狸鍛冶師
日が明けて翌日、午前中に鳥皇の断崖で軽く狩りを行い、10体前後の鳥系魔物を捕獲して帰ってきた後、俺たちはマミ穴鍛冶工房へと足を運んでいた。
工房に入ると、ラグンがすぐに俺たちを見つけ、手を振りながら近づいてきた。
「来たか、こっちだ」
そう言ってついて行くと、前回はなかったであろうえらくごつい炉が出来上がっていて。
「そうだ、その前にこれを渡しておこう」
そう言って投げ渡されたのは、前回預けたドラゴンキラーだった。ボロボロだった刀身は綺麗になっており、まるで新品のような光沢を放っている。
「悪いが、完全には直せなんだ」
そう言われて、じっくりと見てみたが、多少スリムになったくらいで武器としては問題なさそうだ。
「錆がかなり深刻でな。手入れで何とかなる段階ではなかったから、ほぼ芯鉄と無事だった素材を使った新造みたいなもんだ。流石に龍の鱗を貫くほどの重量は得られんし、どういう技法を使ったんだか、鱗を砕きやすい形状の剣だったみたいだが、再現は無理だった。
そいつは鱗のある魔物もそうだが、頑強な毛皮の方を切り裂きやすいように調整してある。竜殺し、というか獣殺しの剣だ」
そう言われて改めてみるが、やはり多少スリムになったくらいの違いだった。その多少スリムになったのが問題なのだろうが、どうやら俺には刃の良しあしは分からないらしい。
「まあ、今後竜を相手取る予定もないし、こっちは獣や鳥の方が多いみたいだしな。とりあえず武器としてまともに使えるようにしてくれただけでも感謝してるさ」
「そう言ってくれるとありがたいねぇ。っと、そうだ。それじゃあ、あんたらの武器を預かってもいいかい?」
俺とボスは、頷いて精霊剣を外した。
「そう言えば、以前整備とは言ってたが、何をするんだ?」
「ああ、これは精霊の力の宿った剣だろう?だが、精霊と言っても色々いてな。同じ炎の精霊、氷の精霊でも、性質は千差万別。中にはこの大帝国にしかないような特徴の精霊もいる。
俺たち鍛冶師の中でもできる奴は少ねぇが、剣の手入れをする時に、そんな精霊たちと剣につながりを持たせることができるのもいるんだよ」
そう言うと、ラグンは炉に入れた火を覗きつつ、精霊剣を手に取った。
「武器の声を聞くなら、これが一番だ」
そう言って、ラグンは手に持った金づちで剣を軽くたたき始めた。鍛冶で連想するような真上からの思いきりの叩きつけではなく、なんだったら手で受けたとしてもそこまで致命傷にならないようにも思えるほどにソフトタッチだ。
カンカンと甲高い音が響く中、ラグンは神妙な顔で剣のあちこちを叩いていく。
「……おおっ!?」
俺は思わず感嘆の声を発した。他の仲間たちも、なんだかんだでため息なりなんなりで驚きを表している。
「光ってる……」
そう、当たり前のことではあるが、ただの武器である精霊剣に光り輝く機能などはついていない。炎の剣は火を放った時、氷の剣も透明な氷に光が反射して輝くことは有るが、それでも刀身自体が自発的に光を放つことは無い。
だが、その時炎の精霊剣からはラグンが叩いた場所に反応して、ぽわっという擬音が似合いそうなほど、淡い光が瞬いては消えていった。
「■■▽▲、?*<♪☆」
そして、それと同時にラグンの口からも、きいたことが無いような言葉が漏れ落ちていた。
「あれ、精霊語の一種ね。あんな流暢な人は初めて見たけど」
そうアンネが言っている間に話は終わったようで、ふーっと一息ついて、ラグンは大量の赤い石を炉で熱し始めた。見る見るうちに溶け出したらしいその石は、再び扉が開いた時にはドロドロに溶けた一つの塊になっていた。
そして、ラグンは歌うように言葉を掛けながら、精霊剣をその中に沈めて、再び炉の中に入れた。
しかし、先ほど赤い石を入れた時とはちがいすぐに取り出されたそれは、なぜか周囲の粘体をほとんど消失させ、代わりにより赤みを増した刀身をさらしていた。
そんな赤い刀身に対してラグンは金づちを叩きこむ。先ほどの音とは違い、ゴウンという重々しい音が鳴り響き、衝撃が俺たちにも響く。
火花が……否、火花のように赤い閃光が金づちを打ち込むほどに閃光が走る。しかし、よく見ればそれはやはり閃光ではない。それは……魔力を持った意思そのもの。要は精霊だった。
「……これ、割とひどい仕打ちじゃないか?」
「いや、まあ、あの精霊……というか無形精霊はまだ意志を持たない段階の精霊だと思うし、精霊たちもなぜか嫌がってないみたいだけど……」
そう言いつつ、アンネも微妙な顔をしつつ剣見つめた。その後、何度か剣をふるうたびに、剣はだんだんと元の灰色の戻っていき、最後には元の精霊剣とほぼ同じ色味まで戻っていった。
ただ、その内包する力はかなり増しているのが分かる。
「……さっきのは?」
「すまん、ちょっと待て次だ」
そう言って、間髪入れずにラグンは氷の精霊剣を叩き始める。そして、その間に弟子であろう鍛冶師が水色の石を炉に放り込み、その一投により炉の中の炎は青く揺らめいた。
そして、再びほぼ同じ工程で氷の剣を整備し始める。先ほどと同じ、異常な現象が続き、あっという間にそれも終わった。
「……と、待たせたな」
そう言うと、ラグンは二つの剣を十字に重ね、そして暫し精霊語の旋律を奏でながら、改めて俺たちに差し出した。
「俺はただ、精霊たちを触れ合わせただけだ。だから、剣の性質自体は大きく変わらない……が、この地の精霊に触れたことで、剣の中の精霊も少し成長したはずだ。実際の所は振ってみんと分からんがな」
俺たちはそう言うラグンから剣を受け取って、さやに収め直したのだった。
何をしたの?ラグンさん
A 精霊剣の一定箇所を叩くことで、中にいた精霊を起こし、属性を纏った炎と精霊の力そのものである精霊石を溶かしたものに曝すことで半強制的に剣の中の精霊を大量の精霊パワーで満たす荒療治。精霊語で話すのはこういった作業全体の流れを精霊側にも周知するため。
途中で青い炎になったのも、高温になったわけではなく氷属性に変化させたから。
どうなったの?精霊剣
大量の精霊パワーを注入された関係で、大帝国の魔素との親和性が上がり、魔剣の出力が上がった。また、炎の剣は暑さは控えめだけど魂に影響を与える魔炎、氷の剣は、若干溶けにくく魂も凍らすことができる魔氷をそれぞれ出せるようになってる。
ただ、説明書があるわけではないので、もしグォークやボスが鈍かった場合お蔵入りの可能性もある。