オークと大農場1
俺たちが大農場に入ってから、約一時間。巨大なギガンテスや、獰猛なワイルドタイガー、狡猾なマーダーイーグルなどと連続でやり合ったり見つからないように隠れながら進んだ結果。
俺たちは特になんてこともない、平和な場所へと足を踏み入れていた。
「……なんだか拍子抜けだな」
「ええ、基本的に魔境は奥に行けば行くほど魔物が強くなっていくものだけど……」
俺たちが今まで見た中でも、黒き茂みの森、賢者の塔はそんな感じだったし、精霊郷もどこが奥か分かりにくかったが、精霊王に近づけば近づくほど影響は強くなるようだった。廃都に関しては普通に街として運営していたのであれだが、それでも王城には英雄と呼ばれるほどのアンデッドが集まっているのだから、恐らくここも奥に行けば行くほど強い魔物が出る……という法則には当てはまるだろう。
そんなことを考えてちらりとマーナを見ると、きょろきょろとあたりを見回して信じられないものを見るような目をしていた。
「……マーナは知らなさそうだな」
「そうね」
そんな風に話しながら歩いていると、偵察していたリナが帰ってきた。
「主君、どうやらこちらには我々の脅威となる者は魔物、人間どちらもいないようです。それと……」
そう言うと、リナは更にこの大農場の生態系について言葉を続けた。
どうやら、人間が作っている宿場町周辺に最初に俺たちが出会ったような魔物が集まっており、そこから距離を大きく開けて、弱かったり、温厚な性格の魔物が集まっているらしい。
「……と、いう事は、もしかしてだが、好戦的な魔物が最前線に立って、それ以外が後方で普通に暮らしているってだけの話か?これ」
「そうかもしれませんな。人間の街でも、街門にはそこそこ精強な兵士を置くでしょうし、それと同じと考えれば納得できますな」
そんな風に歩いていると、突然上空から恐ろしい勢いで何者かが落ちて来た。一見すれば細身の人間のように見えるが、そうではない。腕は大きな翼になっており、その顔は猛禽類のような嘴と鋭い眼光を携えていて、それ以外の部分を布の中に隠している。
服装は緑色を基調とした狩人のような恰好で、飾り気はない。
少なくとも、リナと同等の隠密性を持った相手だろう。俺たちは多少警戒しながら相手の出方をうかがった。
「貴殿らは、何者か?」
その問いに、俺は慎重に答える。
「俺たちは、賢者から紹介を受けた冒険者だ。そちらは大農場の魔王と縁のある者で間違いないか?」
「……然り」
その答えに、俺は少し緊張を解く。
「なら、魔王様にお目通りを願いたい。紹介状はこれだ」
そう言って紹介状を投げ渡すと、それを一瞥した相手は、小さく頷いて踵を返した。
「付いてくるとよい」
そう言うと、こちらを振り返らずにすさまじい勢いで加速を始めた。
「!?」
俺たちは急いでその後を追いかける。
「リナ!とりあえずお前だけでもついていけ!最悪道案内を頼む!」
「御意!」
そんなやり取りの後、リナが加速し、それを追いかける形で俺たちも全力で走る。
走ること一時間、途中でリナが再合流し、微調整しながら最奥へと到達していた。
「……みんな、分かってるな?」
「見られておりますな」
「ま、変なことしなけりゃ大丈夫でしょ」
俺が改めて周囲を見渡すと、影に潜むようにしていくつもの視線が俺たちに向けられていた。
「はぁ……はぁ……え?見ら……なんだって?」
……マーナはやっぱり何も分かっていなかった。いや、まあ、もういいや。
「マーナ殿、失礼しますぞ」
そう言って、ボスはマーナを抱え上げてしまう。
「……ひゃっ!な、なに!?」
「主殿、速度をあげましょう」
「そうだな」
俺たちは更にスピードを上げて魔境を走り抜けていく。さらに10分ほど走ったところで、やっと小さな建物と先ほどの案内役の鳥人の姿があった。
「……こんなところに、小屋?」
「主上はこの中だ」
そう言って、鳥人は小屋の近くに控える。
……外見は本当に小さな小屋だ。どことなく日本風な雰囲気の、いくらかの木板の壁に藁っぽい植物を屋根にしたような見た目のものだ。いくら魔境の最奥にあるとはいえ、ここに魔王がいると言っても誰も信じないだろう。というか、現在でも半信半疑の俺がいる。
ただ、そう言っていても始まらないので、俺はその小屋の扉を開けた。
中は外から見るよりは少し広く、きちんと土間とそれよりも一段高い居住部分に分かれていた。まあ、尤もその土間も俺たちオーク組なら一人、リナ達なら二~三人分程度の広さしかなく、奥の居住部分もそれ相応に狭いものではあったが。
と、そんな小屋の中に、一つの動く者がいた。屋根から垂れる鉄の棒に薬缶を吊るして、そこに湯か何かを沸かしていたのだろう、湯呑に口を付けて熱い息を吐く老人だった。
服装は和服に近く、こんな森の奥にいるにしては清潔感あふれる風貌だ。
「……む?おぉおぉ、ようやっと来たか、ほれ上がりなさい上がりなさい。待っておったんじゃぞ」
そう言って歓迎の声を出す老人が俺たちを認識した途端、まるでもともとそうであったかのように家の面積が急に拡大された。変化のタイミングに気付けず、自分がいる場所が急に変わったような感覚は、精霊郷の時と似たような感覚だ。
俺は、少し緊張から汗を流しながら、老人に質問する。
「あなたが、この魔境の魔王なのか?」
「左様。儂が大農場の魔王、スィフォンである」
老人はそう呟いて、いたずらっぽくウインクをしたのだった。




