オークと弟
「ありがとうございます。グォーク様」
アンネ達と別れ、馬車を貸し出している厩舎へと向かっているとき、ぽつりとガルムがつぶやいた。
「いや、こちらこそいい道案内ができて助かったよ」
俺はそう言ってガルムに笑いかけた。尤も、嘘ではないが彼女がいなかったらいなかったですぐに大農場へ向かえばよいだけだったので、彼女に同情したというのも嘘ではないが。
すると、ガルムは俺たちの方を見て、ためらいつつも言葉を続けた。
「その、もしもよければ、姉を抱いてはくれませんか」
……何言ってるんだいきなり。訝し気な視線をおくると、ガルムは慌てて俺に向かって手を振って弁明してきた。
「あ、いえ、その、女性の価値としては、初めてというのも大きいですから、初めてをもらっていただければ、清算もだいぶ進みますので……体のどこかを欠損するよりかは、と」
「なるほど、価値の違いですな。我らオークにとっては初めてであろうがそうでなかろうが、孕むことができればよいと思いますが……むしろ、孕み癖がついた方が良き子が生まれると思うのですがな……主殿もそう思うでしょう?」
「いや、その感性はちょっと分からないが……。まぁ、方法の一つとしては覚えておく。ただ、ボスにはリナがいるし、俺の方もちょっと思うところがあってな。そういった使い道をするかどうかについてはあまり期待しないでくれ。俺たちなりに清算の方法は考えるさ」
そう言うと、ガルムは静かに頭を下げ、案内を再開した。道を歩いていると、昨日飲み明かした探索者たちが(言語こそ不明なものの)ちらほらと親し気に手を振ってきた。
俺たちはそこそこ手を振りつつ、厩舎へと入った。
なお、厩舎では何事もなく、大農場までなら貸出馬車を割と安値で用意できるという話だった。都合のいいことに割符で事前予約ができたので、この際予約と先払いを済ませ、鍛冶屋へと向かったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~SIDE アンネ
「それで、妖……えっと、お嬢様はどこに行きたいんだ?」
そんなマーナの言葉に、私はクスリと笑ってしまった。
「アンネで良いわよ。……まぁ、お嬢様、も昔はよく言われたからそれでもいいっちゃいいけど」
そう言って笑うと、マーナはおずおずとどこに行きたいかを聞きなおした。
「そうね、とりあえず図書館と……研究機関があればそこも見たいのだけれど」
「図書館と……研究機関……少し待て」
そう言うと、マーナは何やら石板を取り出し、そこに向かって何かを話し出した。
「……そうだ、それで……、可能か?」
そして、一通り話した結果、その石板から目線を外し、私に向かって笑いかけて来た。
「研究機関だが、エーギュスト研究所が受け入れ可能だそうだ。午後からとのことだから、まず図書館へと向かうとしよう」
「……いや、それよりもさっきのそれが気になるのだけれど」
「これは、ただの通信石だが、どうかしたか?」
詳しく聞くと、これは二対一つの魔道具でマーナの持つそれはウラパ監査長の秘書へとつながっているらしい。
「こういう魔道具は見た事ないわ」
「そうなのか?魔法では、聖王国が進んでいると聞いたが」
「そんな連絡手段がいるならギルドに行くし、個人でやり取りしたければ遠距離念話魔法使ったり、従魔に持って行かせたりするからね」
そう言うと、マーナはあきれたように私を見つめた。
「なんというか、我々とは考え方が違うようだ」
そのことに私は少し微笑み、そして気になっていたことを口にする。
「というか、さっきと比べて饒舌よね。グォーク達が怖いの?」
マーナはその瞬間ブルリと体を震わせ、きょろきょろとあたりを見回した後、私の体に身を寄せて言葉を続けた。
「怖くないわけないだろう!相手はあのオーク、だぞ!しかも、生殺与奪の権まで握られて……、いつ宿に引き込まれるかと」
「……ん?あー、まぁそうなるわよね」
その言葉に私は思わず笑ってしまう。グォークやボスとしばらく過ごしたなら、絶対に起こりえない心配をしている彼女に、そしてそれを当たり前だと思っていた私に、なんだか無性に笑いが込み上げてきたからだ。
「安心なさい。私、一年くらいあいつらと一緒に過ごしてるけど一回も手を出されてないし」
「いや、羽虫に言われても……」
次の瞬間、リナの刀がマーナの首に添えられた。
「もう少し口調に気を配るべきと愚考します……仮にも彼女はあなたの主君ですよ」
「ひ、ひゃい」
あまりの手の速さに、マーナはへたり込んだが……まぁ、私も羽虫呼ばわりされたし、反省してもらおう。正直彼女には異種族に対する尊敬とか尊重の念が欠けているような気もするし。
「とりあえず、図書館に行きましょうか。それと、あなたの言うところの羽虫からの忠告だけど、グォーク達を侮らない方がいいわよ。王国ではそこそこの社会的地位と実力を認められてるからね」
そう言い切ると、案内のマーナを置いて私たちは書店へと向かうのだった。一応奴隷であるのだし、すぐにでもついてくるだろう。多分。
なんとなくマーナを雑に扱いながら、私たちは街を進んでいったのだった。