オークと狼と旅路
「さて、それじゃあ行くか」
剣を受け取った後、俺たちは乗合馬車のある厩舎へと向かっていた。理由はもちろん、大農場へ行くためだ。今までの街での活動は、大農場へ向かった後のもしもの備えのためであり、なんだったらそのまま大農場へ行っても問題は無かったかもしれないような寄り道だった。(尤も、それをすると滞在後半で金銭的に追い詰められたかもしれないので無意味ではないのだが)
そんなわけで、俺たちは大農場へ向かう馬車に揺られ、外の景色を眺めながらゆったりとした旅を楽しんだ。メンバーはいつもの仲間たちにマーナを入れた6人。馬車内にはさらに数人の探索者らしき戦士たちが相乗りしている。
どうやら大農場も攻略されるべき魔境の一つとされているようで、こうして乗合馬車が出ているのもそれが理由のようだ。
「……ナデ、オーク、ノテル」
ふと、声を聞くと、ギラついた目で探索者が俺たちを見つめていた。
「……ナデ、オーク!ココニル!」
そして、急に剣を抜き放つと、俺に向かって構えをとった。と言っても、馬車の中だ。乗客もそこそこ多くなることもあるため、地球で一般的であろう幌馬車と比べれば多少広いが、路線バスに比べれば半分近くの広さもあればよい方だろうという狭さだ。
幸い馬車自体は俺たちと相手の知り合いだけだったので、そこだけは幸いだろう。
で、そんな狭い所で剣を抜き放ったものだから、剣は突き付けられた時点で俺の眉間から10センチも離れないところまで近づいていた。
俺は座ったまま無言で剣先を抓み、そのまま腕を引き倒した。
何を抜いても、今は馬車の中だ。俺は座っていたから多少安定していたが、構えをとっていた相手にすればそう簡単なものではない。
まだ止まらない馬車に揺られ、グラリと体を馬車の床に転ばせる。
「ナデ!っ!?」
そのまま一回転して立ち上がろうとした探索者の背後にリナが覆いかぶさるように背後を取った。
がたりと彼らの仲間が立ち上がるが、すでに腕を極められた上に苦無で首を狙われている状況ではどうしようもない。……って。
「ちょっと待て、苦無はまずい。下手すると馬車の振動で動脈を切るぞ」
「……ご安心を、そのようなことにはならないよう鍛えておりますので……いえ、承知しました」
俺の言葉に、一旦は否定したリナだったが、その後探索者たちの方を見て苦無を引っ込め、その代わりに頸動脈の辺りをそこそこの力で引き絞った。リナがあそこまで自信をもって言うのならば、探索者の男が怪我をすることは無かったのだろうが、ここは乗合馬車内で目撃者もいる。
場合によっては危険なことをしたとこちらの方に難癖をつけてくる可能性もあるので、下手をすると不慮の事故で手遅れになる可能性のある刃物はなるべく使わない方が無難だ。
「キラ、コオーク、ウラパディアノキャジ!」
と、ほぼすべてのことが終わってから、やっとマーナが声を張り上げた。
……もっと早く声を出してくれよ。
そう思いながらも、ひとまず交渉はマーナと……その言葉をじっと聞いているアンネに任せようと思い、探索者から奪い取った剣を彼の鞘に入れて没収するのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結局、彼らは乗合馬車から降りることになり、俺たちはそのまま大農場へ向かうことになった。これは、彼らが騒ぎを起こしたから……というよりは、ウラパ監査長の逆鱗に触れることを恐れた乗合馬車の御者が下した裁定であった。まあ、実際問題こちらが被害者なのだから存分に利用させてもらおう。
「さて、それじゃあ、これから大農場だな」
大農場へ行ってからの動きは、ある程度詰め終わっている。とりあえず入り口で紹介状を提示し、それで話が通じなかった場合はなるべく戦闘を避けつつ奥まで進んでいく手はずだ。
魔物使いの魔王は温和な魔王らしいが、統率数が賢者の塔に次ぎ最大の為、管理者的な魔物に会えるかどうかが不透明なための計画だ。
武器も整備し、調子もいい。後は大農場の魔王がどう言った対応をしてくるのかを見ながら動きを変える出たとこ勝負だ。
到着したら、さっさと動こうか!
と思っていたのだが。
「……ああ、これは予想してなかったな」
馬車が止まった場所には、かなりの規模の宿場町が形成されていた。魔物の脅威はあるのだろうが、それを押しとどめる、というよりはむしろここに狩りに来るもののための宿場町なのだろう。策や防壁の類は非常に簡素で、もし本気で魔物が攻めてくれば割と簡単に崩壊しそうだ。
俺はちらりとマーナを見て、もう一度大農場と呼ばれる魔境を見る。
大農場は農場とついているため、なんとなく牧草地帯を想像していたのだが、実際には平原、山、川、森、池、沼、そして近海を内包する魔物も多種多様な様子を見せるのだという。
「……とりあえず、作戦を一部変更しよう。あれを出すのは遮蔽物の多い……そうだな山岳部に上がって少し下あたりくらいがいいかもしれない」
特に用事もなかったため、俺たちは探索者組合大農場支部の目の前をスルーして、大農場へと入っていったのだった。




