樹木と竜
「ふむ」
儂は走りながらウリエラ殿のことについて考えを巡らせておった。彼女は儂らの指導の下、かなりの成長を遂げておる。魔力による弓の強化、単純な弓術の精度向上。
それに筋力や持久力も向上しており、上級冒険者として一皮むけてきておると言っても過言ではない。しかし、それと同時に……。
「?どうしました、ジュモンジ様」
その言葉に、儂は咳払いをしてその問いを誤魔化した。
「いや、お主もだいぶ成長してきたと思っての」
「本当ですか?うれしいなぁ、サスティナ様のためにも頑張らなくちゃ!」
この娘が、本当にサスティナと共にあるのが良いことなのか……その笑顔を見るとそればかり考えてしまっておった。
勿論、二人の関係に亀裂を入れようというわけではない。サスティナも、ウリエラも、お互いを思い合う良い間柄だと思う。
じゃが、それでも、その関係はあくまでも、サスティナがウリエラに与えるものになってしまっている。サスティナだけではない。儂も、エルフ達も、その全てがウリエラの師匠として、上位者として立ってしまっている。彼女には同じ目線の仲間がいない。それが何よりも気がかりであった。
そう思い出したのは、同行する冒険者を見たからじゃ。アリシアとアベル。もちろん、彼らの方が経験多きベテランであることは間違いない。じゃがそれでも、儂等やグォークなどに比べればはるかに同じ目線に立つ冒険者であることは間違いない。
儂は瞑目して、そしてある提案をするために口を開いたのじゃった。
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「パーティを分ける?」
「おう、そうじゃ。折角3組いるんじゃし、同じパーティのままっていうのも詰まらんじゃろう?じゃから、多少別行動してはどうか、と思ってな」
ジュモンジから出た言葉に、俺たちは少し首をひねって考えた。
「それ、いるか?」
考えたのだが、少なくとも俺達パーティの利点を思いつかず、そんな言葉が口をついてしまった。
「ふむ、我も、主から離れる気はありませんぞ?」
ボスの意見を皮切りにいろいろな意見が出て来た。
アンネとリナ、サスティナ、それにアベルはやってみても面白いのではないか、という意見、アリシアとニコットはもう少し正当な理由があればしてもいい、蘇芳とウリエラはどっちにしても俺やサスティナと離れない、エルフ二人は聖木様の御意志のままに。と言った感じで結構ばらけたので、その場で結論は出さず、笑い話のような話としてその場はお開きとなった。
その話がぶり返されたのは、その日の野営の時のことだ。
「グォーク殿。起きておられるな」
「あぁ、ジュモンジさん、どうしたんだ?」
今は野営中、夜の見張り番で目を光らせながら俺がそう聞くと、ジュモンジはばつが悪そうに言葉を続けた。
「もう一度、パーティを分けることを考えてほしいのじゃよ」
「……いや、正当な理由があれば考えなくもないが……」
それを聞いて、ジュモンジは軽く頷いて俺の横に腰掛ける。
「ウリエラ殿のためじゃ」
「ウリエラの?」
疑問符を浮かべてジュモンジを見ると、彼は大きく頷いて言葉を続ける。
「あの子は、多くの才能を持っておる。魔法も、弓も、その才は儂の従者となるエルフ達にも迫るほどのものじゃ。それはつまり、エルフの集落随一の名手たちと同じほどの才という事。成長すれば、いずれ名実ともにマンティコラ級に上り詰めてもおかしく無かろう」
そんな評価を聞きながら、俺はジュモンジに続きを促した。
「じゃが、儂はこうも思うのじゃ。今の仲間たちで、彼女が本当に強くなれるのか?とな。結局強さとはどれだけ場数を踏んだかじゃ。儂やサスティナがいればどうしても加減してしまう。もちろん技術や技、知識を先達から受ける恩恵は大きい。じゃが、今はそれが敵の選定にまで入り込んでしまっておる。
……長いこと言うたが、要するに、儂等との旅であの娘が得られるのは、実戦ではなく稽古でしかないのではないかと、思えて仕方ないのじゃよ」
「……ジュモンジ」
「!?サスティナ殿!?あ、いや、これは」
いきなり背後から聞こえたサスティナの声に慌てるジュモンジ、しかしサスティナは、それを頭を振り制した。
「よい、ジュモンジ。お主もウリエラのことを思ってのことじゃろう。隠す必要はない。それに……」
そう言ってサスティナは頭を振る。
「それに実際、問題はあろう。妾もジュモンジも、あの子からすればまだ雲の上の存在じゃ。上位者であっても挑みかかる気概は妾以上のものを持っておっても、その地力はどうにもなるまい。
そして、同時にウリエラは妾達から得た知識と、経験に大きな乖離がある。それは分かっておるのじゃ」
戦いにおいて、最も重要なのは何か。いろいろな意見があるだろうが、サスティナは判断力であろうと答えた。
相手がいかに強いかを見極め、戦うか、逃げるかを判断する事。
相手の様子を見据え、その対応策を考えること。
仲間の特性を知り、その組み合わせで強敵を打ち倒すこと。
一番の肝となる判断を、今はほぼすべてジュモンジ達がやってしまっている。それに、ウリエラは、いざとなったら助けてくれる、という安心感を持ってしまっているのではないか。そんな懸念をサスティナは吐露した。
「それに、今のままでは、ウリエラはいつまでも、我らの庇護下にある者という意識を取り去れぬかもしれぬ」
その言葉を聞いて、俺は少し考えた後、二人に話かけた。
「なるほど、そう言うことなら理解できた。要は、俺たちが保護できないってウリエラが思っている形での実戦を経験させて、自己判断能力を鍛えようって話だな……それなら、こういうのはどうだ?」
俺はそう言って、ジュモンジのパーティを分ける話に同意し、作戦を話していくのだった。