オークと大農場2
「さて、上がりなさい。ちょうど良くいい茶が入ってな」
そう言って、老人は手招きをして俺たちを室内に招いた。俺たちは特に抵抗をすることもなく中に入り、ついでに座布団があったので使わせてもらう。
しばらくすると、老人とリナがお茶をもってやってきた。
「え?リナ?」
振り向くと、リナの姿が無かった。
「リナなら、スィフォン様がお茶の準備に行ったときについて行ってたわよ」
アンネに言われたが、全くしっくりこなかった。いつの間に……。
「リナも、腕をあげてるんだな」
「何言ってんのよ突然」
そんな風に話しながら、俺たちはお茶を受け取った。どうやら緑茶のようだ。一口口に含むと、爽やかな苦みが口内に広がった。生前に飲みなれたお茶と似た味に、俺は思わずほうっと息を吐いた。
「さて、それではお主らのことも聞いてよいかの?」
そう言われて、俺たちはそれぞれの名前と種族を自己紹介し、俺が代表してここに来た経緯を説明した。
「ふむ、おおよそ手紙の通りじゃのう。あい分かった。若者の手助けじゃ。協力しよう……とはいえ」
そう言って老人はこちらを見ながら唸り声を響かせる。
「そうじゃなぁ、言葉で伝えることもできるが……ふむ、お主ら、時間はあるかの?」
そう言う老人に頷くと、老人は俺たちを外へと誘ったのだった。
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「さて、ここが目的の場所じゃ」
そこは、ある種異様な場所だった。非常に広い敷地の場所なのだが、そこには敷き詰められたように小さく扁平な球体が蠢いている。集合体恐怖症の人が見たら、トラウマものの光景だろう。
そして、その一番奥には、形こそ同じものの、俺たちよりも大きい球体が鎮座していた。
「こやつはスライムファクトリーとベビースライムじゃ。毎日数千のスライムを生み続けるスライムファクトリーとその子どもたちじゃな。お主らにはこやつらを育ててほしい」
そう言って、老人は髭をさする。
「ベビースライムは弱いがゆえに進化が早い。大体3日あれば進化するほどじゃ。まあ、その間に9割近くのベビースライムは外の魔物たちに食べられてしまうのじゃがな。
此度はお主らにこのベビースライムを進化させてもらおうと思う。言ってみれば進化の試練、という感じじゃな。進化のことを知るには、多く進化させる方が良いからのう」
そう言い、ほっほと笑う老人に、俺は問いを返す。
「試練、という事は、何か達成条件があるという事か?」
「うむ、ただ漫然と進化を見守り続けておってもつまらんじゃろうし、得る者も少ないじゃろうて。故に、お主らにはベビースライムの50の進化先を示しておこう。その中から20種を進化させることが試練の目標じゃ」
そう言うと、俺たちに人数分の巻物を手渡してきた。中には、スライムの絵と共に簡単な説明が書かれている……いや、よく見たらスライムじゃないのもいるな。これ。
「さて、試練を受けるのはグォーク君じゃな?」
「その前に質問良いかしら?」
アンネがそう言うと、老人は好々爺然として頷いた。
「もちろんじゃとも」
「なら、聞くけれど、この試練を受けた場合の使用できるものについて知りたいわ。ベビースライム全部が生まれたばかりじゃないとは思うけど、仮に一匹ずつ、生まれたてを育てればそれだけで一か月以上かかる。それだけの時間を野宿で過ごすのは……まあ、無理とは言わないけれど、野生の生き物って言っても、この森にすむのはあなたの眷属でしょうし……。
要するに、この森での生活に不安を残したままでは試練を受けたくないのよ」
それを聞いて、老人は顎をさすってアンネを指で撫でつけた。
「ふむ、よく先のことまで考えておるな。うむ。それに関してはこの大農場深部を貸し出そうと思っておる。食料は畑と食糧庫を後で案内しよう。今までも見て来たと思うが、大農場は多くの環境が所狭しと詰め込んである。好きなところで育成を進めるとよい。
