オークと帰り道
「お世話になりました」
そう言う俺たちにスィフォン老人はからからと笑いながら手を振った。
「ふぉふぉふぉ。なに、こんな老いぼれの知恵が役に立つならこれほどうれしいことは無いわい」
そう言うと、老人は手をグイッと引き上げる。すると、今まで寛いでいた庵が地面ごと盛り上がる。
「な……」
驚く俺たちを傍目に、地面から現れた木の根に似た八足の魔物がズシン、ズシンと地面を歩き去っていく。
「さて、それではお前さんら、また会える日を楽しみにしておるぞ」
木の枝のような触手がスィフォン老人を抱え上げ、庵と共に老人は魔境の奥へと去っていった。
「……やっぱり、魔王って魔王だな」
「ねえ、あの魔物って何かしら?今から飛んでいったら教えてもらえないかしら」
「やめとけ」
下手したら気が付かれずにひき殺されるぞ。とは言わなかったが、アンネも無理だと分かっていたようで肩を落としてスィフォン老人を見送った。
「さて、それじゃあ、帝都に戻るか」
しばらく見送ってから、俺たちは帰路に就いた。持ち物は消耗品を除けばほぼ変化なし、ただし、メンバーは少しだけ変わっていた。
俺、アンネ、ボス、リナ、蘇芳、マーナ。そして、二匹のスライム種。
「ライム!出発だ!」
「グォルガ。オイデ」
一匹はマーナが進化させたヒュージスライム、そして、もう一匹が蘇芳が育てたアイシクルゲルだった。
俺たちよりも大分大きいライムと蘇芳の手に乗るグォルガは対照的ではあるが育成の末に彼女たちについて行くことに決めたことは共通していた。
「それで、グォーク殿、帝都に戻ってからはどうされるのだ?」
スライムを育成して自信でもついたのか、マーナは今までよりもしっかりと話をするようになっていた。
「あぁ、そう言えば、マーナにはどうしてここに来たか言ってなかったか。俺たちは、故郷のオーク達を進化させるためにここにアドバイスを受けに来たんだ」
そう言って話していくと、マーナの顔が少し落ち込んでいるように感じた。
「……どうしたんだ、マーナ」
「いや、もう、帰ってしまうのか、と思ってな」
その言葉に、俺は一か月ほど前のガルムとの会話を思い出していた。
「……あ、あぁ!そりゃそうだよな!ちょっとみんな集まってくれ!」
そう言って、俺たちは一旦大農場の境界面、激戦区となっているそこの少し手前で今後の話をすることにした。
「というわけで、マーナをまともな生活に戻すための作戦会議をします」
まず、俺が切り出した。マーナは今のところ犯罪奴隷、という身分だ。メンツを潰されたというウラパ監査長の被った分の損をマーナ自身が俺達に清算しなければ、監査長自身が直々に損失分をマーナに支払わせることになる。まあ、恐らく殺されるような事態にはならないだろうが、見せしめの面もある以上、清算に足りなかったと判断されれば見ただけで惨い拷問に曝されたと分かる程度には痛めつけられるだろう。
「え、えぇ?……っ!?」
最初は口をパクパクさせていたマーナだったが、急に顔を険しくして下を見つめた。どうやらさっきのは偶然で、現在自分の置かれている状況を覚えていたわけではないらしい。まあ、そう言うところもこいつのいい所だろう。
とはいえ、そんなことでなごんでいてもしょうがないので意見を募る。そこで、一番にリナが手を上げた。
「これは確認。このまま帰還するという手はないという判断も可能と考えるけど、それは考慮しないということでいい?」
リナの言葉に、俺は大きく頷いた。確かに、もうすでに目的は達し、一度この大陸を離れれば、もう大帝国に再び来ることは恐らくないだろう。ならば、この少女の今後なんて見る機会はないし、奇跡が起こればウラパ監査長が、罰は妥当だったと判断する可能性もある。ただ。
「俺は、マーナに魔物の進化のさせ方を教えてもらったように感じてるしな。時間はかかるかもしれないが、マーナを見捨てる気はない。当然だが、マーナを痛めつけるっていうのも却下だ」
その言葉を聞くと、リナは静かに頷いて身を引いた。それと入れ替わる様にボスが声を出す。
「それで、どうするのです?確かガルム殿からは、マーナ殿の損耗を補填とするという話でしたから、痛めつける方法が無しだとすると、損耗をいかに推し量るのかという問題はありませぬか?」
「……それは、確かに。いや、もういっそのことこっちで身柄を引き受けても……」
そこまで言って俺は少し言葉を止める。
「……すまん、マーナ。お前のことなのにお前の話を聞かないのはダメだな。お前はどうしたい?」
マーナは少し考えるそぶりをしてから、こちらを伺うように言葉を返した。
「わ、私は、誇り高き狼獣人だ。偉大なる獣王様に忠誠を誓っているつもりだ。だから、どんな身分であっても、獣王様のいる大帝国にいたい」
「分かった」
とりあえず、これで方針は決まった。ならば、それをどう達成するか。ボスの言う通り、何らかの方法で彼女を傷つけずに、価値を落とさなければならない……。
「いや、本当にそうか?」
俺はマーナの方を三度見る。最初に会った時は剣士風の見た目をしていたが、今はスライムに乗っていることもあり職業不詳の旅人か冒険者のように見える。
そもそも、ウラパ監査長がマーナを捕縛したのはメンツの問題だ。つまるところメンツが何とかなればいいわけで……。
「よし、こういうのはどうだ?」
俺は仲間たちに俺の考えを伝えたのだった。