彼女は懐から何かの布を取り出してきた。見れば、それはどことなく見た事がある……いや、これ俺と彼女が出会った時に彼女が見に纏っていた布じゃないか?
「これを身に着けてれば誤魔化せるさ。まあ、人種が殆どだから、ちょっと変な目で見られるかもしれないけどね。そもそも、そのメダルを持ってる魔物に対して正当な理由なく街に入ることを禁止するのは塔と魔王の協定違反さ。押し通れば問題ないさ」
そう言ってからから笑う彼女の声を受けて、扉前の兵士を見ると、汗をだらだら流しながらよそ見をした。
「……えーと。お金は払うので馬車とオークに臆さない馬車用意してもらったりできます?」
「……ご配慮、感謝します」
結局、そう言うことになった。
因みに、身辺検査中(種族差別がダメなだけで犯罪者を無条件で通すわけにはいかないため、一般的な検査は受けることになった)に聞いた話によれば、兵士たちの行動は多少問題があるものの、完全にアウトかと言われれば微妙なところらしい。
基本的に知性があるかどうかは入街に対する懸案事項だが、人権印章を持たなければ野生の魔物と見做せるからだ。まあ、要するに、兵士全員が「あの魔物が人権印章を持っていたかはわからない」と証言できる状況を作れれば「安全のために人権印章の確認もままならず、結果として入街の審査をせずに立ち去ってもらう結果となってしまった」という言い訳の元に街への立ち入りを拒否できる……という裏技が編み出された様だ。
ただ、それをすると街への出入りの手続きが滞るうえ、誰か一人でも人権印章を確認したうえでそのような態度を取った場合は、冒険者ギルドから厳重注意として賢者の弟子がやってきたり、重なるようだと、賢者の名の下にお気持ち表明という名の市政批判が来るので、本当に慎重にしなければいけないものらしい。
なお、こうなった以上入れずに追い出した場合、ターサ経由でグレーゾーンを突っ走っていたことをギルドに訴えかけられただけでいろいろと面倒なことが起こるため、こうなればどうにかして入ってもらう方が良いそうだ。
とりあえず、俺たちは馬車に乗ったまま領邸へと向かうことになったのだった。その間にターサは御礼の準備をするそうだ。
入街に関するいろいろ
人権印章は、一応、ギルドが「この魔物は人と共存し、人と暮らすことができますよ」ということを証明しているもの。この証を持っている時点でギルド員であり、要は賢者の塔の庇護下にあると言っていい。ギルドは世界組織であり、一部地域を除く全世界に、国境に関係なく存在する関係上、塔のギルドの直接的な発言力は弱く、ギルド自体もあえてその国における政治的発言力を半ば放棄している。
ただし、それはあくまでも直接的に指図できないししない、という程度の話で、例えば「あそこの街はいま、政治的に危険ですよ」という情報を冒険者たちに提供するだけで転移門を使わない流通を減らして経済をある程度減衰させることも可能です。
そして、これが賢者の言になったりすると悲惨です。彼女の支持率は結構高く、全世界が携わる行事には必ず主催者側として、声をかけることが全世界の国々にマニュアル化されています。