あぁ、それと、買い物についてはこれを使うと良い」
そう言うと、老人はいくつかの球を取り出した。
「ここでは貨幣の代わりに宝珠を使っておってな。スライムの核を加工したものじゃが、ここの魔物たちの取引の道具として重宝しておる。育成したスライムを儂のところや話の出来る程度の知能のある住人のところに持って行けば、ある程度の値段で引き取ってくれるじゃろう。あぁ、試練達成の話もあるから、新種の進化の場合は儂のところに持ってくるのじゃよ?」
そこで、老人はポン、と手を叩いてさもいい案だというように言葉を続けた。
「そうじゃ!此度試練が必要なのはグォーク君だけじゃと思ったが、他のものもただ待つのは暇じゃろう?お主らも試練を受けてはみぬか?もし達成できたなら、手土産でも用意しよう」
「ダーリンと一緒?やる!」
「……主君がそうせよと望むのであれば」
「まあ、進化を自らの手で操作する実験なんてそうそうできないし、やらない手はないわよね」
すぐさま女性陣が賛同し、それに遅れてボスも頷いて俺に許可を求めて来た。マーナは……うろたえているけどまあいいや。
「なら、全員参加で良いか?うん、全員参加だな?スィフォン様、それで頼む」
「うむ、承知した。……ああ、一つ言っておくがこの試練は一人用じゃ。他の話は特に制限せぬが、試練の内容については達成度について以外は共有することは禁止とする」
こうして、俺たちは魔境の奥地でスライムの進化を促す試練を始めたのであった。
スライムファクトリー マザースライムの上位互換種。まるで工場のようにベビースライムを産み落とし続ける。スライムは生存にエネルギーを必要とするが、誕生に関しては魔素があればよいので、生み出すだけなら実はそこまで魔素以外のエネルギーを消費しない。
スライムファクトリーは機動力を極限まで犠牲にする代わりに、光合成を可能にしているため、そのエネルギー問題もほぼ解決している。なおスライムはスライムなので捕食も可能。
街の近くに表れてしまった場合、小さなスライムたちが町の農作物などを食い荒らすため、普通に大災害をもたらす魔物である。
大農場の奥地にいる個体は、その地の魔物たちのちょうどいいご飯になっている。
ベビースライム スライムの中でも生まれたての個体。力も粘性もなくそこまで脅威ではないが、農家の天敵で駆除対象。
魔王様が示した進化先 基本的には12属性+4種の派生種族の組み合わせ。4種の派生種族は
・スライム 最も一般的な種族魔力で形成された粘液部分と、生命活動の中心となる核からなる構造が特徴。
・ゲル 食料が殆どないような場所で生活する場合進化する種族。ぶっちゃけてしまうと、一般的なスライムから粘液部分を無くしたような姿をしており、その代わりに対応する属性の物質を流体として体の代わりに動かすことができる。基本的には待ちの魔物であり飢餓に非常に強いのが特徴。成長して流体から個体を動かせるようになったものがゴーレム等の核になるのではないかという説もある。
本来ならゲルは実態に即していないのだが、冒険者たちが見るときはほぼ必ず流体を体に纏っているため、それ含めてのネーミングである。
・ゼリー 安全な場所に多い種族。本来は肉体構成のための粘液部分がそのまま生命活動の中心となる核の役割を併せ持つようになった種族。その分肉体でもある核の耐久性は上がったが、核自体を守れなくなったため本末転倒にもほどがある。スライムと比べると、核が体外と接触していることになるため、ほんの少しではあるが摂食や認知がスライムよりも優れている。
・アメーバ 食料が少なかったり、大型の魔物が多いと進化しやすい種族。スライム種がつぶれた雫のような扁平な球形になるのに対し、アメーバはより潰れた、若干粘性のあるスープがこぼれたような形になる。スライム種よりも狭い所に入り込みやすく、移動速度も体内の核の移動速度も速い。
の4種。似た魔物にはブロブ等もいるが、こっちに関してはベビースライム派生ではない全くの別種だったりする。