オークと奴隷
冒険者ギルドに向かった日の翌日……。
あの後、いろいろな場所に行きたかったのだが、獣人たちが思いのほか食いついてきた結果、人の波にもまれて半ば強制的に酒盛りに参加させられることになった。というか、蘇芳がノリノリで突撃した結果、帰れなくなってしまった。
まぁ、その後は特にトラブルもなく、奢った料金+ほぼ同等の食事代を追加で支払って帰ってきたのだが、その日は既に時間もだいぶたってしまっていたため解散となってしまった。
不幸中の幸いは、機転を利かせてくれたガルムが両替を済ませてくれていたことだ。それが無ければ今日も貨幣のことでのトラブルが多かったかもしれない。
で、今日なのだが……。目の前でガルムと犬耳少女であるマーナが二人で連れ立って俺たちの目の前に立っていた。
マーナの首に着いた首輪から延びる鎖を、ガルムが持っているという姿ではあったが……。
「あー。ガルムくん、これは、どういう意味かな?」
「ええ、昨日、事後報告としてウラパ監査長に酒場の一軒を報告したところ、監査長がお客様方に不快感と危害を与えたことに関して、非常に憤られまして、マーナを奴隷身分に落としお客様方に提供せよと」
……極端すぎる。そう頭を抱えつつ、しかし手を横に振ってガルムに応える。
「俺たちは奴隷なんていらない。それに、今回は大農場の魔王に会ったらリス・デュアリスに戻るつもりなんだ。そこまで面倒見切れないし、いらないものを押し付けられても逆に迷惑だ」
そう言うと、ガルムは目を細めてにこりと笑いながら言葉を続けた。
「そう言ってもらえると助かります。ただ、姉を奴隷として受け取ってはくれませんか?」
「……理由を聞いても?」
なおも押し付けようとするガルムに俺がそう言うと、彼はやや声を落として俺たちに話しかけて来た。
「ええ、先ほどの事後報告の話ですが、起きたことはすべて真実です。ですが、どちらかというと、お客様方への配慮よりは、ウラパ監査長のメンツの問題なのです。監査長のメダルを持った相手を、しかも監査長直属の僕が付いていたにもかかわらず抑止力にならなかったというのは、威信の衰えともとられかねないのです。ですから、必然、実行犯には非常に厳しい罰を与えなければなりません」
「なるほどね……あれ?それって受け取らないと私たちもやばい感じじゃないかしら?」
アンネの言葉に無言で微笑み続けるガルムの姿を見て、俺は下手すると被害がこちらにも及ぶことを察し、無言で鎖を受け取った。
「あぁ、一つ注意しておきますが、姉は奴隷ではありますが、現在監査長の持ち物をお客様方に貸与する、という形での隷属となっています。そして、姉の罪に関しては奴隷としての摩耗分で清算する方針とのことですので、なるべく生かして返すように、とのことです」
それは、裏を返せば最悪死んでしまっても構わない、ということにならないか?……やめようちょっと怖くなってきた。まぁ、奴隷として受け取っても、こちらでどう扱うかは自由だ。一応こちらの言葉が通じる案内人を手に入れたと思っておけばよいだろう。
と、思っていたのだが、リナが小さく手を上げて問いを投げかけた。
「貴方は先ほど、奴隷の摩耗分で清算すると言ったけれど、摩耗分で満たないと判断された場合はどうするつもりか教えてほしい。それと、其方の想定する摩耗がどれほどかも知っておきたい」
「……監査長によれば、手を出しても構わないと聞いています。それと、摩耗分で清算されなかった分は、監査長自ら清算をされるかと」
それを聞いた後、リナは俺を見て、鎖を伝ってマーナを向く。つまり、それを聞いて俺に結論をゆだねる、といったところか。
俺は手に持った鎖を上にあげ、頭を振ってガルムに告げた。
「はぁ、貸与の返却日は、俺たちが西大陸を離れるときでいいのか?」
「ええ、それで構いません」
それを聞いて、俺はため息をついてマーナに話かける。
「と、いうことだ。ウラパ監査長がどれだけ厳しいかは俺たちは知らんが……まぁ、あんたがこんなことをしてるから、よっぽどなんだろうと思うよ。だから、俺たちも遠慮なく要求を言うが、あんたも清算とやらができるように頑張ってほしい。
尤も、監査長に精算された方がましだと思うなら、手を抜いてもらっても構わないけどな」
その言葉に、ガチガチに固まったマーナが震えながら、しかし覚悟を決めた目で頷いた。
「さて、それじゃあ一つ目の命令だ」
ぎゅっと目をつぶるマーナの頭に手をやり、俺は言葉を続けた。
「アンネ達と書店に向かってほしい。護衛と商談役を任せたいんだ」
「は?」
呆然とするマーナに、俺は大仰に手を広げて答える。
「ただでさえ、あんたが絡んできたせいで行きたいところに行けてないんだ。あんたの弟がついて来てくれるのも今日までなんでな。二手に分かれて手早く済ませたいんだ」
そう言ってしまってから、そういえばアンネ達に意見を聞いていないと思い振り返ると、アンネがやれやれと手を振っていた。
「まぁ、いいんじゃない?あとは、応相談ってことで」
というわけで、俺、ボス、蘇芳、ガルムが大農場へ向かう準備を、アンネ、リナ、マーナが情報関係を扱うことに決め、二手に分かれることになったのだった。
お察しの通りだと思うけど、マーナちゃんはウラパ監査長からのお詫びの品でもあるけど、主人公たちの性質を確かめるための試金石でもある。一応賄賂で客待遇になっているのでよっぽどのことが無ければ敵対はしないけど、数日で変死体として発見とかなった場合は普通に討伐隊が編成される。
監査長の想定では初日に慰み者になって、それに対して普通にしてるかメロメロになってるか、死んだ目をしてるかで判断しようとした。
この後、安心したようなちょっと納得いかないような顔で宿屋から出て来たマーナの様子を報告され、クッソ困惑した。